クリスタルキング田中昌之の全盛期が凄すぎる|日本男性ボーカル史に残る奇跡のハイトーン

クリスタルキングの田中昌之さんといえば、多くの人がまず思い浮かべるのは『大都会』のあの突き抜けるようなハイトーンではないでしょうか。

「あーあー、果てしない――」

たった一声で空間の温度が変わる。
聴いた瞬間に、普通の歌手とは明らかに違うと分かる。

田中昌之さんの全盛期の歌声は、単に「高い声が出る」というレベルではありませんでした。高音なのに細くならない。高音なのに男臭い。高音なのに叫びっぱなしではなく、どこか演劇的で、ドラマを背負っている。

日本の男性ボーカル史を振り返っても、あれほど強烈な印象を残したハイトーンボイスは、そう多くありません。

この記事では、クリスタルキング田中昌之さんの全盛期がなぜそこまで凄かったのかを、歌声の特徴、才能の発見、同業者からの評価、そして喉の事故による喪失まで含めて整理していきます。


田中昌之とは?『大都会』で日本中に衝撃を与えたハイトーンボーカリスト

田中昌之さんは、佐賀県伊万里市出身の歌手です。クリスタルキングのボーカルとして知られ、1979年に『大都会』で大きな注目を集めました。公式インタビューでは、『大都会』が150万枚を超える大ヒットを記録したこと、また『愛をとりもどせ!!』『瀬戸内行進曲』など数多くの作品を残したことが紹介されています。

特に『大都会』のインパクトは圧倒的でした。

クリスタルキングはツインボーカルのグループでした。ムッシュ吉崎さんの低く渋いバリトンと、田中昌之さんの突き抜けるハイトーン。この対比があったからこそ、『大都会』のサビはあれほど巨大に響いたのだと思います。

低音の地面があり、その上に田中さんの声が一気に空へ抜けていく。
この構造こそ、クリスタルキングの歌声が記憶に残る大きな理由です。


歌ったことがない少年が、いきなり“異常な高音”を発見される

田中昌之さんの凄さを語るうえで、若い頃のエピソードは外せません。

公式インタビューによると、田中さんはもともと歌手を目指していたわけではありません。高校時代、初めて行ったダンスホールで生バンドを見て衝撃を受け、そのまま演奏後に「メンバーに入れてくれ」「歌わせてください」と頼み込んだそうです。しかも、それまで歌った経験はなかったと語られています。

普通なら無謀です。
しかし、ここからが田中昌之さんらしいところです。

当時のバンドがたまたまボーカルを探していたこともあり、田中さんは歌わせてもらいます。最初から歌が完成されていたわけではなく、リーダーからは「歌はうまくないけど、心臓に毛が生えているような性格がいい」と評価されたそうです。

つまり、最初から名シンガーだったというより、まずは度胸があった。

しかし練習を重ねる中で、周囲はすぐに異変に気づきます。
ギターでキーを上げていっても、田中さんは高音をどんどん出してしまう。そこで「日本でこんな歌を歌えるやつおらんぞ」と言われ、本人も初めて自分の可能性に気づいたと語っています。

このエピソードは非常に重要です。

田中昌之さんのハイトーンは、努力だけで後から作ったものというより、まず身体の中に眠っていた才能が発見されたものだった。
まさに、声の原石が突然掘り当てられたような話です。


田中昌之の高音は、ただ高いだけではなかった

田中昌之さんの全盛期を語る時、「高音が凄い」という言葉だけでは足りません。

もちろん、音域そのものも驚異的です。歌唱力評価サイト「ボーカル☆レーダー」では、田中昌之さんに対して技術を最高評価の星7、個性を星6とし、「これまでの日本人男性歌手では最高のハイトーンの持ち主と言っても過言ではない」「世界レベルで見ても一級品」と評しています。

さらに同サイトでは、田中さんの全盛期の声について、クリアーでありながらハスキー、換声点を感じさせない、優雅でダイナミックなハイトーンだったと分析しています。

ここが本質です。

普通、男性が高音域に行くと、声が細くなったり、裏声っぽくなったり、叫び声のようになったりします。
しかし田中昌之さんの高音は、あの高さまで行っても声の芯が残っている。

高いのに、弱くならない。
高いのに、男の声として響く。
高いのに、感情の密度が薄まらない。

これが異常でした。


“男性的なハイトーン”という珍しさ

田中昌之さんの声の特徴を一言で表すなら、男性的なハイトーンです。

ハイトーンボイスというと、どうしても中性的、あるいは細く鋭い声を想像しがちです。
しかし田中さんの場合は違います。

あれほど高いのに、声に肉体感がある。
あれほど突き抜けているのに、どこか荒々しい。
美しいのに、きれいすぎない。
透明感があるのに、土臭さもある。

この矛盾した魅力が、田中昌之さんの声を唯一無二にしていました。

ミュージカル俳優・歌手の石井一孝さんも、自身のブログで田中さんのハイトーンを「極めて独特」「極めて美しい」「極めて男性的」と表現し、さらに「劇的High Voice」「魂の声」とまで称賛しています。
ユーザー提供資料でも、同記事は田中さんの声を「世界遺産」というべき到達点として語っており、単なる高音歌手ではなく、身体の芯から感情を揺さぶる歌手として評価しています。

この評価はかなり重要です。

なぜなら石井さんは、ただのリスナーではなく、自身も声を扱うプロの歌手だからです。
その人が、世界中の高音自慢のボーカルを聴いたうえで、田中昌之さんの声を特別視している。

つまり田中さんの凄さは、最高音の高さだけではなく、声の質、表現力、男性性、劇性まで含めた総合的な凄さだったのです。


『大都会』の凄さは、サビだけではない

田中昌之さんの代名詞といえば、やはり『大都会』です。

多くの人は「あーあー、果てしない」の部分を思い浮かべるでしょう。
しかし、田中昌之さんの凄さは、あの有名な高音フレーズだけではありません。

中音域にも独特の美しさがあります。
声がただ明るいだけではなく、どこか影がある。
ロックなのに、歌謡曲的な哀愁もある。
高音へ向かう前のフレーズにも、すでにドラマがある。

だからサビで一気に高音へ飛んだ時、ただの音域自慢ではなく、感情の爆発として聴こえるのです。

もし田中さんの声が単に「高いだけ」だったら、『大都会』はここまで長く記憶されていなかったと思います。
あの曲が残ったのは、高音のインパクトだけでなく、声そのものに物語があったからです。


クリスタルキングは、ムッシュ吉崎の低音があったから田中昌之がさらに映えた

田中昌之さんのハイトーンを語る時、ムッシュ吉崎さんの存在も非常に重要です。

石井一孝さんは、ムッシュ吉崎さんのバリトンについても「もっと評価されるべき」と語り、正確で素晴らしいシンガーだと評価しています。

また、ボーカル☆レーダーのムッシュ吉崎さんの記事でも、田中昌之さんのハイトーンとのコントラストが強調されたのは、ムッシュ吉崎さんの低音があったからだと分析されています。

これはかなり大事な視点です。

田中昌之さんの高音は単体でも凄い。
しかし、クリスタルキングの中では、ムッシュ吉崎さんの低音とぶつかることで、さらに異常なスケール感を持ちました。

低音と高音。
影と光。
地面と空。
男臭さと神々しさ。

この極端なコントラストがあったから、クリスタルキングの歌は一度聴いただけで忘れられないものになったのです。


『愛をとりもどせ!!』でも見せたロックボーカリストとしての強さ

田中昌之さんは『大都会』だけの人ではありません。

1984年には、アニメ『北斗の拳』の主題歌『愛をとりもどせ!!』でも大きな存在感を示しました。まいどなニュースの記事でも、この曲が若い世代にも浸透していることが紹介されています。

『愛をとりもどせ!!』での田中昌之さんは、『大都会』とはまた違う迫力があります。

よりロックで、より攻撃的。
高音の美しさだけでなく、戦う声としての強さがある。

『大都会』が壮大な都市のドラマだとしたら、『愛をとりもどせ!!』は肉体と魂の叫びです。
この両方を歌えるところに、田中昌之さんのボーカリストとしての幅があります。


不慮の事故で“神の高音”を失う

しかし、田中昌之さんの物語は、全盛期の栄光だけでは終わりません。

公式インタビューでは、38歳の時、草野球の試合中に打球が喉を直撃し、一時的に声を失ったこと、その後声自体は戻ったものの、かつてのハイトーンボイスは失われてしまったことが語られています。

まいどなニュースの記事でも、1989年に軟式球が喉に当たり、声が出なくなったこと、その後、昔の声が出ていればという悔しさを本人が語っていることが紹介されています。

これは、単なる声の故障ではありません。

田中昌之さんにとって、ハイトーンは自分の象徴でした。
『大都会』の記憶であり、ファンが求める声であり、自分が自分であることの証明でもあったはずです。

その声を失うということは、歌手としての武器を失うだけではなく、人生の中心を奪われるような出来事だったのではないでしょうか。

石井一孝さんも、この事故について「神の高音」を失ったと表現し、その苦悩は歌い手として察するに余りあると書いています。


それでも歌い続けたことが、田中昌之の本当の凄さ

田中昌之さんの全盛期の高音は、間違いなく凄いです。
しかし、彼の本当の凄さは、その声を失ってもなお歌い続けたことにあります。

公式インタビューでは、ハイトーンを失った後の時期を「生き地獄」と振り返りながらも、現在は代償として得たハスキーボイスを活かすトレーニングを続け、ライブ活動にも励んでいると語られています。

まいどなニュースでも、現在の声はアダルトなハスキーボイスへ変わったとしながら、ロックへの情熱は冷めていないこと、心筋梗塞を経験した後も「歌える限りは1分1秒を気持ち抜くことなく歌おう」と語っていることが紹介されています。

ここが胸を打ちます。

昔の声は戻らない。
ファンも昔の声を覚えている。
本人も一番分かっている。

それでも歌う。
今の声で歌う。
ハスキーになった声を、もう一度自分の武器にしていく。

これは、単なる懐メロ歌手の話ではありません。
声を失ったボーカリストが、それでも歌手であり続ける物語です。


田中昌之の全盛期は、なぜ今も語られるのか

田中昌之さんの全盛期が今も語られる理由は、単に「昔すごく高い声が出たから」ではありません。

理由は大きく3つあります。

1つ目は、声そのものが特殊だったこと。
高音なのに細くならず、男性的で、クリアーさとハスキーさが同居していた。

2つ目は、表現にドラマがあったこと。
石井一孝さんが「劇的High Voice」と表現したように、田中さんの高音には演劇的なニュアンスがありました。

3つ目は、喪失の物語があること。
不慮の事故によって、かつてのハイトーンを失った。だからこそ、全盛期の声はより伝説化した部分もあります。

もう聴けない声。
戻らない声。
だからこそ、当時の映像や音源に残る田中昌之さんの声は、いっそう強烈な輝きを放っているのです。


まとめ:田中昌之は“高音が出る人”ではなく、“高音で魂を揺さぶる人”だった

クリスタルキング田中昌之さんの全盛期は、間違いなく凄すぎました。

ただ高い声が出たからではありません。

高いのに太い。
高いのに男臭い。
高いのに美しい。
高いのに感情がある。
高いのに、聴き手の身体の奥まで届く。

これほど特殊なハイトーンボイスは、日本の男性歌手の中でも非常に珍しい存在です。

そして、その声を不慮の事故で失った後も、田中昌之さんは歌い続けました。
かつてのハイトーンではなく、今のハスキーボイスで。
昔の自分を完全には取り戻せなくても、歌手であることをやめなかった。

だから田中昌之さんは、単なる「昔すごかった歌手」ではありません。

日本男性ボーカル史に残る、奇跡のハイトーンを持った歌手。
そして、
その奇跡を失ってもなお、歌い続けたロックンローラー。

それが、クリスタルキング田中昌之さんなのだと思います。

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