DIR EN GREY京のミックスボイスの凄さが分かる楽曲7選

DIR EN GREYの京を語るとき、どうしても絶叫やグロウルの印象が先に立ちます。
でも、京の本当の強さは、ただ激しい声が出せることではありません。
地声っぽい強さを残したまま高い音へ上がる。
必要ならそこで少し抜く。
さらに歪みまで重ねる。
その切り替えを、曲の流れの中で自然にやってしまうところにあります。
この記事では、その凄さが分かりやすい7曲を選びました。

1999年1月20日にDIR EN GREYは「アクロの丘」「残-ZAN-」「ゆらめき」の3枚同時シングルでメジャーデビューしました。
その後、2012年には京が「声帯結節・音声障害」と診断され、バンドは活動中断を余儀なくされます。
それでも京はその先で表現をさらに深め、2013年にはsukekiyo、2021年にはPetit Brabanconでも別の顔を見せるようになりました。
だから京のミックスボイスを追うことは、単なる発声の話ではなく、表現者としてどう変わってきたかを見ることでもあります。

ここでいうミックスボイスは、難しい理屈ではありません。
地声の押し出しだけで突っ込むのでもなく、完全に裏声へ逃がすのでもなく、その中間を行き来しながら高音を歌として成立させる力。
京のすごさは、ずっと同じ声で押し切ることではなく、曲の中でその配分を細かく変えられることです。
だから同じ高音でも、ある曲では切迫感が前に出て、別の曲では哀しさや不気味さが前に出るのです。

激しさと、この胸の中で絡み付いた灼熱の闇

まず入口として外せないのがこの曲です。
2009年12月発売のこのシングルは、rockinonでも、ザクザクしたリフ、ハイトーン、デス声までを一曲の中に積み込み、DIR EN GREYの武器が初めての人にも分かる曲だと評されていました。
つまりこの時点で京は、ただ高い声が出る人ではなく、激しさと旋律を同時に成立させる人として強く打ち出されていたわけです。

実際に聴くと、この曲のサビは軽く抜ける高音ではありません。
かなり地声の芯を残したまま上へ食い込んでいく感じがあります。
それなのに単なる張り上げで終わらず、ちゃんとメロディとして耳に残る。
京のミックスボイスの原型は、まずここにあると思います。
強さを失わずに高く行ける。
しかも、その直後にもっと荒れた声へも移れる。
この切り替えの速さがすでに異様です。

LOTUS

「LOTUS」は、京の高音がただ攻撃的なだけではないと分かる曲です。
rockinonはこの曲を、前作よりメロディがつかみやすく、ハイトーンで歌われる旋律が哀しさとも焦りともつかない感情の陰影を浮かび上がらせる曲として紹介していました。
激しい音の上に、感情の細かい揺れを乗せられる。
そこがこの曲の大きなポイントです。

この曲の京は、激しさでねじ伏せるというより、暗い情感を保ったまま高音を伸ばしています。
だから聴いていて、「うまい高音」では終わらない。
もっと嫌な感じ、切ない感じ、落ち着かない感じまで一緒に届く。
ミックスボイスという言葉を使う意味があるのは、こういう場面です。
高い音に行っても声が急に別人みたいに軽くならず、感情の温度を保ったまま上がっていく。
京の高音の怖さと美しさが、かなり分かりやすく出ている曲だと思います。

輪郭

「輪郭」は、京の変化を語るうえで外せません。
2012年2月に京は「声帯結節・音声障害」と診断されて活動を止め、その年の12月に「輪郭」が一般流通での復帰作として出ました。
rockinonはこの曲について、活動休止を経た新章の幕開けを告げる曲であり、京の歌唱には美しさと強い切迫感があると書いています。

この曲で感じるのは、以前より整理された危うさです。
昔の京は、良い意味で壊れそうな勢いが魅力でした。
でも「輪郭」では、勢いだけではなく、どこで強く押し、どこで少し浮かせるかが前より明確になっているように聴こえます。
だから高音がただの限界アピールにならない。
むしろ静けさの中で、かえって痛みがはっきり見える。
京のミックスボイスが“生き残るための工夫”を超えて、“表現としての精度”へ進んだ一曲として聴けます。

SUSTAIN THE UNTRUTH

この曲の面白さは、声の上下移動が大きいのに、フレーズ全体が切れにくいところです。
激ロックはこの曲の肝を、1オクターブを上下する独特のフレーズだと紹介していました。
またrockinonのブログでも、この曲はDIR EN GREYというバンドの本質が見える深いロックナンバーだと書かれています。

京のミックスボイスは、こういう曲でよく分かります。
高音が出るかどうかではなく、上下の幅がある旋律をどう一つにつなぐか。
そこに京の上手さがある。
この曲では、強いまま上がるところと、少し引いて流れを作るところの見極めがかなり細かい。
だからフレーズが飛び飛びに聞こえず、ひとつの生き物のように動く。
“高い声が出る人”ではなく、“高低差の大きい旋律を壊さず運べる人”としての京がよく見える曲です。

詩踏み

「詩踏み」は、京のミックスボイスが激しい曲の中でも機能することを示す曲です。
2016年7月リリース時の案内では、この曲は「孤独」「怒り」、そしてバンドの根源にある「痛み」が内包されたナンバーだと説明されていました。
つまり最初から、感情の強度がかなり高い曲として出されているわけです。

この曲の京は、きれいに歌うために声を整えている感じではありません。
むしろ荒れた感情の中で、それでも歌の線を失わないようにしている。
そこがすごい。
普通はここまで圧をかけると、メロディが潰れたり、高音がただの叫びになったりしやすい。
でも京は、怒りや痛みを前に出しながら、サビの輪郭をちゃんと残します。
だからこの曲は、ミックスボイスを“優しくきれいな技術”だと思っている人ほど聴いたほうがいい。
京の場合、それはもっと荒くて、もっと切実で、もっと攻撃的な形でも成立するのだと分かるからです。

人間を被る

「人間を被る」は、近年の京の多層的な声の使い方がかなり分かりやすい曲です。
音楽ナタリーはこの曲を、京のグロウルと伸びやかな歌声がヘビーなサウンドに絡む攻撃的なナンバーだと紹介していました。
またBARKSでは、このシングルが結成20周年を経て最初に出された作品であり、最近のDIR EN GREYは昔のように足して広げるより、中に凝縮して聴かせる方向へ来ているとDieが語っています。

この曲で注目したいのは、グロウルがあること自体ではありません。
それより、その激しい声と、歌として伸びる部分が一曲の中でちゃんと同じ人格のままつながっていることです。
ここが京のすごいところです。
普通なら別のボーカルみたいにバラけてもおかしくない。
でも京は、汚い声も、美しい声も、切迫した声も、全部まとめて“京の歌”にしてしまう。
ミックスボイスを広く捉えるなら、この曲は地声っぽさ、抜き、歪み、その全部が一気に見える曲です。

最後は「朧」です。
2021年4月28日にリリースされたこの曲は、rockinonで壮大なバラードとして紹介され、シンプルなアレンジの中で一言一音が際立つと評されていました。
BARKSでも、聴き手を引き込む導入からシンプルかつドラマティックに展開していく曲で、人間の弱さから生まれる感情が浮かび上がると説明されています。

この曲で見えるのは、近年の京がもう「激しい人」だけではないということです。
大きく暴れなくても、静かな高音だけで空気を支配できる。
しかもその高音は、ただ細くて綺麗なだけではありません。
息っぽさの奥に、まだ地声の重さが残っている。
だから儚いのに弱くない。
むしろ静かなぶんだけ、聴いている側の逃げ場がなくなる。
京のミックスボイスが、派手さより余韻の深さへ進んだことを感じさせる一曲です。

この7曲を通して見えること

この7曲を並べると、京のミックスボイスはかなりはっきり進化しています。
「激しさと、この胸の中で絡み付いた灼熱の闇」や「LOTUS」では、地声の熱を残したまま高音へ突っ込んでいく強さが前に出ています。
「輪郭」と「SUSTAIN THE UNTRUTH」では、活動休止を経たあとの整理と制御が見えやすくなります。
そして「詩踏み」「人間を被る」「朧」まで来ると、京の声は単に高音処理の技術ではなく、曲の空気や感情の質感まで決める道具になっています。

京のミックスボイスの凄さは、一本のきれいな中間声を保つことではありません。
強く行く。
抜く。
歪ませる。
それでも全部がばらばらにならず、ひとつの表現として成立する。
そこが京の異常なところです。
DIR EN GREYを聴いていて、「ただ叫んでいるようなのに、なぜかサビだけ異様に残る」と感じるなら、その答えのかなり大きな部分はここにあります。
京は高い声が出るボーカリストなのではなく、高い声を使って感情の形そのものを変えられるボーカリストなのだと思います。

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