京のデスボイスの凄さが分かる楽曲7選

DIR EN GREYの京の凄さは、単にデスボイスが出ることではない。
もっと本質的に言えば、デスボイスを曲ごとに別の意味へ変えてしまえることにある。
2008年の『UROBOROS』期のインタビューで京は、自分の声を「音としか見てない」と語り、場面ごとにどの音色がふさわしいかを考えると話していた。
この発想があるからこそ、京のデスボイスは「いつも同じ怖い声」にならない。
暴力、悲鳴、呪詛、痛み、祈り、狂気。
それぞれの曲で、声の役割そのものが変わる。
今回は、その凄さが特によく分かる7曲を、進化の流れが見えるように選んでみたい。

OBSCURE

まず外せないのが「OBSCURE」だ。
この曲は、京のデスボイスがまだ“完成された低音技術”としてではなく、異物そのものとして機能していた時期を象徴している。
『VULGAR』収録曲として広く知られ、後年の「朧」の映像でも2003年の「OBSCURE」のモチーフが回収されていることからも、この曲がDIR EN GREYのグロテスク表現の原点のひとつであることが分かる。
レビューでも、この曲では “inhuman screams” やノイズ的な発声、極端な高低差が印象的だと語られている。
ここでの京は、まだ「上手いデスボイスの人」というより、人間の声を不穏な物体に変えてしまう人だ。
だからこそ今聴いても古びない。
技巧より先に、異常な存在感がある。

朔-saku-

「朔-saku-」は、京の激しい声が**“見世物としての狂気”から“楽曲を支配する武器”へ変わっていく瞬間**が見える曲だ。
『Withering to death.』期の重要曲であり、この曲のビデオ・クリップはMTVの『Headbangers Ball』でグランプリを獲得したことでも知られている。
レビューでも、曲冒頭の絶叫だけで「これは重い曲だ」と分からせるタイプの曲だと書かれていた。
「OBSCURE」が異形性そのものだったとすれば、「朔-saku-」ではその異形性がより整理され、曲の推進力そのものになっている。
京のデスボイス史の中で、この曲はかなり大きな橋だと思う。
暴れているのに、もうちゃんと設計されている。

AGITATED SCREAMS OF MAGGOTS

京のデスボイスの“攻撃性”だけを一度極限まで見たいなら、「AGITATED SCREAMS OF MAGGOTS」は避けて通れない。
BARKSはこの曲をリリース当時、「史上最強に攻撃的」と紹介し、歌詞は100%英語、ヴォーカルは99%スクリーム&シャウトと報じていた。
つまりこの曲は、京の表現の中でもかなり意識的に**“歌うこと”を削り、暴力性を前面に出した作品**だったわけだ。
実際、この曲の魅力は“低くて太い”ことより、ほとんど連続破裂のように押し寄せる狂気にある。
音程を聴くというより、精神のノイズを浴びる感じに近い。
京のデスボイスの凄さは多彩さにあるが、その中でも「ここまでやるのか」という一点突破の凶悪さを示す代表曲として、この曲は非常に強い。

VINUSHKA

「VINUSHKA」で京のデスボイスは、ついに物語を語るための声になる。
『UROBOROS』のオープニングを飾るこの長尺曲は、レビューでも囁き、shrill な絶叫、最後の growl までを一曲の中で行き来する“悪夢の旅”として描かれていた。
しかも京自身は『UROBOROS』期に、声を音色として選んでいること、そしてこの作品世界はライヴでさらに深くなることを語っている。
この2つを合わせて考えると、「VINUSHKA」は単に激しいだけの曲ではない。
デスボイスが、戦慄や悲痛や空気そのものを作る言語へ変わった曲なのだ。
ここで京のデスボイスは、ようやく“特殊技”を超えた。
曲の中心で、意味を持ち始めたのである。

DIFFERENT SENSE

「DIFFERENT SENSE」は、京のデスボイスの完成度の高さが最も分かりやすく現れた曲のひとつだ。
2011年6月22日発売のシングルで、のちの『DUM SPIRO SPERO』につながる流れの中核にある。
PopMattersはこの曲について、冒頭で特に分かりやすく guttural death growls が聴けると書いており、同じレビューで京がクリーン、growl、shriek、whisper を高いレベルで共存させていると評していた。
つまり「DIFFERENT SENSE」の凄さは、単に導入のグロウルが強烈なことではない。
一曲の中に、京の声の両極端が高密度で詰め込まれていることにある。
低音の化け物感もある。
しかし同時に、クリーンに落ちた時の温度差も異常に大きい。
この落差まで含めて、京のデスボイスはここでかなり完成形に近づいた。

詩踏み

「詩踏み」は、活動休止や再始動を経た後の京が、破壊力を保ったまま制御を深めたことが分かる曲だ。
この曲は2016年のシングルとして発表され、のちに『The Insulated World』にも組み込まれた。
JROCK NEWSはシングル公開時点でこの曲を “intense” と紹介し、『The Insulated World』のレビューでは、Kyo のヴォーカルにかかる strain が “unlike anything else” だと書いていた。
ここでの京は、若い頃のように無差別に暴発しているのではない。
むしろ、どこで喉を軋ませ、どこで狂気を噴き上げるかを分かった上で暴れている
その意味で「詩踏み」は、近年の京のデスボイスの怖さが非常によく出ている。
荒れているのに、荒れ方があまりにも計算されている。

The Perfume of Sins

近年の京のデスボイスの到達点として挙げたいのが、「The Perfume of Sins」だ。
この曲は2022年の『PHALARIS』収録曲で、BARKSによればタイトルは京の原案をもとに「ファラリスの雄牛」から着想を得たアルバム世界観を映像化したものだという。
JROCK NEWSのレビューでも、この曲は冒頭の歪んだヴォーカルの時点で強く印象づけられ、別のレビューでは blast beats の中で狂気を煽る曲として触れられている。
ここでの京は、もはや“ただのデスボイスの人”ではない。
儀式、拷問、幻覚、陶酔といった世界観そのものを声で支配する人になっている。
低さや鋭さそのものより、「どう濁らせるとこの曲が最も不吉になるか」を完全に把握している感じがある。
初期の異物感とも、DUM期の極限とも違う。
これは、成熟した京にしか出せない毒だ。

まとめ

この7曲を並べると、京のデスボイスの凄さがよく分かる。
「OBSCURE」では異物としての声。
「朔-saku-」では武器としての声。
「AGITATED SCREAMS OF MAGGOTS」では暴力そのものとしての声。
「VINUSHKA」では物語を語る声。
「DIFFERENT SENSE」では完成度の高い総合表現としての声。
「詩踏み」では制御された狂気。
そして「The Perfume of Sins」では、世界観そのものを支配する声。

つまり京のデスボイスの凄さとは、
強い声を出せることではない。
曲ごとに、デスボイスの意味を変えられることなのである。
その柔軟さと異常さが、京をただの“デス声が出るボーカリスト”で終わらせない。
だからこそ、何年経っても京のデスボイスは聴き手にとって特別なのだ。

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