斎藤宏介さんの歌声の変化には、前期と後期を分ける明確な出来事があります。
2014年の声帯ポリープ摘出手術です。
ただし、手術前は未完成で、手術後に上手くなったという単純な話ではありません。
本人は復帰を急ぐなかで、以前の最良の声へ戻ろうとしていました。
その時、担当した先生から伝えられたのは、元へ戻す方法ではなく「いろいろな声を出して遊ぶ」という考え方でした。
喉が変わることは、演奏家の楽器が変わることに近い。
その言葉を受け、斎藤さんは新しい楽器と自分の技術が最もよく鳴る場所を、初めから探し直しました。
この再出発が、後年の深い歌い回しやXIIXでの柔らかな声までつながっています。
2004年から2008年、高い声は偶然見つかったバンドの居場所だった
斎藤さんは、最初からボーカリストになるつもりで音楽を始めたわけではありません。
高校時代はギターを弾き、カラオケで友人より高い声が出ることに偶然気づきました。
2004年にUNISON SQUARE GARDENが結成されると、その特徴がバンドの機能と結びつきます。
低い位置の声ではギターやドラムに埋もれやすく、試しながら歌ううちに、高音域が3人の演奏と最もよく釣り合う場所になりました。
2008年のメジャーデビュー前後の歌声には、若い勢いと細い鋭さがあります。
音を長く飾るより、細かな旋律へ声を次々に当て、ギターと一緒に駆け抜ける感覚が前面に出ています。
現在の声で初期曲を録り直した『センチメンタルピリオド (S.B style)』を聞くと、曲の骨格は同じでも、声の余裕と厚みは別物です。
この再録は初期の声そのものではありませんが、変わらず残った高い旋律と、後から加わった落ち着きを一度に確かめられます。

2011年から2013年、速く高い歌がバンドの顔になった
2011年の『オリオンをなぞる』は、斎藤さんの高音を広く知らしめた一曲です。
上へ抜ける声と、言葉を詰め込んでも崩れないリズムが、UNISON SQUARE GARDENの印として定着しました。
続く『CIDER ROAD』期には、3人以外の音色も取り入れながら、複雑なポップスをバンドで成立させる方法を広げていきます。
高音は見せ場だけに現れるのではなく、曲全体の通常運転になりました。
一方で、身体には別の変化が起きていました。
2013年末、声帯にポリープがあると診断されます。
2014年3月末に手術を受けるため活動を休み、同年5月にライブへ復帰しました。
ここまでの1枚目から4枚目のアルバムを、本人は手術前の時期として区切っています。
ファンには連続して聞こえる声でも、本人の中では、この先で楽器そのものが変わるほど大きな境目が生まれました。
2014年、元の声へ戻ることをやめた時に変化が始まった
復帰を前にした斎藤さんは、以前の自分の最も良かった状態へ早く戻らなければならないと焦っていました。
歌手にとって休止は、技術だけでなく、自分らしさを失う恐怖にもつながります。
ところが、担当した先生の助言は復元を急がせるものではありませんでした。
手術後の喉を新しい楽器として扱い、いろいろな声を試しながら、その楽器に合う技術を組み直すよう促しました。
この考え方によって、手術は失ったものを取り戻す期間から、歌い方を再発見する時間へ変わります。
斎藤さん自身、歌唱だけでなく、音楽、メンバー、観客との向き合い方まで考え直す大きな転機になったと振り返っています。
同年8月に発表された5枚目のアルバム『Catcher In The Spy』は、3人だけでできるロックを突き詰めた作品です。
手術後の声は、以前の鋭さを捨てずに、音を置く間や言葉の温度を増やしていきました。
2015年、『シュガーソングとビターステップ』で新しい声が大衆性を得た
手術後の代表曲となったのが、2015年の『シュガーソングとビターステップ』です。
非常に細かな旋律を高い位置で歌いながら、悲壮な挑戦には聞かせません。
手術前から持っていた速さと高音に、音の入りを短く整える精度、声を重くしすぎない余裕が加わりました。
新しい楽器を探り直した時期の先に、バンド史上でも特に広く知られる歌が生まれたことになります。
ここで重要なのは、手術によって突然別人の美声になったわけではない点です。
初期からの高い旋律と速度は残り、その扱い方が変わりました。
以前は勢いで線を引く場面が目立ちましたが、後年は力を入れる音と抜く音を選び、細かな曲でも呼吸を感じさせるようになります。
2019年から、XIIXが歌声から「3ピースの役目」を外した
2019年に始動したXIIXでは、斎藤さんは須藤優さんと組み、UNISON SQUARE GARDENとは異なる音楽へ進みました。
2025年にはバンド名をTenTwentyへ変更しています。
UNISONでは、高音の歌とギターが3人の演奏を切り分ける役目を担います。
一方、XIIXでは打ち込み、鍵盤、空間のあるアレンジも入り、声が常にバンドを先導する必要はありません。
『Light & Shadow』では、鋭い高音だけでなく、息を残した近い声や、言葉を会話のように置く表現が現れます。
「高い声のギターボーカル」という強い役目を一度外したことで、声色を選ぶ幅が広がりました。
この活動はUNISONの歌を薄めたのではありません。
別の編成で声の重さや距離を変えた経験が、戻った時のフレージングにも新しい選択肢を与えました。
2024年、10年前と同じ曲が別の呼吸で鳴った
UNISON SQUARE GARDENの20周年企画では、2014年の『Catcher In The Spy』ツアーと同じセットリストを再演しました。
過去の音源を懐かしく再現するだけでなく、現在の3人が10年前の曲をどう鳴らすかを見せる企画です。
公式レポートでは、『黄昏インザスパイ』の歌声について、深み、フレージング、間の取り方が10年前とかなり異なると記されています。
勢いを保ったまま、歌詞の時間を急がず、自然な呼吸の中で表情を作るようになった変化です。

同じ曲、同じ曲順だからこそ、声の高さよりも歌い方の成熟が浮かびます。
手術後に始めた「新しい楽器を探す」作業は、十年を経て、音を増やす技術ではなく、必要なところだけを歌う余裕になりました。
2026年、三人の現体制は終わっても斎藤宏介の歩みは続く
2026年7月15日の幕張メッセ公演をもって、鈴木貴雄さんがUNISON SQUARE GARDENを脱退しました。
これに伴い、バンドは現体制での活動を終え、活動休止に入っています。
この出来事を歌声の衰えやメンバー間の事情へ結び付けて推測することはできません。
公式に発表されているのは、22年間続いた3人での活動が一区切りになったことです。
休止は、斎藤さん個人が歌をやめたという意味でもありません。
2026年8月現在、個人での出演などは続いており、これからの編成やUNISON SQUARE GARDENの再開時期は発表されていません。
最新期を無理に結論づけるより、初期の声を現在の技術で歌い直した20周年、そして現体制最後の作品までを一つの到達点として受け取るのが適切です。
まとめ|元の声に戻らなかったから、同じ曲を長く歌えた
斎藤宏介さんの歌声は、高校時代に偶然見つけた高音から始まりました。
その声は3ピースの中で居場所を得て、『オリオンをなぞる』までにバンドの顔になります。
最大の転機は2014年の声帯ポリープ手術でした。
以前の声を復元するのではなく、変わった喉を新しい楽器として探り直したことで、速度と鋭さを残しながら、深み、間、柔らかな声を増やしました。
XIIXでは3ピースの役目から離れ、20周年公演では新しい呼吸で過去曲へ戻りました。
2026年にUNISON SQUARE GARDENの現体制は終わりましたが、斎藤さんの歌唱の物語まで終わったわけではありません。
変わらない高音を守ったのではなく、変わった楽器に合わせて歌を作り直し続けた。
その柔軟さが、初期曲を二十年以上たっても現在の歌として鳴らせる理由です。
斎藤宏介さんの高音と速い歌が軽く聞こえる仕組みは、3ピースの中での声の配置、発音、リズムを中心に別記事で解説しています。






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