谷村新司の歌声はどう変わった?|若い頃の力強さから、69歳の「昴」へ

2018年の国立劇場公演で歌う谷村新司 シンガー
2018年「THE SINGER」国立劇場公演。出典:UNIVERSAL MUSIC JAPAN

「昴」が生まれたとき、谷村新司はまだ31歳でした。
けれども、その頃から、年齢を重ねても歌える曲を作ろうと考えていました。
若い自分のためだけに書いた歌ではなかったのです。

38年後、69歳の谷村は、もう一度「昴」を録音します。
キーは変えず、それでも若い頃とは違う力加減で歌う。
本人が語ったのは、声を張る力に頼っていた頃から、少し引いて歌う表現を知ったという変化でした。

その間にも「昴」は歌い続けられました。
1991年12月、青山劇場でのリサイタル「CORAZON SPECIAL」にも、この曲が残されています。

1980年――アリスの勢いの中で、先の自分が歌う曲を作った

「チャンピオン」の印象がまだ強い時期に、谷村が出そうとしたのが「昴」でした。
本人によると、周囲からは、そんな暗い曲でいいのかという反応もあったそうです。
アリスの勢いのある曲を思い浮かべれば、戸惑った人がいたことも分かります。

ただ、谷村が考えていたのは、その時点の自分に似合う曲だけではありませんでした。
30年後にも歌えること。
年を取って歌ったときにも、自分で恥ずかしくならないこと。
命をテーマにした「昴」は、そうした考えとともに作られていました。

当時を振り返るファンの記録には、アリスを若者の音楽と感じながらも、「昴」は普段演歌を聴いている父親世代にも親しまれていた、という思い出があります。
谷村が将来の自分まで考えていた歌は、聴く人の年齢も越えて受け取られていたのでしょう。

ここで面白いのは、年を取ってから若い頃の曲をどう歌おうかと困った、という順番ではないことです。
まだ若い谷村が、ずっと先の自分も歌うつもりで曲を作った。
後の再録を聴くときも、この出発点は大きな意味を持ちます。

1991年以降――同じ曲を歌っても、同じ録音には戻らない

冒頭の映像は、1980年の発売当時ではなく、1991年のライブです。
曲が生まれてから、すでに11年が過ぎています。
後に2018年のスタジオで歌い直した「昴」と比べると、27年離れた二つの歌になります。
客席のあるライブとスタジオ録音では、伴奏も音の収め方も違うため、聴こえる違いのすべてが年齢によるものではありません。

谷村は、昔の曲を繰り返し録音することにも積極的でした。
2011年の『今 伝えたい』では、ライブハウスに聴き手を招き、その前で「昴」を含む曲を録っています。
過去の録音に声を似せるより、その場で歌ったものを作品にする方法でした。
聴き手を目の前に置き、息遣いごと歌を残そうとした録音の工夫は、谷村新司の歌い方で詳しく扱っています。

2014年には、自分の曲も含め、歌を100年後の人に残すことを考えていました。
そのために始めた音楽番組が「地球劇場」です。
残そうとしたのは、昔のヒット映像だけではありません。
出演する歌手が、その時点の声で歌った一曲を、きちんとした音で記録することにも意味を置いていました。

昔の名曲が大切だからこそ、今の声で歌った記録も作る。
谷村にとって、同じ曲の録音が増えることは、過去の歌を置き換えることではなかったのでしょう。
その歌を、その年齢の自分がどう歌ったかも残っていくのです。

ギターを手にした谷村新司
ギターを手にした谷村新司。出典:チケットぴあ インタビュー

2018年――キーはそのまま、力加減は変わる

『EARLY TIMES〜38年目の昴〜』は、昔の音源を集め直しただけのベスト盤ではありません。
2018年のステージで取り上げた初期の曲を、改めてスタジオで録音したアルバムです。
「昴」だけでなく、「終着駅」「引き潮」「残照」なども、当時の谷村の声で歌い直されました。

谷村はこの頃、「昴」を元のキーのまま歌っていると説明しています。
同時に、若い頃の歌い方は力に頼るところがあったとも話していました。
年齢を重ねると、少し引いたり、声の力を八分目にとどめたりできる。
そこに、聴く人が色気を感じるのだというのです。

同じ高さの音が出るから、昔とまったく同じように歌うわけではない。
出せる声をどこまで強く使うか、その選び方が変わったという話です。
谷村は若い声の再現を目標にするのではなく、69歳の声をそのまま聴いてもらおうとしていました。

この再録盤への反応には、単純な「昔よりよくなった」だけでは収まらないものもあります。
長年聴いてきたファンは、「終着駅」のメロディや言葉の乗せ方が一部変わったことに気づき、前の歌い方への愛着も書いていました。
同じ年に国立劇場で聴いた「引き潮」については、昔の編曲を尊重した演奏によって、以前の感動がよみがえったとも感じています。

新しい歌い方をうれしく思う曲もあれば、昔の歌い方が恋しくなる曲もある。
長く親しんだ歌を聴き直す楽しさには、そんな細かな好みも含まれます。
谷村がその年の声で録り直したことで、聴く側にも、自分がどの歌い方を好きだったのか確かめる機会が生まれたのでしょう。

力を抜くことと、手を抜くことは違っていた

谷村は、年を取ってできなくなったことばかりを、若い頃と比べる必要はないとも考えていました。
体力があった頃にはなかった知識や経験が、今の自分にはある。
その変化を含めて、今を楽しもうと話しています。

ただし、歌うことへの真剣さまで薄めたわけではありません。
2016年のインタビューでは、翌日も公演があるから今日は力を残しておこう、という姿勢を否定しています。
その日にしか会えない聴き手がいる以上、その一回に最善を尽くしたいという考えでした。

声の力を八分目にするという後の話と、矛盾するようにも聞こえます。
けれども、前者は一節をどれくらい強く歌うかという表現の話で、後者は公演にどれくらい真剣に向き合うかという話です。
全力で向き合った結果として、静かに歌う場所も選ぶ。
歌にかける気持ちと、実際に出す声の大きさを、同じものにはしていなかったのでしょう。

2022年の「THE SINGER」では、新しい曲を初披露する舞台で、その歌を同時に録音する挑戦も続けています。
長いキャリアを重ねても、昔の代表曲を歌うだけでなく、新しい歌を人前で初めて歌う緊張に身を置いていたのです。

「昴」に、歌う本人の年齢が近づいてきた

若い頃に50歳になっても歌える曲を考えていた谷村は、後に、60歳を過ぎてからむしろ自分に合うようになったと振り返りました。
「昴」を歌い続ける時間は、若さを少しずつ失う時間であると同時に、若い自分が書いた言葉を、違う実感で歌えるようになる時間でもあったのでしょう。

声を張る力は、谷村の大きな魅力でした。
そして本人は、力を少し引いて歌う表現にも、年齢を重ねたからこその魅力を見つけています。
昔の声を基準にして後の声を採点するだけでは、この歌手が歌い直したかった理由を取りこぼしてしまいます。

1991年の舞台の「昴」と、2018年の再録の「昴」。
同じ曲の中で、その時の谷村がどんな力加減を選んだのかと考えると、聴き比べる楽しみも変わってきます。

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