サム・スミスの歌い方|「Stay with Me」は、なぜ大合唱なのに寂しいのか

2015年、ロラパルーザでのサム・スミス サム・スミス
© pitpony.photography / CC BY-SA 3.0

サム・スミスの「Stay with Me」は、サビになると歌声が何倍にもふくらみます。
大勢で歌う声に包まれ、教会で聴く歌のようにも感じられる。ところが、そのサビを聴いても、歌の主人公の寂しさは消えません。
みんながそばにいるような音なのに、まだ一人で誰かを求めているように聞こえます。

2014年に発表されたこの曲には、一人の声を大合唱にする仕掛けがあります。
けれども、サムの魅力は、声を重ねて音を大きくしたことだけではありません。
話しかけるような歌い出しと、短い願いを繰り返すサビ。その歌い分けによって、声の数が増えても、一人の切実さが残るのです。

恋人への約束ではなく、一人になりたくない朝の歌

「Stay with Me」という曲名だけを見ると、愛する人にずっと一緒にいてほしいと願う歌のように思えるかもしれません。
しかし、サムがこの曲について語っている場面は、恋人同士の幸せな時間とは違います。
一夜を共にした相手が、朝になったら帰ってしまう。その人を愛しているとは言い切れなくても、隣からいなくなってほしくないという気持ちです。

関係が続くとは思えない。それでも、今すぐ一人に戻るのはつらい。
歌の主人公は、その矛盾を解決してから相手に話しかけているわけではありません。
サムの歌い出しにも、堂々と恋を宣言する声とは違う、ためらいが感じられます。

低めの音で、言葉を一つずつ置いていく。
語尾まで均一な強さで押さず、少し息が混じるところや、声が柔らかくなるところがあるため、自分でも持て余している気持ちを話しているように聞こえます。
歌詞の事情を知ると、その頼りなさが、単に優しい声を出しているだけではないことも伝わってきます。

サムは2014年の取材で、この曲が音としてはにぎやかなのに、寂しくも聞こえるところを気に入っていると話しました。
主役の声は一人で相手に頼み、その周りでは、同じ願いを歌う声がいくつも響く。
一人になりたくない気持ちが、声の重なりによって、さらに強く伝わる曲なのです。

サビでは、細かな説明をやめて同じ願いを歌う

歌い出しでは、自分の弱さや、夜が思いどおりにならなかったことを、言葉を追いながら聞くことになります。
サビに入ると、歌の中心は、もっと短い「そばにいてほしい」という願いへ絞られます。
細かな事情を話す歌から、その気持ちだけを何度も伝える歌へ変わるのです。

そのときサムは、声を高いほうへ運び、母音を長く保ちます。
言葉を次々に詰め込まないため、一つの願いが終わるまで、聴き手もその声についていける。
高音を出した驚きに加えて、訴えが長く続くことに、胸をつかまれるところがあります。

バックの声も、同じ旋律の要所をはっきり歌います。
一方、主役のサムは、その上で言葉の伸ばし方や強さを変える。
大合唱がサビの形を保っているので、主役の声が少し揺れたり、切実に伸びたりしても、歌の願いを見失いません。

サムは早い時期の取材で、よいポップソングは、英語が分からない人も含め、いろいろな人が歌えて、感じられるものだと話しています。
「Stay with Me」のサビには、その考えがよく似合います。
細かな節回しをすべてまねできなくても、サビで繰り返される旋律なら、聴き手も一緒に追いかけられるのです。

2014年、グラスゴーで歌うサム・スミス
2014年、グラスゴーで歌うサム・スミス。写真:marcen27 / CC BY 2.0

合唱団を呼べなかったので、自分で全員を歌った

あのコーラスを聴いて、合唱団を録音したと思うのは自然です。
MVにも集団で歌う場面があるので、なおさらそう見えるかもしれません。
けれども、録音の中で重なっているのは、サム自身の歌声です。

制作を共にしたソングライター、ジミー・ネイプスとサムは、サビに合唱を加えたいと考えました。
当時は歌い手を呼ぶ予算がなく、サムが何度も歌って声を重ねることにします。
ただ、同じ場所で、同じ声を繰り返しただけではありませんでした。

マイクは動かさず、サムが部屋の中を移動して歌います。
遠くから届く声と、近くから届く声では、部屋の響き方も違う。さらにサムは、違う人になったつもりで、低い声なども使い分けました。
一人で和音を歌うだけでなく、いろいろな人が同じ場所で歌っているような音を作ったのです。

その合唱に主役の声を重ねて聴いたとき、サムは涙を流したと振り返っています。
伝えたかった気持ちが、ようやく音になったからでした。
この逸話を知ってからサビへ戻ると、同じ願いを違う声で歌っているところにも耳が向きます。
高く伸ばす主役の歌だけでは表しきれなかった気持ちを、低い声も、遠くに響く声も加えて伝えようとしたのです。

主役の声を目立たせすぎなかった

コーラスを重ねれば、完成というわけでもありません。
録音の仕上げを担当したスティーヴ・フィッツモーリスの話には、「Stay with Me」の印象を考えるうえで面白い点があります。
最初の仮ミックスでは、バックの歌が大きく、サムのリードが少し埋もれていたというのです。

普通なら、主役の歌をもっと前に出したくなるところでしょう。
フィッツモーリス自身も、正式な仕上げとして取り組んでいたら、コーラスをもっと小さくしていたかもしれないと振り返っています。
ただ、そのときは音の感じを気に入り、大きなコーラスを残しました。

完成へ向けて別の演奏や録音も試したものの、制作陣は何度も、その初期の音へ戻っています。
最終版は新しく録った演奏も組み合わせていますが、大部分にデモの音が残りました。
最初の歌の勢いを、後から整えすぎなかったわけです。

サビでは、サムが合唱の前で一人だけ飛び抜けるというより、大勢の声の中から、主役の訴えが聞こえてくるように感じられます。
主役の声が合唱に支えられるように聞こえることも、この歌の主人公の頼りなさに合っています。
たくさんの声に支えられても、まだ相手にいてほしいと願っている人の歌として、耳に残ります。

大きな声へ行くまでの、小さな声を大切にする

サムは、セリーヌ・ディオンやホイットニー・ヒューストンなど、歌そのものでステージを成立させる歌手たちに憧れてきました。
ただ、関心は派手な高音だけに向いていたわけではありません。
2020年に好きな歌唱を語ったときには、小さく始めて大きな場面へ進む歌の展開や、誰かが一人で歌うような、飾らない小さな声の魅力にも触れています。

「Stay with Me」でも、サビだけを取り出すと、広がりのある力強い歌です。
そこに至るまでの、ぽつぽつと事情を話すような声があるから、大合唱になっても、相手が帰るのを止められない主人公の姿が残ります。
強く歌えることと、弱さを歌から追い出さないことが、同じ曲の中にあるのです。

そして、この寂しさを歌った声は、後年には違う内容の歌にも使われていきます。
ダンス曲や、新しい言葉で歌い直した代表曲との関係は、サム・スミスの歌声の変遷で取り上げています。

2018年、The Thrill of It Allツアーでのサム・スミス
2018年、The Thrill of It Allツアーでのサム・スミス。写真:erintheredmc / CC BY 2.0

大合唱になっても、一人の願いを残す

「Stay with Me」が切ないのは、高い声がきれいだからだけではありません。
一人になりたくない朝の事情を、近くで話すように歌い、サビでは短い願いへ集中する。その願いを自分で重ねた声が支えます。
音は大きくなっても、相手に帰ってほしくないという気持ちは、歌の中心に残ったままです。

次に聴くときは、サビへ入った瞬間の音の大きさと、その中にいる主役の声を、どちらも追ってみてください。
合唱が増えたことで寂しさが解決するのではなく、どれほど一人になりたくないのかが、いっそうよく伝わる。
サムは、自分の声を何人分にも増やしながら、一人の願いを最後まで歌っているのです。

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