サム・スミスを「Stay with Me」の歌手として知った人には、後年の「Unholy」は、ずいぶん大胆な変化に見えたかもしれません。
切ないバラードを歌っていた声が、重いリズムの上で、秘密の夜をからかうように歌う。
声の印象と一緒に、歌の人物の態度まで変わっています。
ただ、サムの出発点には、すでにダンス曲がありました。
2012年、ディスクロージャーの「Latch」に参加した歌声は、電子音のビートの中で高く伸び、クラブでも広く聴かれています。
その初期から近年までをたどると、静かな歌手が急に踊り始めたというより、いくつもあった歌の表情を、少しずつ外へ出してきた歩みに見えてきます。
2012〜2013年、同じ「Latch」に二つの歌い方があった
ディスクロージャーは、兄弟による電子音楽のデュオです。
「Latch」では、細かく動くリズムの上で、サムの高い声が長く伸びます。
楽器の音が短く刻まれるところに、歌が滑らかな線を加える。その組み合わせが、踊る曲としての高揚感を作っています。
サムはその後、「Latch」をアコースティックでも歌いました。
2013年の取材では、ディスクロージャーの版は踊りたくなる一方、静かな演奏なら歌詞の感傷的な面が伝わる、と説明しています。
大きなビートがあるときと、言葉をじっくり聞くときで、同じ恋の歌にも別の楽しみがあったのです。
当時からサムは、ダンス音楽も、ソウルやゆっくりしたアコースティックの歌も好きだと話していました。
だから、後のダンス曲を、初期のサムらしさを捨てた歌と考える必要はなさそうです。
むしろ、バラードで広く知られる前からあった一面が、のちにもう一度、大きく聞こえてくることになります。
2014年、一人の寂しさを大きなサビへ変える
2014年のアルバム『In the Lonely Hour』では、恋がかなわない気持ちや、一人でいるつらさが中心になりました。
「Stay with Me」の主人公が願うのも、立派な愛の約束というより、今は隣にいてほしいということです。
サムは低めの声で事情を話し、高く長いサビで、その願いを繰り返します。
大きなコーラスまで本人の声を重ねて作ったため、声の数が増えても、一人の切実さが残ります。
その録音と歌い分けの関係は、サム・スミスの歌い方で詳しく取り上げています。
この時期のサムには、歌の主人公の寂しさを、自分の声で大きくふくらませる魅力がありました。
自然に出てくるような高音も、本人にとっては、何もしなくても出せるものではなかったそうです。
幼い頃からホイットニー・ヒューストンやチャカ・カーンらの歌に親しみ、声変わりを経ても、その高い音を歌いたくて練習を続けたと話しています。
ジャズ歌手のジョアンナ・エデンに習い、ミュージカルにも取り組んだ経験が、その声の後ろにありました。
エデンも、子供だったサムが自信を持って声を使い、歌の中で思い切って挑戦する姿を覚えていました。
「Stay with Me」のサビにも、声を小さく抑えて悲しむだけでは終わらない、思い切りのよさがあります。
歌詞では弱さを語りながら、声は高く長く伸びる。サムの歌には、その両方がありました。
2022〜2023年、「Unholy」では、弱さを告白する役を離れる
2022年の「Unholy」では、声が歌い始めたときから、空気が違います。
低く重なる声が、短い旋律を繰り返す。サムの歌も、寂しさを一つずつ説明するより、リズムに合わせて、含みのある言葉をはっきり置いていきます。
高く伸びる声の美しさだけでなく、低い声の圧力が、曲の顔になっています。
この曲で歌われるのは、家族に隠れて夜の店へ通う人物の話です。
サムは「帰らないでほしい」と頼む当事者の役ではなく、その秘密を知っている側から歌います。
キム・ペトラスの歌も加わり、一人で悲しむ歌より、登場人物のいる芝居のように聞こえる曲になりました。
翌2023年のアルバム『Gloria』について、サムは、悲しみを書くことが自分にとって安心できる作業になっていたと語っています。
そこで試したかったのは、喜びや、もっと強く自信のある気持ちを歌うことでした。
「Unholy」の強気な歌は、その変化を、衣装だけでなく、声の出し方や言葉の勢いからも感じられる一曲です。
それでも、合唱への愛着はなくなっていません。
『Gloria』の表題曲は、合唱を伴う賛歌で、サムが小学校に通った町の教会で録音されました。
バラードとダンスのどちらか一方を選ぶというより、声を重ねる好みを残しながら、歌う気持ちを増やしていたのです。

昔の代表曲も、今の自分で歌える言葉へ
新しい曲が増えても、「Stay with Me」はサムにとって大切な歌でした。
ただ、昔の歌詞をそのまま歌うことに、戸惑う部分も生まれます。
サムは自身を、男性・女性のどちらか一方に限定しないノンバイナリーとして捉えています。
そのため、自分を男性として説明する一節が、現在の実感に合わなくなったのです。
2022年12月のホワイトハウスでの歌唱をきっかけに、サムはその部分を、相手に理解を求める言葉へ変えました。
2024年に制作を振り返った番組では、それに先立ち、共同作者のジミー・ネイプスに、ライブで歌詞を変えてもよいか相談したと話しています。
自分の性別を説明する部分を変えても、そばにいてほしいという歌の願いは残ります。
これは、若い頃の歌を嫌いになり、捨ててしまう話ではありません。
今の自分の気持ちとかけ離れた言葉を繰り返すより、今も自分の歌として向き合えるようにした変更です。
かつて恋を求めて歌った曲を、その後の経験を持つ人が歌い続けるには、声だけでなく、言葉も変えられる。その例が、代表曲の中にあります。
2025年、「To Be Free」は歌とギターの一回の演奏から
2025年の「To Be Free」は、「Unholy」とはまた違う、穏やかな歌です。
伴奏の中心はアコースティックギターで、サムは高い声を細く伸ばしながら、旋律を丁寧にたどります。
重いビートに合わせて言葉を刻むより、一息の中で声の強さが少しずつ変わるところへ、耳が向く曲です。
サムによると、曲の土台になった歌とギターは、共同作者のサイモン・オールドレッドと、最初から最後まで一度に演奏して録音したものでした。
あとから合唱が加わりますが、今度は一人で何人分も歌う形ではありません。
ザ・トゥーシティ・コーラスという実際の歌い手たちの声が、サムの歌を支えています。
ただし、この録音を、2025年になって初めて見つけた歌い方とは考えないほうがよさそうです。
曲は数年前から温められていて、サムは『Gloria』には合わないと感じ、別の作品として届ける時期を待っていました。
派手な曲を作っている間にも、静かに歌う曲が手元にあったのです。
同じ年、サムはニューヨークの小さな会場で、観客と近い距離の公演にも取り組みました。
ノラ・ジョーンズとの対話では、大きなアリーナで声を届け続けることに、強いプレッシャーを感じると打ち明けています。
そして、もともと惹かれていたのは、自分の物語を歌にし、小さな会場でそれを分かち合う歌手の姿だったとも話しました。
大きな舞台で歌えることと、そこでいつも安心して歌えることは、別のことです。
「To Be Free」と近い距離の公演は、観客に見せる規模だけでなく、本人がどんな場所で歌いたいかを考える変化でもありました。

声が変わっても、昔の音だけを正解にしない
2026年の取材では、サムは以前より低い声で歌えるようになり、高い声の音色にも厚みが出たと話しています。
「Latch」のサビは今も歌えるものの、以前より難しいとも説明しました。
初期の録音に残った高音が、現在も同じ出しやすさで出てくるとは限りません。
一方で、サムの歌の変化は、出しやすい音と出しにくい音の話だけではありませんでした。
「Stay with Me」では人にいてほしいと訴え、「Unholy」では秘密を知る側の強気な声を出し、「To Be Free」ではギターと一緒に、静かな旋律を長く歌う。
同じ歌手が、違う相手や気持ちに合わせて、声の役割を増やしています。
初期の寂しいバラードから新しい曲へ進んでも、高い声を伸ばすことや、合唱に包まれることは残っています。
けれども、その声が歌うのは、寂しさだけではなくなりました。
昔の代表曲の言葉まで少し変えながら、今の自分で歌い続けようとするところに、サム・スミスの歩みの面白さがあります。
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