サム・スミスの歌声の変遷|「Unholy」より前に歌った曲が、2026年の新作を導くまで

2025年、ブロードウェイの公演初日に出席したサム・スミス サム・スミス
PhilipRomanoPhoto / CC BY-SA 4.0

2026年のアルバム『Hazel Eyes』は、「To Be Free」で終わります。この曲が世に出たのは2025年。ところがサム・スミスは、歌を録音したのは「Unholy」を書くより前だったと明かしました。派手なダンス曲のあとで静かな歌へ戻った、という順番ではありません。静かな歌を手元に置いたまま、別の表現にも踏み込んでいたのです。

デビュー期に大きなビートの「Latch」と、寂しさを歌う「Stay with Me」の両方を届けたサムは、なぜ「To Be Free」をすぐには発表しなかったのでしょうか。その曲が最後に置かれたアルバムまでたどると、歌声の変遷は、古い声を捨てて新しい声に替える話ではなくなります。

2012〜2014年、踊る曲と寂しい歌は最初から隣にあった

2012年、電子音楽デュオのディスクロージャーと発表した「Latch」で、サムの声は大きなビートの中へ飛び込みました。その翌年には、同じ曲をアコースティックでも歌っています。2013年の取材で本人は、原曲なら踊りたくなるが、静かな版では歌詞の感傷的な面が伝わると説明しました。ダンスも、ソウルやゆっくりした歌も好きで、どちらも自分に必要だったそうです。

一方、2014年のデビューアルバム『In the Lonely Hour』で広く知られたのは、思いが返ってこない恋や、一人でいる寂しさでした。「Stay with Me」も、帰ろうとする相手にそばにいてほしいと願う歌です。その一曲の中で、語りかける歌い出しから大きなサビへどう進むかは、サム・スミスの歌い方で扱っています。

ヒットを経て、寂しいバラードがサムの代名詞になりました。しかし、それより前の「Latch」が示すとおり、踊る歌は後から突然現れたものではありません。初期からあった二つの表情のうち、世間に強く覚えられたものが一方だったのです。

2017年、「HIM」では恋する相手をはっきり歌う

2017年のアルバム『The Thrill of It All』に収められた「HIM」で、サムは愛する相手が男性であることを明確にしました。2026年の取材では、デビュー作の歌詞で相手の性別を特定しなかったことへの反応を受けて書いた、と振り返っています。初期の表現は自分を隠すためではなかったとも話しました。

ここで注目したいのは声の高さより、誰に向けて何を歌うかの変化です。まだ思いが通じない相手を歌っていたサムは、後に、愛し合う相手へ直接歌う作品を作ることになります。その間には、もう一つ大胆な転機がありました。

2022〜2023年、寂しさ以外の気持ちを歌にする

『Gloria』を発表した2023年、サムは、それまでの三作では失恋や悲しみを書くことが安心できる作業になっていたと語りました。次は、喜びや自信のある気持ちを歌うことに挑みたかったのです。2022年の「Love Me More」では、自分を受け入れるまでの過程を歌っています。

続く「Unholy」では、キム・ペトラスとともに、家族に秘密で夜の店へ向かう人物の物語を歌いました。サム自身の失恋を打ち明けるバラードとは、歌う人物も曲の態度も違います。2026年の本人の言葉では、この曲で見せたかったのは遊び心やユーモアでした。チームとは最初のシングルにするかどうかで意見が分かれましたが、サムはこの曲を推しました。世間が抱く「悲しい歌を歌う人」という像を破りたかったからです。

2024年、オランダのPinkpopのステージに立つサム・スミス
2024年、オランダのPinkpopのステージに立つサム・スミス。写真:Ronan Park / CC BY-SA 4.0

「Unholy」が大ヒットしても、それだけがサムの次の型になったわけではありません。発売より前に歌っていた「To Be Free」が、別の曲の世界を手元に残していたからです。派手な歌を選んだことが、静かな歌を捨てたことにはならなかったのです。

先に生まれていた「To Be Free」を、2025年に届ける

サムは、男性・女性のどちらか一方に限らないノンバイナリーであることを公表し、英語で自分を指す代名詞も変えています。2026年の取材では、「To Be Free」をその代名詞を変えた週に書いたと振り返りました。録音したのも「Unholy」より前です。曲の土台は、長年の共作者サイモン・オールドレッドと歌とギターを最初から最後まで一度に演奏したもの。発表された作品では、ザ・トゥーシティ・コーラスの声も加わりました。

それでも、2023年の『Gloria』には入れませんでした。本人は、そのアルバムの曲ではないと感じ、別の作品のために取っておいたと説明しています。時期が来て2025年にシングルとして発表し、ニューヨークでは観客との距離が近い会場で連続公演も始めました。「Unholy」を世に出したあとも、この曲の世界を手放していなかったのです。

2024年、ルーマニアのUntoldでのサム・スミス
2024年、ルーマニアのUntoldでのサム・スミス。写真:Nuță Lucian / CC BY-SA 2.0

この歌の声について、サムは後に、ある母音を歌うときの口の形を保ったまま一節を歌うと、以前と違う響きが出たと話しています。意図して声を大きく飾るより、一つの形にとどまることで見つけた音色でした。本人にとっても「To Be Free」は、静かな曲というだけでなく、自分の声の別の形に出会った録音だったのです。

2026年、愛される側からも歌う『Hazel Eyes』へ

2026年8月、『Hazel Eyes』が発表されました。サムは、このアルバムを『Gloria』への応答と呼び、「To Be Free」で見つけた感覚へ戻って一枚の作品を作りたかったと語っています。サイモン・オールドレッドとデイヴィッド・オドラムら、少人数の制作陣と継続して作り、自らも初めて共同プロデュースを担いました。

変わったのは音作りだけではありません。デビュー作では返されない恋を歌い、2017年の「HIM」では男性への思いを明言しました。新作では、同じように男性を愛していても、相手も自分を愛している。その関係を正面から歌います。本人は、痛みをさらすだけでなく、幸せな恋を公に歌うことも弱さを見せる行為だと話しています。

「My Guy」では、すぐに大きなサビを置く従来のポップ曲の作り方から少し離れ、曲が進んでから旋律の山場が来る形を選びました。歌詞の気持ちが育つ時間を、曲の構成にも与えたのです。

同じアルバムの「Constant Companion」では、低めに据えた声がギターと弦の広がりの中に置かれます。2026年の取材でサム自身は、以前より低く歌えるようになり、高音の響きにも厚みが出たと話しました。一方で、昔の「Latch」のサビや、「To Be Free」の録音当時の一部の音は、今は歌うのが難しいとも認めています。昔の録音と現在のライブを、声の条件まで同じものとして並べることはできません。

「To Be Free」は、2026年のアルバムでも最後の曲です。かつて発表を見送った録音が、違う愛の歌を重ねた一枚の終わりになりました。2012年の「Latch」を翌年にはアコースティックでも歌い、2014年には届かない恋を、2023年には喜びや遊び心を、2026年には返ってきた愛を歌う。その歩みは、声を一種類に決めないまま、歌える気持ちと歌う相手を増やしていく変遷です。

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