1985年の「How Will I Know」に聞こえるのは、恋の相手の気持ちを知りたくて、じっとしていられないような歌声です。
1992年の「I Will Always Love You」では、その声が、別れを告げる静けさから大きな歌い上げまでを担います。
そして2009年の「I Didn’t Know My Own Strength」は、困難を越えてきた人が、自分の力を確かめる歌でした。
ホイットニー・ヒューストンを長く聴いていくと、声の響きの変化とともに、何を、どんな気持ちで歌うかの変化にも出会います。
若い頃からすばらしい高音を持っていた歌手は、その声を使って、どんな歌を自分のものにしていったのでしょうか。
1985年|高すぎるかと聞かれても、キーを下げなかった
デビュー・アルバム『Whitney Houston』の「How Will I Know」は、弾むリズムが印象的な曲です。
ただし、歌の主人公は、恋がうまくいって安心しているわけではありません。
相手も自分を好きなのか、それをどうやって知ればよいのかと、気持ちが揺れています。
プロデューサーのナラダ・マイケル・ウォルデンは、この曲を録る前に、歌う高さが彼女に合うかを確かめています。
準備していたキーは高く、無理なら変更する必要があったからです。
ところがホイットニーの返事は、そのままで大丈夫、というものでした。
ウォルデンが振り返る録音には、新人歌手に高い音を何とか出させる苦労話がありません。
むしろ驚いたのは、曲を覚えてきた彼女が、自信を持って歌い出したことでした。
完成した曲でも、高い声は、苦労してたどり着いた頂点だけに現れるものではありません。
軽快なリズムの中で何度も上へ向かい、相手に答えを求める言葉を勢いよく歌います。
恋には自信がない主人公を、自信に満ちた歌手が歌っている。
この組み合わせがおもしろいところです。
声が明るく、動きが大きいから、主人公の不安までが、踊りたくなる曲の勢いにつながっています。
華やかなデビュー曲の後ろにいた、母の声
「How Will I Know」の録音には、母のシシー・ヒューストンもコーラスで参加しています。
シシーは、ゴスペルやソウルの世界で長く歌ってきた歌手です。
ホイットニーにとって、声を重ねて歌うことや、主旋律を歌う人を周りが支えることは、デビュー後に初めて出会ったものではありませんでした。
完成した曲の華やかさからは、新しいポップスターの登場が強く印象に残ります。
その一方で、録音の現場には母の経験があり、ホイットニー自身もコーラスに声を加えていました。
高い音を一人で歌えることと、ほかの声の中で歌えることを、彼女は両方持っていたのです。
後にゴスペルを大きく取り上げる時期を考えるときも、この出発点は欠かせません。
売れたポップス歌手が、突然、別の歌い方を習い始めたという順番ではないからです。

1992年|声の勢いを、別れの物語に使う
映画『ボディガード』の「I Will Always Love You」は、「How Will I Know」とは時間の使い方が違います。
速いリズムに乗って言葉を次々に歌う代わりに、最初は伴奏なしで、一つずつ言葉を伸ばしていきます。
高い声の力を最初から全部見せず、終盤まで待たせる歌になりました。
ホイットニーが演じる人気歌手レイチェルと、彼女を守るボディガードのフランクは、恋に落ちても最後は別々の道を選びます。
その二人の別れに、この歌が重なります。
離れても愛情はなくならないという言葉を、冒頭では静かに、最後には大きな声で歌うのです。
1985年の曲で恋の落ち着かなさを表した声が、ここでは、別れを受け入れる気持ちと、なお残る強い思いを歌います。
この曲では、高音を出す力に加え、いつ強く歌うか、そこまでどれだけ静かに語るかが、一曲の印象を決めています。
伴奏なしの冒頭を提案したのは、フランク役のケヴィン・コスナーでした。
彼がその始まり方を求めた理由と、最後のサビとの関係は、ホイットニー・ヒューストンの歌い方で詳しく扱っています。
1996年|新しい挑戦の中心に、昔から知っていた歌がある
1996年の映画『天使の贈りもの』では、ホイットニーは牧師の妻で、教会の聖歌隊で歌う女性を演じました。
原題は『The Preacher’s Wife』。
サウンドトラックでも、ゴスペルが大きな役割を持っています。
その中の「I Love the Lord」は、彼女にとって以前から大切な歌でした。
作曲者のリチャード・スモールウッドは、制作に関わったマーヴィン・ウォーレンから、ホイットニーが教会で歌って育ち、映画でも使いたがっていると聞いたことを記しています。
映画のために選ばれた曲は、本人の歌の原点にもつながっていました。
この曲で共演するのは、ジョージア・マス・クワイアというゴスペルの合唱団です。
ホイットニー一人が長い旋律を歌うだけでなく、合唱の声が加わり、歌の言葉を繰り返しながら盛り上がっていく。
同じ言葉が戻ってくるたびに、彼女は伸ばす音や細かな節回しを変えられます。
合唱団のまとまった声があるため、独唱の自由な動きもよく分かる形です。
公式クレジットには、ホイットニーが歌のアレンジ、ウォーレンが合唱のアレンジを担当したことが記されています。
できあがった伴奏の上で、主役として歌うだけではなかったのです。
自分の声と周りの声がどう重なって一曲になるかにも、彼女が関わっていました。
「How Will I Know」で母と一緒に声を重ねていた歌手が、今度は大きな合唱団と、祈りの歌を作る。
ポップスからゴスペルへの変化には、新しい題材を得たことと、以前から持っていた歌の経験を大きく生かしたことの、両方があります。
2009年|変わった声で、自分の強さを歌う
2009年のアルバム『I Look to You』では、若い頃と同じ声がそのまま戻ったわけではありません。
AllMusicの批評家スティーヴン・トマス・アールワインは、高音の輝きが減った一方、声の太さやざらつき、言葉に感情を込める歌い方に耳を向けています。
初期の声をよく知る人ほど、変化をはっきり感じる時期でしょう。
このアルバムのために、ダイアン・ウォーレンが書いたのが「I Didn’t Know My Own Strength」です。
題名が表すのは、自分にそんな強さがあるとは知らなかった、という発見。
苦しい経験の中で倒れそうになりながら、なお立ち上がれた人の歌です。
作詞作曲をしたのはウォーレンですが、彼女は初めからホイットニーのためにこの曲を書いたと話しています。
歌詞にある再出発は、活動を再び大きく動かそうとしていた、当時の彼女の歩みとも重なります。
同年9月15日には、オプラ・ウィンフリーの番組でこの曲を歌っています。
本人が自分の経験を語ったインタビューに続く歌唱だったため、歌の言葉と歌手の歩みを切り離して聴くのは難しい場面でした。
番組でのライブ音源を聴くときにも、直前まで自分の経験を話していた人が、続けてこの歌を歌ったことを思い出したくなります。
若い頃のように高音が伸びるかどうかは、もちろん気になるところです。
けれど、この曲の題名にある強さは、声を高く出せる力のことではありません。
苦しい時期を越えてきた人が、自分はまだ立っていると確かめること。
声の変化を隠さずにこの言葉を歌うホイットニーには、デビュー曲の明るい勢いとは違う切実さがあります。

恋、別れ、祈り、再出発を歌った声
「How Will I Know」では、高い声が恋の期待と不安を弾ませていました。
「I Will Always Love You」では、静かな別れの言葉が、終盤の大きな歌い上げへつながります。
『The Preacher’s Wife』では、もともと知っていたゴスペルを、大勢の声とともに歌う喜びが前面に出ました。
その後の声は、初期と同じ響きを保ち続けたわけではありません。
「I Didn’t Know My Own Strength」を聴くときには、変わった声だからこそ、歌われている言葉を以前とは違う重さで受け取ることもあります。
ホイットニーの歌声の変遷には、最高音がどう変わったかだけでは追いきれないものがあります。
恋の答えを求める声、別れを告げる声、祈る声、もう一度立ち上がろうとする声。
同じ歌手を聴いているのに、こちらが耳を傾けたい言葉も、時期によって変わっていくのです。
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