マライア・キャリーは1997年、息を含んだ柔らかい声について、普段からラジオに合わせて口ずさむときの自分の声だと話していました。
それまでは、周りから力強く歌い上げるほうを好まれていると感じていたそうです。
初期の高音で彼女を知った人には、歌い方が大きく変わったように聞こえても、本人には以前から親しんでいた声でした。
では、その小さな声が前へ出てくると、歌はどう変わるのでしょうか。
1991年の「Emotions」、1997年の『Butterfly』、2005年の「We Belong Together」をたどると、声の高さだけでは分からない変化が見えてきます。
長く伸ばす音、息を含んだ音、短い言葉を次々に歌うリズム。
マライアは、強い声を持ったまま、その声の使い方を増やしていきました。
1991年――高い声が、恋の浮き立つ気分になる
「Emotions」の高音は、初期のマライアを象徴する歌声です。
力強く響く歌から、細く鋭い、笛を思わせるほど高い声へ上がっていきます。
いわゆるホイッスル・ボイスを、一曲の中で強く印象づけた歌でした。
ただし、この曲は、静かな伴奏の前で限界の高さを披露するような歌ではありません。
C+Cミュージック・ファクトリーのデヴィッド・コール、ロバート・クリヴィレスと作った、弾むダンス曲です。
好きな人と出会い、気持ちが浮き立つという内容も、この勢いに合っています。
声が高くなる驚きと、曲そのものの楽しさが、一緒に進んでいく。
音楽評論家のトム・ブレイハンも、この曲の極端な高音を、恋の興奮を表すものとして捉えています。
難しいことができる歌手だからといって、難しさだけを聴かせているわけではないのです。
ここでは、思いきり歌うことが、気持ちを明るく外へ出すことにつながっています。
あとで1997年の柔らかい歌を聴くと、この、気持ちを大きく放つような歌い方との違いが分かりやすくなります。
1997年――普段の小さな声を、レコードの中心にする
『Butterfly』の頃、マライアは、息を含んだ柔らかい声を以前より目立つ形で使うようになりました。
1997年当時の本人への取材では、力強く歌い上げる声と、日常で口ずさむ声の違いが話題になっています。
マライアが普段から心地よく使っていたのは、後者の声でした。
小さな声を曲の中心に置くことは、普段の自分がくつろいで歌っている声を、聴き手にも届けることでした。
聴く側も、声が遠くまで届く強さより、近くで話しかけられるような細やかさに気づきやすくなります。
アルバムと同名の「Butterfly」は、相手が自分から離れることを認め、それでも戻る日を願う歌です。
静かな歌から、力を増した歌い上げへ進みます。
一曲の中に両方の声があるので、柔らかい声が増えたことを、強く歌う方法を捨てたことと考える必要もありません。
「Emotions」では、弾むリズムの中で声を高く飛躍させていました。
「Butterfly」では、声を抑えたところから始めることで、あとから強くなる言葉にも重みが生まれます。
同じ歌手の力強さでも、最初から勢いよく歌うのか、静かに歌ったあとで力を出すのかによって、聴く人への届き方は変わるのです。

ラップとの共演が、言葉の並べ方も変える
『Butterfly』で増えたのは、柔らかい声だけではありません。
「Breakdown」では、ボーン・サグズン・ハーモニーのメンバーと共演し、言葉を細かく刻む歌い回しにも踏み込んでいます。
マライアは後年、この共演者たちのリズムや言葉の運びに刺激を受けたと振り返っています。
一つの言葉を長く伸ばしながら音を変えていく歌と、短い時間にいくつもの言葉を並べる歌では、耳が追いかけるものも違います。
前者では声がどこまで伸び、どう曲がるかを楽しむ。
後者では言葉がどんな速さと間隔で続くかを楽しむ。
マライアの歌には、その両方があります。
ラッパーが曲の途中で登場するだけなら、歌手の歌い方が大きく変わらない共演もあるでしょう。
「Breakdown」の話で面白いのは、マライア自身が相手の歌い回しに惹かれ、自分のパートを作ったことです。
高音のあとに別の人のラップを足す以上に、歌う本人のリズムの選び方まで広がっていました。
2005年――言葉を細かく歌ったあと、最後に歌い上げる
「We Belong Together」では、別れた相手を思いながら、短い言葉が次々に続きます。
一つの音を長く引っ張るだけでなく、同じくらいの高さで言葉を細かく刻むところに、落ち着かない気持ちが表れます。
1990年代の大きなバラードだけでマライアを覚えていると、この語りかけるような忙しさは、意外に感じられるかもしれません。
曲の終わりには、主旋律の歌声が一段と高く、強くなります。
後ろのコーラスは柔らかさを保っているため、前に出る声の切実さが際立ちます。
繊細に歌う方法と、力強く歌う方法が、別々の時期の特徴で終わらず、一曲の中で組み合わされています。
当時、レコード会社のL.A.リードは、アルバムに決定打となる曲を求めていました。
終盤の録音について、マライアは、リードがスタジオへ来たとき、彼にこの歌を聴かせたいと思い、歌う高さを一オクターブ上げたと話しています。
リードも、その歌声を聴いて、求めていた曲だと感じました。
大きな高音は、この時期のマライアから消えていたのではありません。
細かな言葉や柔らかい声で曲を進めた末に、強く訴えるためにも使われていたのです。

この曲で、後ろのコーラスと主役の声が違う動きをできるのも、録音を重ねて歌を組み立てているからです。
コーラスを先に録る習慣や、その声を聴きながら主旋律を歌う理由は、マライア・キャリーの歌い方で詳しく扱っています。
強い声の前後にも、歌を聴く楽しさが増えた
この三つの時期を並べると、マライアの変化は、ただ高音が柔らかい声に置き換わったという話ではありません。
「Emotions」では、上へ跳ねる声が、恋の浮き立つ気持ちを表す。
『Butterfly』では、普段から使っていた小さな声や、共演者から刺激を受けた細かなリズムが、歌の中心へ出てくる。
「We Belong Together」では、それらの歌い方が、最後に強く歌い上げる声と一緒に働いています。
初期の高音が特別に好きなら、その驚きを大切にしたまま、別の時期の歌も聴けます。
小さく始めた声がどこで強くなるのか。
長く伸ばす代わりに、どこで言葉を細かく並べるのか。
高い音へ着くまでの歌い方にも注目すると、同じ力強い声が、曲によって違う感情を伝えていることに気づきやすくなります。
こちらの記事もおすすめ






コメント