新居昭乃の歌には、静かな印象の中にも、声が熱を帯びる瞬間があります。
柔らかな質感を支える中低音、言葉を届ける視点、声を強める場所と弱める場所の選択。
本人と制作に関わった人の言葉から、曲ごとの歌い方を考えてみましょう。
力を入れても柔らかく聞こえる声
新居自身は、力を込めて歌っても、ふわりとした印象になると話しています。
「月明かりのMonologue」では、旋律の展開に応じたメリハリを意識しました。
柔らかく聞こえることと、歌う側がいつも弱い表現を選んでいることは、同じではありません。
保刈久明は、新居の声には高い成分だけでなく、中低音にも大切な魅力があると説明しています。
『ミツバチの羽音』では、同じ帯域の多い伴奏へ歌が埋もれないよう、録音時からバランスを調整しました。
マイクの位置も、その聞こえ方を左右する要素です。
透明感を、高い細い声だけの特徴と考えないこと。
中低音の存在を残しながら、伴奏と声が互いを妨げないようにする音作りも、彼女の歌の質感を支えています。
小さな声にも、物語の温度がある
2016年3月の弾き語り公演で歌われた「Little Edie」は、公演を取材した師岡真那が、ささやくような歌と表現しています。
その公演では、命の終わりを扱う「仔猫の心臓」と、生まれてくる命を歌う「Little Edie」が対照を作りました。
小さく届ける声にも、曲によって違う感情や意味が宿ります。
同じ公演で「懐かしい宇宙」や「鉱石ラジオ」は、観客を巻き込む熱のある場面になりました。
静かな歌を得意とする人であっても、公演全体を同じ温度で歌うわけではありません。
曲の言葉と、その場で誰に届けるのかによって、声の表情は変わります。

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「サンクチュアリ・アリス」のセルフカバーでは、主人公を演じる悠木碧に対し、新居は物語を見渡す語り手として歌っています。
同じ曲でも、言葉を届ける立場が違うのです。
声が響く場所も、歌の一部になる
同じ2016年3月の会場、早稲田スコットホールは、礼拝にも使われる建物でした。
公演を取材したタナカヒロシは、アカペラで始まる「VOICES」の声が、場内へ柔らかく反響する様子を伝えています。
伴奏がない歌い出しでは、声そのものと、会場に残る響きが音楽の景色を作ります。
歌手が声を長く伸ばすことと、会場に響きが残ることは、聞こえ方を考えるうえで分けておきたい要素です。
新居の幻想的な歌の印象も、本人の声だけにすべての理由を求めると、こうした演奏場所との関係を取りこぼしてしまいます。
次の歌声へ渡すために、あえて弱める
「Étoile de prière」では、声を強めてAKINO from bless4へつなぐ歌い方を試しても、しっくりこない箇所がありました。
そこで新居が選んだのは、消えていくように歌う方法です。
相手へ渡す直前に自分の声を引くことで、求めていたイメージに近づいたと話しています。
その曲の終わりでは、別々のラインを歌う案から、新居自身の希望で高い旋律へ加わりました。
抑えていた歌の内側にある熱を、相手と歌うことで外へ出す選択です。
柔らかな歌と高音の張りは、一人の歌手の中で両立します。

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ピアノと歌う場面、客席と歌う場面
2012年の「Purple Planet」東京公演では、バンドの演奏が続いたあと、本編最後の「虹」を弾き語りで届けています。
歌とピアノの関係が前に出る場面です。
さらにアンコールの「花かんむり」では、客席との合唱が生まれました。
聴き手の声も加わり、その場の関係が変わっています。
2016年5月の公演の「星の木馬」では、観客が歌い、新居が下のハーモニーを添える場面もありました。
主旋律を最後まで一人で担うことだけが、歌を導く方法ではありません。
自分の声を別の高さへ置けば、観客の旋律を支える側にも回れます。
ステージで人と声を重ねる姿からは、録音の中の繊細さとは違う、開かれた歌の楽しさが見えてきます。
新居は、歌を作るときにも歌うときにも、自分の心が動くことを大切にすると答えています。
決まった柔らかい声を当てはめるより、その曲の中で自分が動かされるところを見つける。
デュエットで高い旋律へ加わりたくなった選択も、その姿勢と重ねて考えることができます。
新居昭乃の歌を捉えるなら、声が細いか太いかという分類だけでは足りません。
柔らかな質感を生かしながら強弱をつけ、物語に合う距離を選び、必要なら高い声を張り、相手のために声を引く。
声を重ねるときには、主役にも支えにもなる。
こうした選択があるからこそ、静かな歌も平板にならず、曲ごとの景色を持つのです。
時期をまたぐ表現の変化は、新居昭乃の歌唱変遷で取り上げています。
アイキャッチ:新居昭乃/2016年3月の公演/画像掲載元

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