きただにひろしの歌い方|「ウィーアー!」の明るさは、高音だけで作られていない

きただにひろし 2025年Real Sound取材写真 きただにひろし

「ウィーアー!」の印象を一言で表すなら、勢いのある高音でしょう。
けれど、きただにひろし自身が大切にしているのは高さの記録だけではありません。
最初の録音で作曲家の田中公平から教わり、後の『ONE PIECE』曲でも守ってきたのは「笑って歌う」ことでした。
声を遠くへ届かせると同時に、聴き手が冒険へ出たくなる表情を乗せる。
そのために、リズム、息、声色、言葉の置き方を曲ごとに選んでいます。

歌唱の歩みそのものはきただにひろしの歌唱変遷で扱っています。

勢いだけでなく「笑って歌う」ことから始まる

きただには「ウィーアー!」の録音時、大勢の関係者が見守る場で緊張していました。
歌った後にスタッフが話す姿を見て、自分の歌がよくなかったのではと不安になったそうです。
そこで田中公平に、夢と希望を届ける曲なのだから笑って歌うよう促されました。
本人の回想では、その助言を受けて表情を変えたテイクでOKが出ています。

ここでの「笑顔」は、歌唱前の気分づくり以上の意味を持ちます。
同じ強い声でも、口調が怒っているように響けば、この曲の冒険の始まりとは違ってしまう。
きただには2024年の取材でも、自分の『ONE PIECE』曲は笑顔で歌ってほしいと話しました。
笑うと声にも明るさが出るという、最初の録音から続く考えです。

声の響きに乗せる感情の方向を、表情から決めているのです。
高く伸ばすサビへ入る前から、軽く弾む語感を作る。
それが力強い歌声を、威圧感ではなくワクワクへ向けています。

「ウィーゴー!」では、サビの前に息を使い切らない

同じ田中公平の曲でも「ウィーゴー!」は、「ウィーアー!」をそのまま速くした歌ではありません。
きただにが難所として挙げるのは、転調の多さと、Bメロの最後からサビの頭へ同じ一文字が切れずにつながる箇所です。
彼は当初、息の配分が難しく、練習したと話しています。

ここでサビの高い音だけを目標にすると、その直前までつながる一文字と息の配分を見落とします。
Bメロの終わりを歌い切ったつもりでも、歌の文脈はまだサビへ続く。
きただにが語る難しさは、「どこで吸うか」だけでなく、どこまで一息の勢いを残すかにあります。
リズムを弾ませるという本人の説明も、このつながりを重くしすぎないための手掛かりです。

Dメロには、同じ呼びかけで始まる二つの行があります。
作詞の藤林聖子から、一つ目にはこれまでの歩み、二つ目には新世界へ進む意味があると聞き、きただには特に気合いを入れて歌ったと述べています。
2011年の取材でも、前の行で過ぎてきた出来事を、次の行で新世界への期待を表すのが難しく、歌いがいがあったと振り返りました。
同じ言葉の始まりでも、振り返るときと先へ向かうときでは、込める気持ちを変えています。
意味を預かった言葉では力をかけ、次の高音へ残す息も考える。
曲の物語と歌唱上の配分を、同時に扱っているのです。

きただにひろし Billboard JAPAN取材写真・笑顔
2024年のBillboard JAPAN取材で撮影されたきただにひろし。
画像出典:写真掲載元

「あーーっす!」は一曲の中で、退屈と爆発を分ける

エッグヘッド編の主題歌「あーーっす!」は、冒頭から最後まで同じ熱量で叫ぶ歌ではありません。
録音では、2番Aメロの退屈を表す言葉に、もっと飽きた気分を出すよう求められたと、きただに本人が明かしました。
一方、刺激を求める言葉は勢いよく叫んでいます。
物語の主人公が前へ進む歌だからといって、すべての行を笑顔で均等に押し出してはいないのです。

曲のBメロにはトラップ系のビートも取り入れられています。
きただに自身は、田中が新しい流行の要素を取り入れる人だと語っています。
歌い手は、明るい主題歌らしさを保ちながら、言葉ごとの気分を変える必要がありました。
退屈した感じを求められた箇所と、叫ぶように求められた箇所を分けて歌うから、後者の強い声にも意味が出ます。

終盤の高音について、本人は地声で普通に歌った音ではなくシャウトだとはっきり区別しました。
高い音が出たという情報だけで、そこを「地声の高音」の手本にするのは適切ではありません。
作品のクライマックスで、通常の歌声とは違う荒々しい声色を選んだ場面として受け取るほうが、曲の表現にも本人の説明にも合います。

2025年のカバーでは、原曲への敬意と自分の声を両立させた

『ONE PIECE COVER SONGS〜仲間の印×〜』の歌唱では、他の歌手の声を真似るだけでは済みません。
きただには、グループが複数人で歌う曲を一人で引き受けるため、ライブで歌うことまで考えて息継ぎを決めたといいます。
一人で歌えるように変えても、原曲のテンポや印象を大きく崩さない。
ここでも、声量より先に設計があります。

「私は最強」は原曲と同じキーを選びました。
本人によれば、その高さのほうが力強いファルセットを使いやすかったからです。
半分ほどを裏声で担う曲を、自宅で試し録りしながら、歌として成立する鳴らし方を探しました。
反対に「新時代」はキーを一つ下げ、最後の言葉を自分らしい力強い地声で締められる高さを選んでいます。
同じ歌手が同じ作品世界の歌を歌っても、二曲の最適解は逆になるのです。

大槻マキの「memories」では、もっと低くすれば楽に歌えるものの、やや高めのキーのほうが切なさを出せると説明しました。
さらに歌詞の発音も原曲を確かめ、言葉の当て方や抑揚を曲ごとにメモして録音に臨んだそうです。
高音を全部同じ声で強く出すという印象とは違い、感情に必要な高さ、語尾、息の位置を先に決めていることが分かります。

「memories」では、ピアノの呼びかけに歌で応える

「memories」のカバーでは、ハラミちゃんのピアノが歌の表情にも関わっています。
きただにはピアノの収録に立ち会い、フレーズについて相談しました。
二人同時の一発録りではありませんが、完成したピアノから歌い方を呼びかけられるように感じ、その流れに乗って歌ったと説明しています。
伴奏の決まった拍へ声を置くだけでなく、楽器の言い回しを受けて自分の歌を決めたのです。

歌は一本で、原曲にあるコーラスも重ねず、その旋律をピアノに渡しました。
声を重ねて厚くする代わりに、歌とピアノのやり取りが前に出る編成です。
しかも、テンポを落として静かなバラードにするのではなく、原曲のリフをピアノに残すよう頼んでいました。
少ない音でも曲の勢いを残す伴奏が、切なさを出すために選んだ声の高さを支えています。

「ウィーアー!」で田中から託された明るい声は、ただ大きく歌うことではありませんでした。
笑顔で響きを変え、「ウィーゴー!」では次の言葉へ息を残し、「あーーっす!」では言葉の感情に合わせて熱を上げ下げする。
そして他人の曲を歌うときは、原曲のよさと自分の声の出し方が両立する位置を探す。
きただにひろしの歌い方の核は、高音の強さを一つの表情で使い切らず、曲ごとの物語に合わせて動かすところにあります。

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