20年以上歌ってきた栗林みな実にも、自分の声に驚く瞬間がありました。
2022年の「Firewood」で、いつもより力を抑えて歌うと、ヘッドホンから初めて聴くような自分の声が返ってきたといいます。
以前から、声を張る歌とは違う表現を求められるたび、裏声や言葉の扱い方を試してきました。
さらに2025年には、自分で作った曲の歌い方さえ、いったん他の人の曲のように見直しています。
知らなかった声に出会うまでと、その後の選び直しをたどります。
2011年、歌う自分も聴き手も前向きになる声を残す
2011年の「STRAIGHT JET」は、TVアニメ『IS〈インフィニット・ストラトス〉』のオープニング曲です。
録音では、その日に出せる精いっぱいの前向きな気持ちを残したいと考えていました。
CDもライブのように、その日の自分を記録するものだという捉え方です。
曲の明るさに自分も元気をもらい、聴く人が歌っても同じように元気になれるのではないかと想像したそうです。
人前で歌うことも、最初から得意だったわけではありません。
同年の取材では、初めてのツアーを行った2007年頃に、ファンの支えによって歌う楽しさや、自分が歌う意味を感じられるようになったと話しています。
聴き手を励ます声の手前には、聴き手に支えられてステージに立てるようになった経験がありました。
2012年、「どう歌うか分からない」まま録音へ向かった
翌2012年の「signs ~朔月一夜~」では、いつもの準備が通じませんでした。
普段は、こう歌おうという答えを持ってスタジオへ行く栗林ですが、この曲では答えを出せないまま録音へ入ったそうです。
それまでタイアップ曲の大半はオープニングで、声を張って盛り上げる方向が多かった。
『トータル・イクリプス』のエンディングでは、別の繊細さが求められました。
録音では熱くなりすぎないように助言され、本人も伴奏になじむ歌を探しました。
地声で突き抜けるように歌うことが多かったところから、ファルセット、つまり裏声を多く使い、柔らかく声を運ぶ方向へ。
新しく組んだスタッフからは、普段意識していなかった息継ぎのタイミングや、声の表情を切り替える場所も教わったと話します。
慣れた人と作り上げた歌には、積み重ねてきた良さがある。
一方、初めての相手には、栗林ならこう歌うはずという先入観が少ない。
本人は、新しい色を加えてもらったように感じると同時に、それまでの経験を試される感覚もあったと振り返っています。
長く歌ったことが、初めての曲を簡単にするわけではなかったのです。
2021年、盛り上げたい気持ちを抑え、歌いやすい高さから作る
2021年の「Just the truth」では、歌う前の作曲段階から、いつもの方向を変えました。
劇場版『Fate/kaleid liner プリズマ☆イリヤ Licht 名前の無い少女』に向けた注文は、淡々とした曲にすること。
長く、どうすれば盛り上がるかを考えてきた栗林には、それが難しかったそうです。
そこで、作り始める前に決まりを置きました。
テンポを決め、メロディの最高音を高くしすぎず、音符も詰め込みすぎない。
もっと盛り上げたり難しくしたりしたくなる気持ちをこらえ、無理なく歌える旋律へ向かいました。
本人は当時、苦しそうに声を出すより、自分の声がきれいに聴こえる高さで歌いたいとも話しています。
ただ、歌の感情まで淡々とさせる必要はありませんでした。
録音ではディレクターから、言葉をもっと劇的に立ててよいと助言され、思っていた以上に気持ちを込めています。
メロディの高さは抑えながら、言葉の伝え方は強める。
声を張ることと、物語の緊張感を伝えることを、別々に考えられる曲になりました。
大久保薫が考えたコーラスには、栗林が録ったことのないような音の並びもあり、練習を重ねています。
主旋律の音域を抑えた曲にも、本人が初めて経験するコーラスの難しさは残っていました。
音域の難しさを増す以外にも、歌で取り組めることがありました。
2022年、「WITH」の力強さと「Firewood」の力を抜く歌
2022年の「WITH」は、『はたらく魔王さま!!』のオープニング曲です。
希望を持った切なさを歌いながら、アニメが楽しそうだと思ってもらえる、はつらつとした印象も大事にしていました。
ただ、明るい主題歌だからといって、すべてを地声で押し切ったわけではありません。
高い音が繰り返し出る難しい部分では、どこを裏声にし、どこを地声にするか、ディレクターと先に決めています。
歌いながら迷うより、頭の中に歌い方の像ができれば歌えるという本人の判断でした。
地声でも届く音をあえて裏声にした箇所もあり、聴いた人にとって歌いやすく感じられるかも考えたそうです。
2011年にも抱いていた、聴き手が自分の曲を歌う姿への関心は、声の選び方にも表れています。
対して、カップリングの「Firewood」は、ボカロPの伊根と初めて組んだ曲でした。
複雑に感じるリズムも、練習すると自然に歌えるようになる。
栗林はその面白さにひかれ、難しさを前に出さず、自然に届けたいと考えていました。
本人の感覚では、「WITH」を100の力で歌うとしたら、「Firewood」は50か60ほど。
まずさらりと歌い、そこから一番はもう少し棒読みに近づけようと、録音の中で調整していきます。
声を大きく出さずに表現する機会は、それまであまりありませんでした。
だから、前半をヘッドホンで聴いたとき、自分にも新しい声として響いたのです。

画像出典:写真掲載元
力を抑えることは、歌の中から情景をなくすことでもありません。
栗林の頭には、アニメの登場人物たちが火を囲む光景が浮かんでいたそうです。
作品を見て作ってくれた伊根の曲を、本人もその人物たちと結び付けて歌っていました。
声の勢いを変えても、物語を思い浮かべて歌う姿勢は残っています。
2023年、『LEAP』では自分の歌を選ぶ基準にも気づく
全十曲を自分で作詞・作曲した2023年のアルバム『LEAP』は、自分だけで歌を完成させる作品ではありませんでした。
録音では、伊根とディレクターが多くの曲を分け合い、栗林は一曲につき何通りもの表現を残しています。
本人が面白く感じたのは、その後、どの歌が採用されるかでした。
選ばれた中には、栗林なら選ばないような、感情の強く出たテイクもあったそうです。
そこで、自分は全体が整った、平均的な表現を好む傾向があると気づきます。
自分の中では十分と思う基準も、他の人が聴いて残したい歌とは同じではない。
出せる声を増やすことに加え、すでに出した声のどれを作品に残すかも、新しい発見になりました。
「星の息吹」には、聴き手に教えられた歌の方向が入っています。
前年のラジオで、激しい曲を子守歌のように歌ったら面白そうだと始めた企画に、予想以上に癒されたという感想が届いたそうです。
本人は、そのような歌も求められているのかと気づき、一日の終わりに聴ける曲をアルバムへ入れました。
太田貴之による編曲はシンプルで、栗林は優しく歌うことに集中できたと話しています。
前へ進む元気を渡す歌だけでなく、休む時間に寄り添う歌も求められていた。
自分の歌をどう使ってもらえるかという見方も、聴き手の反応によって広がっています。
2025年、「LAST LOVERS」は一人ひとりへ向けた歌になる
2025年の「LAST LOVERS」では、本人も珍しいと感じるほど、かわいらしい方向へ歌を寄せました。
以前のかわいい曲には暗いものを抱えた歌もありましたが、今回は晴れ渡るような爽やかさに合わせています。
栗林が自分で作詞・作曲し、前口ワタルが編曲した曲です。
その歌を向ける相手も、以前より具体的になっていました。
栗林は長く、この仕事がいつ終わるのかという不安を抱き、どこか受け身でいたといいます。
けれども2023年の47都道府県ツアーでは、各地に何度も足を運ぶファンの顔を覚え、信頼を深めていきました。
いつか終わることを考えるより、ずっと一緒にいるために頑張ろうと思えたことが、「LAST LOVERS」へつながったそうです。
恋愛の歌として描きながら、皆へまとめて伝えるより、一人の相手に話しかけるように気持ちを込める。
曲ができた段階でフルサイズの歌も録っており、本番では完成した伴奏に合わせて細かなニュアンスを整えました。
この曲は特に苦戦せず、楽しく歌えたと振り返っています。
自分で決めた歌い方も、もう一度外から見てみる
同じ2025年の「透明な砂時計」では、別の柔らかさを選んでいます。
はっきりした響きの言葉を裏声で歌い、曲に合う温度へ近づける。
単に高い音が出るかではなく、自分の声でどう聞こえると心地よいかを考え、頭の中の像に重なるよう注意して録ったそうです。
2012年の「signs ~朔月一夜~」では、柔らかく歌う方向がまだ新しく、答えが分からないままスタジオへ入りました。
2025年には、自分の声を知り、自作曲の歌い方も決めたうえで、もう一度考え直しています。
本人は、自作でも誰かから提供された曲だと仮定して向き合うと、新鮮に表現を見直せると話しました。
正解を決められるようになっても、その正解だけを繰り返さないための工夫です。
栗林みな実が新しい声に出会ってきたのは、強く歌う方法を増やしたときだけではありません。
慣れない相手の助言を受け、力を抑え、他の人が選ぶテイクを受け入れ、最後には自分の決めた歌い方も見直す。
そのたびに、長く使ってきた声の中に、まだ試していなかった表情が見えてきました。
裏声や息継ぎ、伸ばした音の切り方を一曲の中でどう選ぶかは、栗林みな実の歌い方で取り上げています。







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