竹達彩奈の歌には、かわいらしい声で物語を描く楽しさがあります。
けれど、その歩みは、最初から自分の声に自信があった人の物語ではありません。
役を演じる声とは別に、自分の名前でどのように歌えばよいのか。
その問いに向き合う中で、歌に託せる気持ちが少しずつ増えてきました。
元気な曲から静かな曲へ、という曲調の変化だけでは見えないものがあります。
歌い方を周囲と探していた時期から、自分で声の表情を提案し、年齢を重ねても歌える曲を求めるまで。
ソロ活動を中心に、その変化をたどります。
2012年、キャラクターを離れて自分の名前で歌う
『けいおん!』の中野梓役で知られるようになった竹達は、作品のライブでは、キャラクターを好きな人の前に自分が出てよいのかと悩んでいました。
それでも、梓の色のサイリウムに囲まれて歌ううちに、ファンとつながる喜びを感じています。
歌う仕事への不安と、その場でしか得られない充実感は、初めから一緒にありました。
2012年4月のソロデビュー曲は「Sinfonia! Sinfonia!!!」。
本人は楽器の録音にも足を運びました。
演奏家たちが何度も音を重ね直す姿を見て、自分も妥協せず歌おうと受け止めています。
個人名義の歌は、一人で何もかも作ることではなく、仲間の仕事を自分の声で引き受けることから始まりました。
同年9月の「♪の国のアリス」では、抑揚をつけようとする竹達に、作家の末光篤が、もっと伸び伸び歌ってよいと伝えました。
本人も、曲の中のアリスを思い描きながら、素直な感覚で歌えたと話しています。
歌を上手に見せようとする意識を少しゆるめたことが、次の一歩になりました。

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2013〜2014年、自分の声で言葉を届ける手応え
最初のアルバム『apple symphony』では、さまざまな作家との出会いが歌の幅を広げました。
竹達は、歌を仕事にしてよいのかという不安を抱えていた一方、役者としては使ってこなかった表現を引き出してもらえた、と振り返っています。
演技で得意なことをそのまま再現するだけではない経験でした。
このころには、歌手としての自分の声を見つけ、次へ進めたという手応えも語っています。
「ライスとぅミートゅー」では作詞にも加わり、大好きな食べ物への思いを歌にしました。
一方、奥華子に書いてもらった「HIKARI」では、ファンや家族への感謝を伝えたいと依頼しています。
賑やかな曲とバラードの両方に、自分から渡したい気持ちが入ってきました。
「HIKARI」の録音は、背伸びをせず、そのときの気持ちで歌えたそうです。
声のかわいさをどう見せるかということだけでなく、誰に何を届けるかが、歌うときの支えになっています。
2014年の「わんだふるワールド」のころ、小林俊太郎は、竹達の歌が自然になり、言葉が入ってくるようになったと評価しました。
沖井礼二は、初ワンマンが歌う自覚を育てたと見ています。
「サーフでゴゴゴ」では、ロックへ寄りすぎた歌を自分で修正しました。
作家に任せきるのではなく、自分の歌として合う表情を探せるようになっていたのです。
2015〜2016年、声優としての経験を歌の世界へ戻す
活動が続く中で、制作チームの担当者が変わる経験もしました。
見せ方や作り方がそのたびに違うからこそ、自分の軸を保つことが大切になったと、後に振り返っています。
ただ明るく楽しい時間が続いたわけではなく、周囲と話し合い、納得できる形へ近づける時間が増えていきました。
2015年の「キミイロ モノローグ」は、その関わり方がよく分かる曲です。
本人が描いたのは、夜に好きな人を思い、静かな気持ちが膨らみ、またまどろみへ戻る流れでした。
作詞とアレンジを並行して進め、歌ってみて高いと感じた箇所は、作曲・編曲のシミズコウヘイと相談してメロディーを変えています。
決まった音を頑張って出すだけでなく、伝えたい言葉に合わせて旋律を相談する。
感情の流れと歌いやすさの両方に、自分の意見を入れるようになったのです。
本人も、当時最も深く制作に関わった曲だと位置づけています。
声優ならではの音楽を考え、空想の世界を描く方向へ。
2016年の『Lyrical Concerto』では、演技で使ってきた高低の声や、ぼそぼそと話す表現まで歌に生かそうとしました。
自分の声を探すだけでなく、声優として持っている声の幅を、ソロ曲の世界にも持ち込む段階へ進んでいます。
『Lyrical Concerto』(2016年)の新曲試聴クロスフェード。
2018年、明るさの向こうにある寂しさも歌う
「セピア色」では、奥華子に再び曲を依頼しました。
今度は、寂しさを抱えたバラードを求めています。
明るい曲が中心の活動でも、陰の部分を歌ってよいと思えるようになったのです。
この曲では、かわいく振る舞うことを優先せず、28歳の自分の気持ちで歌ったと説明しています。
悲しみも出せる場所ができたのです。
同年のベストライブでは、あえて選曲や構成を周囲に任せる試みもしています。
自分の意見を持てるようになったあとで、今度は仲間の提案を受け止め、自分に何ができるかを試したのです。
初期の戸惑いから任せていたころと、選んだうえで任せることでは、歌う立場が変わっています。
2021年から、これからも自分の気持ちで歌い続けるために
「Dear Dear」では、クラムボンのミトに、年齢を重ねても等身大で歌える曲を求めました。
これまでの、世界観を作り込んだ楽曲も大切にしながら、40代、50代の自分にも自然につながる歌が欲しかったのです。
その希望から、大切な人へ気持ちを届けるミディアムバラードが生まれました。
制作では、柔らかく包んだ言葉を、もっと核心に触れる言葉へ変えてほしいとも伝えています。
ミトも、早くから本人の意見が出ることで曲を磨けたと話しました。
用意された世界を声で演じることに加え、自分が本当に言いたいことへ、曲の側を近づけるようになっていました。

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10周年の「Endless Symphony」は、初期から共に制作してきた沖井礼二、小林俊太郎と作った曲です。
デビュー曲とのつながりに、込み上げるものがあったそうです。
一方、2023年の「明日のカタチ」では、ピアノを頼りに歌へ入る難しさにも向き合っています。
初めて歌う曲の難しさがなくなったわけではありません。
変わったのは、それをどう表現したいか、どこを周囲と相談したいかを、自分の言葉で持てるようになったことです。
かわいらしい声も、静かな語りかけも、その選択の中にあります。
竹達彩奈の変遷は、一つの声に決めないこと
ソロの声を探すところから始まり、役を演じてきた経験を歌に戻し、さらに自分の年齢や感情も受け入れていく。
竹達彩奈の歌は、その往復によって広がってきました。
物語を演じる歌と、本人の素顔が近くに感じられる歌を、どちらも持てるようになった歩みです。
初期の曲も、単なる昔のかわいい歌として聴き流すには惜しいものがあります。
その曲で初めて試したことや、支えになった人たちを知ると、後の歌へつながる意味が見えてきます。
声の高さや表情の使い分けは、竹達彩奈の歌い方で曲ごとに取り上げています。







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