花澤香菜の歌唱変遷|『SHINOBI-NAI』で磨いた節回しと、低音への挑戦

2023年「Circle」発表時の花澤香菜 シンガー
2023年「Circle」発表時の花澤香菜

2026年の「Cipher Cipher」で再び曲を提供した雫は、花澤香菜のリズムや抑揚が進歩したと評価しました。
ところが本人には、技術が大きく伸びたという自覚はなかったそうです。
実感していたのは、以前の提供曲「SHINOBI-NAI」を何度も歌ううち、雫特有のリズムがなじんできたことでした。

録音で細かく追った節回しが、歌い続けるうちに自分のものになる。
その積み重ねの前には、自然体で歌う感覚を見つけた時期や、舞台を経て同じ曲を歌い直した経験もあります。
柔らかな声を出発点に、何を試し、次の曲へ持ち込んできたのか。
2014年から2026年までの制作をたどります。

『25』から「ほほ笑みモード」へ、素の自分で歌う感覚

2012年に「星空☆ディスティネーション」で個人名義の音楽活動を始めた頃、花澤は録音やライブをこなすだけで精いっぱいだったと振り返っています。
当初は、制作陣に自分の声を生かす曲を作ってもらい、それに向き合うところからの出発でした。

2014年のアルバム『25』では、過去の思い出、その時点で考えていたこと、未来への気持ちを、作詞家の岩里祐穂と話し合って歌詞に込めました。
本人がこの作品を転機として挙げるのは、自分という人間と音楽活動が結びついたからです。
歌う曲に、自分の気持ちを重ねられるようになったのです。

ライブでも、キャラクターや共演者に支えられる場と、自分一人で立つ場では、感じる重圧が違っていました。
初めは、自分の表現を見透かされるような緊張が強かったそうです。
それが2014年のツアーでは、前の会場でうまくいったところを、次はもっとよくしたいと考えるようになる。
四会場で一公演二十五曲を歌うプレッシャーはあっても、終わる頃には、つかみかけた感覚をもっと試したいという気持ちが残りました。

2014年「ほほ笑みモード」発表時の花澤香菜
2014年「ほほ笑みモード」発表時の花澤香菜。
画像出典:写真掲載元

同年の「ほほ笑みモード」では、STUDIO APARTMENTによるクラブ・ミュージックに取り組みました。
花澤は録音の直前まで不安を感じていました。
ところが録音を進めると、『25』で得た素の自分の歌い方が、夜に似合うクールなサウンドにも合うと気づきます。

もちろん、初めからすんなり完成したわけではありません。
曲名の持つ笑顔のイメージ、クールな伴奏、柔らかなメロディの釣り合いを探り、何度も歌い直しました。
新しいジャンルのために別の声を用意するより、自分の歌をどんな表情で置けばよいかを確かめていった時期です。

『Blue Avenue』で、自然に聞こえる歌の細部を作る

2015年の『Blue Avenue』には、少人数のアコースティックライブで知った楽しさがつながっています。
少ない音と声で作る空気を、新しい作品にも生かせないか。
そこからジャズに取り組む案が生まれ、ニューヨークというテーマへ広がったそうです。
Swing Out Sisterが提供した「Dream a Dream」は、仮歌の段階では歌えるかどうか不安になるほど難しかったといいます。
日本語の歌詞が付いてからも、コリーン・ドリュリーの歌い回しが持つ大人っぽさをつかむのに苦労しました。

きっかけになったのは、岩里から受けた、音符がぶら下がるような感じで歌うという助言でした。
花澤はコリーンのライブを見た経験も手掛かりに、独特のリズムの取り方を自分なりに取り入れています。
音程と言葉を覚えるだけでなく、音の流れにどう乗るかが課題になっていたのです。

このアルバムで歌唱の幅が広がったという実感を、花澤自身も語っています。
「ほほ笑みモード」で見つけた素の歌は、そこで完成した型ではありませんでした。
新しい音楽に出会い、その細部を作り込むことで、自然に聞こえる歌い方そのものを増やしていきました。

2018年、舞台を挟んで二つの「大丈夫」を歌う

2018年の「大丈夫」は、槇原敬之の作詞・作曲、佐橋佳幸のサウンドプロデュースによる曲です。
同じシングルには、編曲だけでなく歌唱も異なる「Neo Country Ver.」が収められました。
花澤は、二つの録音の間に舞台『ZEROTOPIA』を経験しています。

先に録った表題曲では、アニメの主人公の前向きさに合わせ、佐橋が歌を明るい方向へ導きました。
本人は、子供たちを含むみんなへ向けてサビを歌う感覚だったと話しています。
槇原の節回しもどれほど残すかを相談し、こぶしの細かなニュアンスを詰めていきました。

「大丈夫」――2018年シングル表題曲

時間を置いて別バージョンを録ると、声の出方が変わったと指摘されたそうです。
花澤自身は、舞台で日々演じて歌ったことが関係したのか、声量が増し、曲をすらすら歌える感覚があったと振り返りました。
毎日同じ劇場に立って試行錯誤し、自分の心と体をよい状態へ持っていく方法が見えてきたことも、大きかったといいます。

「大丈夫」――Neo Country Ver.(2018年)

別バージョンでは、みんなを励ます歌から、一人で今の気持ちを歌う感覚へ変わりました。
肩の力も抜け、言葉が自分のものとして出てくる。
編曲と届ける相手を変えたうえに、二つの録音の間で得た手応えも重なっていました。

「SHINOBI-NAI」で、いつもの歌に収めず節回しを試す

2021年の「SHINOBI-NAI」は、ポルカドットスティングレイの雫が作詞・作曲を手掛けた曲です。
花澤は制作にあたり、強い言葉も使いながら、鬱屈した気持ちと戦える曲を求めました。
歌詞の願いに加えて、雫の仮歌が、いつもと違う歌い方を試すきっかけになっています。

「SHINOBI-NAI」――雫カリウタver.(2021年12月配信)

花澤とサウンドプロデューサーの北川勝利は、普段の感じで歌うより、雫のかっこよさを生かした声にしたいと考えました。
事前の録音ではいろいろな歌い方を試し、雫のリズムの取り方や、しゃくりのニュアンスまで細かく意識しています。
雫も、録音された歌の中に自分の節回しが再現されていて驚いたと話しました。

ここでは、柔らかい声を生かすだけでなく、他の歌い手のニュアンスを自分の声で形にすることが求められました。
ただし、花澤が雫の歌へ一方的に近づいただけではありません。
雫は花澤のビブラートを生かすために、声を伸ばす旋律を考えていました。
短い音の動きでは相手の節回しを学び、伸ばす声では自分の持ち味を出す。
新しい歌い方と、もともとのよさを、一曲の中で組み合わせていたのです。

「Circle」で、声色を考えすぎず勢いに任せる

2023年の「Circle」は、菅原圭が初めて他の歌手に提供した楽曲です。
花澤は菅原の声、特に低いところの響きと力強さにひかれ、仮歌にも強い魅力を感じていました。
ただし、その声は菅原自身の個性です。
花澤には、自分ならどう歌うかを考える必要がありました。

たどり着いたのは、声色を意識しすぎず、勢いも加えて歌う方法でした。
「Circle」を歌うと、内側にあるフラストレーションが解放される感覚があり、声の色を考えすぎると、その感覚が薄れると思ったのです。
「SHINOBI-NAI」で細かな節回しを追った経験に対し、この曲では声をどう作るかにとらわれすぎない選択をしています。

三分に満たない曲を、途中で細かく分けず、最初から最後まで通して録音したのも、歌の流れを大事にするためでした。
最初から最後まで歌うことで、曲の中の波を自分で作れると本人は説明しています。
声の表情を一部分ずつ決めるだけでなく、一曲の勢いの中から生み出す歌い方へも踏み込んでいました。

「Cipher Cipher」で、歌い続けた経験と低い声を生かす

2026年の「Cipher Cipher」では、雫との再タッグが実現しました。
前作よりバンドの勢いを押し出した曲で、花澤は同じ曲名のフレーズを繰り返す中でも、少しずつニュアンスを変えることに苦戦したと話しています。
新しい曲に対する試行錯誤は、この時点でも続いていました。

一方で、前回から変わった手応えもあります。
雫はリズムの取り方や抑揚の進歩を評価し、花澤自身は、「SHINOBI-NAI」を何度も歌ううちに、雫特有のリズムが自分になじみ、歌いやすくなったと振り返りました。
本人には技術が伸びたという自覚はなくても、前より歌いやすいという手応えはあった。
作り手が感じた進歩と、歌い手が感じたなじみやすさが、同じ経験をそれぞれの側から伝えています。

2026年「Cipher Cipher」発表時の花澤香菜
2026年「Cipher Cipher」発表時の花澤香菜。
画像出典:写真掲載元

この曲で花澤が求めたのは、自分自身を奮い立たせる歌でした。
仕事で細かな指摘を受ける機会が減る中、自分が怠ければ、そのままの表現が届いてしまう。
そんな怖さを感じ、雫には自分と戦える曲を頼んだそうです。

歌う際には、低い音域も新たな課題になりました。
バンドの中で低い声が埋もれそうになると、つい声を出そうとしてしまう。
花澤はそこで力むより、力を抜くことを意識しました。
高音の持ち味を評価されることが多かった彼女が、低い声にも表現の場を広げています。

「ほほ笑みモード」では、自分の自然な歌が新しい音楽に合うと知った。
「大丈夫」では、舞台を経験し、同じ言葉を自分の気持ちで歌えた。
そして「SHINOBI-NAI」で細かく覚えたリズムは、繰り返し歌ううちに次の曲へ持ち込める感覚になりました。
花澤香菜の変遷には、最初は意識して作った表情が、自分の歌としてなじんでいく時間があります。

低音で力を抜く意識や、息と声の表情への向き合い方は、花澤香菜の歌い方で詳しく取り上げています。

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