ØMI(登坂広臣)さんの歌声は、デビュー時から器用に完成していたわけではありません。
本人は、正式な音楽教育もボイストレーニング経験もないまま、23歳でオーディションへ挑んだと振り返っています。
そこから三代目 J SOUL BROTHERSのツインボーカルとして歌い、EDMの大ヒットを経験し、ソロでは月と孤独を作品にしました。
2021年にØMIへ名義を変えると、強い声だけでなく、息、弱さ、自分の倍音まで制作の材料にします。
変化の中心にあるのは、高音が何音伸びたかではありません。
最初は与えられた曲へ自分を合わせた歌手が、やがて自分の声から曲の世界を設計し、再び他者のディレクションへ身を預けられるようになったことです。
この記事では、2010年のデビューから2026年の『THE FUSION』まで、ØMIさんが「歌う人」から「声を演出する人」へ進んだ過程を年代順にたどります。
2010年、経験ゼロの声は二人で一曲を作るところから始まった
デビュー前の登坂広臣さんは、美容師やアパレル販売員として働き、専門的な歌の訓練を受けていませんでした。
カラオケで歌うことは好きでも、歌手になるための準備を積んできた経歴ではなかったのです。
転機は23歳で受けたVOCAL BATTLE AUDITION 2でした。
本人にとって年齢的にも最後の機会という意識があり、選ばれた後は今市隆二さんと三代目 J SOUL BROTHERSのボーカルになります。
デビュー曲『Best Friend’s Girl』で必要だったのは、一人で目立つことではありません。
二人の声で一つの切ない物語を作り、七人のグループの言葉を代表することでした。
経験の少なさは、完成した癖がないことでもあります。
与えられた曲へ自分を染めながら、ステージの責任を身体で覚えていきました。
2014年、『R.Y.U.S.E.I.』が声をバラードの外へ連れ出した
初期の三代目 J SOUL BROTHERSには、二人の歌声を長く聞かせるバラードの印象がありました。
『R.Y.U.S.E.I.』の大ヒットは、その時間感覚を変えます。
EDMの強いビートでは、語尾を長く引くほどよいとは限りません。
声が短い単位でリズムへ入り、ダンスと電子音の隙間を抜ける必要があります。
ØMIさんは後に、さまざまなジャンルの曲を歌ってきたことが対応力につながったと話しています。
自然な声質はJ-POPやバラードに合うと考えながらも、本人は曲によって自分の声が合わないと感じることもあったそうです。
その違和感を避けず、EDMやヒップホップ、ポップスへ声を合わせ続けた。
『R.Y.U.S.E.I.』期は、得意な音色を守る歌手から、曲によって歌い方を変える歌手へ進んだ時期でした。
2017年、『WASTED LOVE』で一人の声が空間を背負った
2017年、HIROOMI TOSAKA名義の『WASTED LOVE』でソロプロジェクトが本格的に始まります。
グループでは今市隆二さんとフレーズを渡し合いますが、ソロでは低音から高音、コーラス、余韻まで一人で曲を保たなければなりません。
ここで生まれたのが、後の作品まで続く「月」の世界です。
三代目の太陽のようなイメージと対照的な、夜、孤独、光と影を自分の物語として選びました。
ファンのライブ評では、『WASTED LOVE』の力強い場面と、細く切れるようなファルセットの両方が印象に残ったと語られています。
一人で歌う時間は、声を細くする瞬間と太くする瞬間を、自分だけで演出する場所になりました。
2019年、『BLUE SAPPHIRE』で個人的な夜が大きな物語になった
2019年の『BLUE SAPPHIRE』では、ソロで育てた冷たい光や夜の質感が、映画のスケールへ広がります。
『WASTED LOVE』の内向きな孤独とは違い、速い展開の中でも言葉を明確に届ける必要がありました。

この時期の歌声については、初期より高い音域の響きが増えたと見る解説があります。
一方、声区名の判定は分析者によって異なり、すべてを同じ発声で説明することはできません。
重要なのは、低い声の厚みを失わず、ファルセットと明るい高音を作品の速度へ組み込めるようになったことです。
個人のための月が、多くの人が知る映像作品の光へ変わりました。
2021年、ØMIへの改名は声の弱さを表へ出す宣言だった
2021年、名義をHIROOMI TOSAKAからØMIへ変えました。
呼び慣れた名前を使うだけでなく、自身のプロジェクトCDL entertainmentを本格始動し、セルフプロデュースを強める節目です。
『ANSWER… SHADOW』で本人が選んだのは、さらに強い高音ではありませんでした。
目を閉じ、水に浮かぶ感覚で力を抜き、三代目では強く意識してこなかったエアー感を使っています。
それまで見せてきた強さの裏側にある孤独や弱さを、声の質感そのものへ移したのです。
制作チームは、本人の声に倍音が多いことを理解し、響きが深くなるフレーズや言葉へ調整しました。
歌手が完成した曲を歌うだけでなく、声の性質から作曲と作詞が動く。
ここでØMIさんは、歌の受け手から、声を中心に作品を設計する人へ進みました。
2022年、『ANSWER…』で雰囲気を一文字の精度へ変えた
『ANSWER…』シリーズを締める『After the rain』は、アルバムの中で最も録音に時間がかかった曲でした。
歌い出しに納得できず、スタジオを変え、別の日にもう一度録り直しています。
ØMIさんが向き合ったのは、壮大な世界観だけではありません。
声の成分、一つひとつの響き、ブレスの伝わり方、歌詞の一文字に思いが乗っているかを確認しました。
『ANSWER… SHADOW』では、深海へ沈むような全体の空気が新鮮でした。
翌年には、その空気を偶然に任せず、音の最小単位まで選び直しています。
弱い声を出せるようになっただけでなく、弱さの濃度を録音の中で管理できるようになったのです。
コーラスの大半も自分で重ね、最後の広がりに今市隆二さんの声を迎えました。
ソロで自分の声を分解した先に、デビュー時からの相棒をもう一度配置する構成は、変遷を象徴しています。
2024年から2026年、他者に染まることが新しいセルフプロデュースになった
2024年以降の『THE FUSION』では、ØMIさんは自分の型をさらに強く押し出すのではなく、他者の才能と混ざることをテーマにしました。
三代目 J SOUL BROTHERSの制作でも若いプロデューサーへ委ね、曲に自分を染める感覚から新しい方法を得たと話しています。
これは経験ゼロだった2010年へ戻ることとは違います。
自分の声の倍音、息、強さ、弱さを理解した上で、あえて他者の指示を受け入れる選択です。
セルフプロデュースが成熟したからこそ、自分だけで完結しない制作ができるようになりました。

2026年の『THE FUSION』では、重厚さや優雅さを保ちながら、あえて粗さも残す方向へ進んでいます。
さらに『INFINITY MOON』では、『FULL MOON』『ANSWER…』、そして現在を三夜で振り返る構成が告知されました。
過去の歌い方を捨てて新しくなるのではありません。
太い地声、ファルセット、息、セルフプロデュース、他者との融合を、時期ごとの別人格として並べられるところまで来ています。
変わらないのは、曲に自分を合わせることを恐れない姿勢
ØMIさんの歌唱変遷には、一見すると逆向きの動きがあります。
デビュー時は経験がなく、与えられた曲へ自分を合わせました。
ソロでは自分の声から世界を作り、現在は再び他者のディレクションへ身を預けています。
しかし、根にある姿勢は変わっていません。
自分の声はこのジャンルにしか合わない、と閉じないことです。
本人が感じた曲との違和感も、長年さまざまなジャンルを歌ううちに対応力へ変わりました。
現在の倍音、息、ファルセットの使い方を年代から切り離して知りたい場合は、ØMIさんの歌い方・発声分析で詳しく整理しています。
まとめ|ØMIの歌声は、自分を知るほど他者と混ざれるようになった
2010年の登坂広臣さんは、専門的な訓練経験がないまま、二人で一曲を作るところから始まりました。
『R.Y.U.S.E.I.』でバラードの外へ出て、2017年のソロ活動では一人の声で月と孤独を背負います。
『BLUE SAPPHIRE』でその世界を広げ、ØMIへ改名した2021年には、強さだけでなく弱さや息を制作の中心にしました。
『ANSWER…』では一文字単位まで声を整え、現在の『THE FUSION』では、理解した自分の声を他者の才能と混ぜています。
変化は、昔より高く歌えるようになったという一本線ではありません。
曲へ染まる、自分の色を作る、もう一度誰かと混ざる。
その往復を恐れないことが、経験ゼロだった歌手を、自分の声で世界を設計できる表現者へ変えてきました。
こちらの記事もおすすめ






コメント