EXILE TAKAHIROの歌い方はなぜきれいなのにロックに合う?高音・ビブラート・発声を分析

EXILE TAKAHIROの高音・ビブラート・発声を分析する記事のアイキャッチ EXILE TAKAHIRO

EXILE TAKAHIROさんの歌い方には、少し不思議なところがあります。
音程を丁寧に取り、語尾には滑らかなビブラートが入り、声は華やかです。
それなのにACE OF SPADESの激しい演奏へ入っても、優等生の歌に聞こえません。

この理由を考える鍵は、本人が長く経験したスランプにあります。
きれいに、正しく、憧れた人のように歌おうとするほど自由を失い、ある姿勢を戻したことで声の感覚まで変わったと本人は振り返っています。

つまり、TAKAHIROさんの魅力は「きれいな声」だけではありません。
整った声を土台にしながら、言葉に合わせて揺らし、荒らし、時には整えすぎないところまで選べることです。

この記事では、本人の発言、発声を扱う第三者の解説、複数の歌唱評をもとに、EXILE TAKAHIROさんの高音、ビブラート、地声と裏声の使い分けを、初心者にも分かる言葉で整理します。

七年のスランプは、低音が出ないところから始まった

TAKAHIROさんは、活動の途中から七年ほど歌に苦しんだと明かしています。
意外なのは、高音が出なくなったのではなく、低い話し声を持つ本人が低音を出せなくなったことです。

声の不調を、音域の狭さだけで説明することはできません。
本人は歌うこと自体が怖くなり、辞めることまで考えた時期があったと振り返っています。
技術の問題と心理的な緊張が重なり、普段なら自然に出る音まで意識の中で遠くなっていたのでしょう。

転機は、夢の中で自由に歌っていた自分の姿でした。
デビュー時は右手でマイクを持っていたのに、敬愛するEXILE ATSUSHIさんへの憧れから、いつしか左手で持つようになっていたことへ気づきます。
右手へ戻すと身体の向きや声の飛び方が変わり、歌う楽しさも戻ったと本人は語っています。

これは、右手なら誰でも声が出るという話ではありません。
誰かの形へ自分を合わせ続けるうちに、本人にとって自然だった姿勢まで見失っていたことが重要です。
TAKAHIROさんの発声を考える時、声帯の名前より先に「自分の声で歌えているか」という問いが出てきます。

きれいな声は、最初からあった完成品ではない

2006年のオーディションで選ばれた時、TAKAHIROさんは約1万人の候補者からEXILEへ加わりました。
当時から声の華やかさと人を引きつける存在感を高く評価されましたが、本人は突然ATSUSHIさんの隣へ立つ重圧の中にいました。

初期には、教えられたことをすべて受け止めて実行しようと決めています。
その積み重ねが、音程を大きく外さず、声量をそろえ、フレーズを滑らかにつなぐ現在の土台になりました。

発声を扱う複数の解説では、地声から裏声へ切り替える位置が明瞭で、語尾のビブラートが美しいという見方が共通します。
別の歌唱評では、音の終わりを少し遅らせたり、小さく揺らしたりすることで余韻を作る点が指摘されています。

ビブラートは、伸ばした音の高さを規則的に揺らす表現です。
TAKAHIROさんの場合、すべてを大きく揺らすのではなく、まっすぐ置いた音の最後に揺れを添える場面が多いと説明されています。
声の美しさを見せつける装飾というより、言葉をすぐ終わらせないための余白です。

Lovers Againで滑らかな高音と語尾の余韻を届けるEXILE TAKAHIRO

高音は一種類ではなく、曲の温度で重さを変えている

TAKAHIROさんの高音を、すべて地声、すべてミックスボイスと一語で決めるのは難しいです。
曲、音の高さ、母音、声量によって、地声の厚みを残す場面と、裏声へ軽く抜く場面が変わります。

『Lovers Again』のようなバラードでは、息を急に増やさず、言葉の輪郭を保ったまま高い音へ進みます。
一方で音を細くしたい場面では、裏声へ明確に移り、地声の強さを無理に引き上げません。

この切り替えがあるから、太い声の後に軽い声が現れても、曲から逃げたように聞こえにくくなります。
地声と裏声の間を完全に同じ音色へ消すのではなく、違いを表情として使っているのです。

声区の境目そのものを知りたい場合は、地声と裏声をつなげる考え方も参考になります。

ACE OF SPADESでは、声をバンドの一音にした

TAKAHIROさんがロックに合う理由は、きれいな声へ後から「がなり」を足したからではありません。
ACE OF SPADESの録音では、自分の歌を主役として上へ載せるのではなく、ギターやドラムと同じ一つの音として捉えたと話しています。

EXILEでは、歌詞の意味、ダンス、二人のボーカル、ステージ全体をそろえる役割があります。
対してロックバンドでは、各楽器が強く鳴る中へ声を差し込み、演奏から受けた勢いをその場で返します。

この環境では、音程も音量も完全に均すことだけが正解ではありません。
声の立ち上がりを強くしたり、母音を短く切ったり、語尾をざらつかせたりする余地が生まれます。
もともとの明るく通る声があるからこそ、演奏が厚くても言葉を失わず、その上で荒さを選べます。

ロックらしさを真似しようとして喉をこするのは危険です。
TAKAHIROさんのロックは、痛そうな音を作ることではなく、バンドの音へ反応してフレーズの勢いを変えるところにあります。

「安全に歌う」のをやめて、きれいな声が生き返った

ソロ活動10周年の作品『EXPLORE』で、TAKAHIROさんは以前のように安全に歌わなくなったと語っています。
音程が正しいこと、一定の声量を守ること、美しく聞かせることを、歌の最優先には置かなくなりました。

これは、基礎を捨てたという意味ではありません。
長年かけて身につけた正確さがあるから、あえて息を乱し、言葉を強くぶつけ、感情が先に動く瞬間を選べます。

きれいに歌うことを目的にすると、すべての音が同じように整います。
曲の人物が怒っている時も、迷っている時も、同じ滑らかなビブラートで閉じれば、声は美しくても物語は平らです。
TAKAHIROさんは、正確さを守る歌手から、正確さを崩す場所まで決められる歌手へ進みました。

EXPLOREで整えすぎないロックの熱を前へ出すEXILE TAKAHIRO
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三曲を聴き比べると、語尾が別人のように変わる

歌い方の違いは、最高音だけを追うより語尾に注目すると分かりやすくなります。

『Everything』では、EXILEへ加わったばかりの声が、曲の大きなメロディへ丁寧に収まります。
『Lovers Again』では、伸ばした音の終わりに細かな揺れと余韻を残し、切ない言葉をすぐ閉じません。
『EXPLORE』では、まっすぐ押し切る音や荒く終える言葉が増え、整った声の奥からロックの身体感覚が前へ出ます。

変わっているのは声質そのものだけではありません。
一つの音を「きれいに完結させるか」「次の演奏へ投げるか」という役割が違います。

次に聴く時は、長い音が始まった瞬間ではなく、終わる直前を意識してみてください。
揺らす、まっすぐ閉じる、息へほどく、少し荒らすという選択から、TAKAHIROさんが曲ごとに別の人物を置いていることが見えてきます。

歌声が年代によってどう変わったかは、EXILE TAKAHIROさんの歌唱変遷で詳しくたどります。

ATSUSHIを真似した七年が教える、参考にすることと失うこと

同じグループの先輩を目標にすること自体は、間違いではありません。
TAKAHIROさんも、指導を受け入れ、隣の歌手から学ぶことで基礎を築きました。

ただし、憧れた人のマイクを持つ手まで無意識に写し、自分の身体に合っていた形を失った時、学びは拘束へ変わりました。
EXILE ATSUSHIさんの歌い方と比べると、二人とも滑らかな高音とビブラートを使いながら、声の明るさや言葉の押し出し方が違うことが分かります。

参考にできるのは、声の表面をそっくり再現することではありません。
どの言葉を整え、どこだけ崩すかを曲ごとに選ぶ姿勢です。
痛みや強いかすれが出る方法でロックらしさを作らず、自分の話し声と身体に合う形を残す方が長く歌えます。

まとめ|EXILE TAKAHIROの歌は、きれいさを目的にしなくなって強くなった

EXILE TAKAHIROさんの歌い方には、明るく通る声、丁寧な音程、滑らかな地声と裏声の切り替え、語尾のビブラートがあります。
しかし、それだけならロックに合う理由までは説明できません。

ACE OF SPADESでは声をバンドの一音として扱い、『EXPLORE』では安全に美しく歌うことを最優先から外しました。
七年のスランプでは、憧れた人の形を追ううちに自分の自然な姿勢まで失い、右手でマイクを持つ自分へ戻ることで自由を思い出します。

きれいな声を捨てたのではありません。
きれいさをゴールから道具へ変えたのです。
だからバラードでは余韻になり、ロックでは演奏を切り裂く明るさになり、同じ声が別の温度で届きます。

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