ジョン・ボン・ジョヴィ(Bon Jovi)の歌声の変遷|「It’s My Life」を静かに歌い直した理由、そして復帰へ

2009年、トライベッカ映画祭のジョン・ボン・ジョヴィ シンガー
David Shankbone / CC BY 3.0

2000年の「It’s My Life」は、大きなサビをジョン・ボン・ジョヴィが力強く歌う、Bon Joviの代表曲です。
そのわずか三年後、彼は同じ曲を、落ち着いたバラードとして歌い直しました。
一緒に叫びたくなる曲が、自分自身へ語りかけるような歌へ変わっています。

声が変わった理由を考えるとき、年齢だけでは説明しきれないのが、この二つの録音です。
2003年の録音には、ヒット曲の見せ方を変えようという、バンド側の意図がありました。
さらに年月がたつと、ジョンは実際に声の不調と向き合い、歌を録音することと、長い公演を続けることの違いを語るようになります。
歌を作り直した時期と、歌う力を取り戻そうとした時期を分けて見ると、彼の歩みが分かりやすくなります。

『Crush』に収められた2000年の「It’s My Life」は、その歌い直しの前にある、力強い原曲です。

1986〜2000年――大勢で歌えるサビを、次の時代にも

1986年の「Livin’ on a Prayer」は、ジョンの高い声と、大勢で歌えるサビを結びつけました。
生活に苦しむ二人を描いた曲が、最後には聴き手も加われる大きな歌になる。
ジョンは、誰かの事情を伝える歌と、会場全体へ呼びかけるような歌を、一曲の中でつないでいました。
その構成と歌い方の関係は、ジョン・ボン・ジョヴィの歌い方で詳しく扱っています。

2000年の「It’s My Life」でも、サビの言葉は大きな声で歌われます。
曲中には、「Livin’ on a Prayer」のトミーとジーナの名前も登場します。
以前の物語を知っている人には、あの二人の生き方を、別の時代の曲でも思い出せる作りです。

しかし、歌い直すとなれば、そのサビの勢いまで保つ必要があるのでしょうか。
このヒット曲を発表した三年後、Bon Joviは、自分たちの曲に別の表情を与えることを選びます。

1987年のジョン・ボン・ジョヴィ
1987年のジョン・ボン・ジョヴィ。写真:Jonathan King / CC BY 3.0

2003年――「It’s My Life」を、自分に語る歌へ変える

『This Left Feels Right』は、過去の曲を新しく録音したアルバムです。
古い録音の音量や音質を整えた作品ではありません。
同じ曲を違う編曲で演奏し、ジョンも改めて歌っています。

出発点には、日本でのアコースティック公演がありました。
ジョンによれば、当初はそのライブを作品にするつもりでしたが、録音を聴き返すと出来に満足できませんでした。
新たな録音を進める中でプロデューサーのパトリック・レナードが加わり、曲そのものを大きく作り変える方向へ進みました。

「It’s My Life」について本人が挙げたのは、内省的なバラードになったことでした。
自分の人生を力強く宣言する歌が、自分はどう生きるのかを静かに考える歌にもなる。
同じ言葉でも、強く言い切るのか、落ち着いて確かめるのかによって、受け取る気持ちは変わります。

この2003年版を、原曲を以前のように歌えなくなった結果として聴くと、制作の狙いを取り違えます。
バンドは、曲の印象を変えることそのものに取り組んでいました。
リッチー・サンボラも、ジョンがトム・ウェイツなどの影響を生かし、物語を語る歌い方をしていると評価しています。
サビで聴き手をあおる迫力に加えて、一人の話し手として言葉を聴かせる歌唱も、ここでは評価されていました。

「Livin’ on a Prayer」の歌い直しでは、女性歌手オリヴィア・ダボが加わりました。
リッチーは、男女の声で歌うことで、会話のような曲へ変えようとしたと説明しています。

登場人物がいる曲を、一人の歌手が大勢へ歌う形から、二人の歌手が歌う形へ変える。
すると、サビの強さだけでなく、歌の中にいる二人の関係にも注意が向きます。
ジョンの歌の変化には、声そのものの変化に加えて、曲を誰と、どんな形で歌うかという選択があったのです。

2017年、マディソン・スクエア・ガーデンで歌うジョン・ボン・ジョヴィ
2017年、マディソン・スクエア・ガーデンで歌うジョン・ボン・ジョヴィ。写真:slgckgc / CC BY 2.0

2022〜2024年――歌えることと、ツアーができることの間

2022年、ジョンは声帯の手術を受けました。
以前の曲を別の雰囲気に作り直すこととは違い、今度は歌うための回復に取り組む時期です。

2024年4月、ジョンは歌うことはできているが、一晩二時間半、それを週に四晩続けられるかが課題だと話していました。
また、声の不調を補うために身についた歌い方を、改めて整えているとも説明しています。

一曲を歌えたことと、何曲も歌う公演を繰り返せることには、隔たりがありました。
録音なら完成した一曲を聴いてもらえますが、ツアーでは、その夜の歌を終えたあとにも次の公演が待っています。
本人が示した時間や回数からは、単に昔の高音が一度出るかどうかより、ずっと長い単位で自分の声を考えていたことが伝わります。

その時期に生まれた『Forever』は、2024年6月に発売されました。
今の声に合う歌を書くことについて問われたジョンは、この新作がそうだと答えています。
「Legendary」は、そのアルバムを代表する曲です。

この曲では、そばにいる人や、すでに手にしている日常が歌われます。
大きなサビは残っていますが、何かをつかみに行く勢いだけでなく、いまある暮らしを確かめる歌にもなっています。
回復を待つあいだにも、ジョンには、その時点の自分が歌う新しい曲がありました。

2025年――新しい曲に、別の歌手の声が加わる

翌2025年には、『Forever』の曲が再び別の形になります。
『Forever(Legendary Edition)』では、既存の曲にさまざまな歌手が参加しました。
「Legendary」にはジェイムス・ベイ、「Hollow Man」にはブルース・スプリングスティーンが加わっています。

2003年の作品では、自分たちのヒット曲を別の編曲で歌い直しました。
2025年の作品では、新しいアルバムの曲を、ほかの歌手と歌う形へ広げています。
いずれも、一度完成した録音を、その曲の唯一の歌い方として終わらせなかった取り組みです。

この二つの『Forever』を聴くときは、2024年のジョンを中心にした録音と、2025年に発表された共演版を区別すると分かりやすくなります。
別の歌手が担当する部分や、一緒に歌うところが加わった変化を、ジョン一人の声が変わったことと混同せずに聴けます。

2026年――長い公演を、再び観客の前で

そして2026年7月7日、Bon Joviはニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデンで「Forever Tour」を始めました。
初日の公演は約二時間十五分。
「Legendary」などの新しい曲に加え、「Livin’ on a Prayer」や「Wanted Dead or Alive」も演奏されています。

2024年に本人が課題としていた、長いステージを歌うことへ、実際に戻ってきたわけです。
最初に選ばれたのは、「With a Little Help from My Friends」でした。
周囲の支えを歌う曲を、回復を経たツアーの最初に歌う。
同じ曲でも、誰が、どんな経緯でその場所に立っているかによって、言葉の重みが変わります。

ジョンの歌声の歩みには、ヒット曲を静かに歌い直した2003年も、自分の声に合う新曲を作った2024年もあります。
歌えることと公演を続けられることの違いを考え、再びステージへ立った時期もありました。
昔の録音を聴けば、あの頃の高音には何度でも出会えます。
その先の録音や公演を追うと、同じ歌手が、曲の見せ方を変えながら歌い続けようとした選択も聴こえてきます。

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