トム・ヨーク(Radiohead/The Smile)の歌い方|歌詞になる前の声から、曲の響きを作る

2022年5月、The Smileのロンドン公演で歌うトム・ヨーク シンガー
Raph_PH / CC BY 2.0

「Bloom」を歌うことを、トム・ヨークはトランペットを吹くことにたとえています。
言葉を一つずつ考えるより、まず声を音として出す。美しい裏声で知られる歌手ですが、本人の関心は、いつも歌を一番目立たせることにあるわけではありません。

リズムや楽器の重なりが面白ければ、その中で自分の声がどう鳴ればよいかを探す。
歌詞がまだない声で試すことも、きれいに録れた歌をあとから加工することもあります。

トムの歌い方には、歌手でありながら、声を楽器の一つとして扱う面白さがあります。
2011年の「Bloom」から、2025年のマーク・プリチャードとの共作まで、その声の使い方を見ていきましょう。

「Bloom」で考えるのは、言葉よりも声の音

「Bloom」は、2011年のRadioheadのアルバム『The King of Limbs』に入った曲です。
トムはこの曲を気に入っている一方、ライブで歌うのは難しいとも話しています。
演奏では技術的に入り組んだことが進んでいるのに、歌うときには、その混み合った状況をいったん忘れなければならないからです。

そこで本人が持ち出したのが、トランペットのたとえでした。
声を管楽器そっくりに変える、という意味ではありません。
言葉を説明することから少し離れて、まず伸びやかな音を出すことへ意識を向ける、という歌う感覚の話です。

楽器の側で細かな動きが続いていても、歌まで同じように忙しく動く必要はない。
そこへ長く伸びる声が入れば、演奏とは違う流れを作れます。
トムが声を楽器として考える理由は、ほかの音との組み合わせまで含めて歌を作りたいからだと捉えられます。

2016年、オースティン公演のトム・ヨーク
2016年、オースティン公演のトム・ヨーク。写真:ღ ℂℏ℟ḯʂ ღ / CC BY 2.0

歌詞のない声で、曲のどこに入るかを探す

こうした作り方は、マーク・プリチャードと組んだ2025年の『Tall Tales』でもよく分かります。
プリチャードは電子音楽の作り手で、完成度の違う音源をまとめてトムへ送りました。
すでに形のあるものも、まだ少しの音しか入っていないものもあり、歌の入れ方まで決めた状態ではなかったのです。

トムから返ってきた歌には、歌詞があるものと、まだないものが混ざっていました。
母音や、言葉になりきっていない声の音で歌いながら、旋律を探していたといいます。
曲のどこへ入るか、どの音で伸ばすか、周りの電子音とどう混ざるかを、実際に声を出して試していたのでしょう。

完成した歌詞に、あとからきれいな旋律をつける。それだけが歌の作り方ではありません。
トムの場合には、声の響きや勢いが先にあり、その声に言葉が入っていく段階もあるわけです。

この順序を知ると、言葉の意味をつかめない部分でも、聴くものがなくなるわけではないと分かります。
声が伸びるところ、短く繰り返すところ、楽器と重なるところ。
歌詞が完成する前から、そうした声の動きで曲に何を加えるかを考えているのです。

きれいに録れた歌を、自分から崩してほしいと頼む

『Tall Tales』の「Back in the Game」では、トムは最初、効果をつけず、はっきりした声で歌を録っていました。
プリチャードはその歌を気に入ったのですが、トムから返ってきたのは、ここから効果を使って思いきり変えてほしい、という注文でした。

もとの歌がうまく録れていなかったから、加工で直そうとしたのではありません。
歌として成立している声を出したうえで、それが別の音になったら曲の中でどう働くかを試したかったのです。

プリチャードによれば、アルバムの声の加工は、トム自身が持ち込んだものも多くありました。
声が場所を取りすぎず、すでに鳴っている音に合うよう、電子機器や効果を通していたといいます。

たとえば、輪郭のはっきりした歌を大きく置けば、曲の中心はすぐに歌い手へ移ります。
けれど、もとのリズムや電子音の組み合わせを気に入っているなら、その印象も残したい。
そこで声の響きを変え、ほかの音と混ざる方法を探す。加工は、声を派手にするためだけに使われているのではありません。

歌手の声がよく聞こえることと、曲全体がよくなることを、トムは別々に考えられるのでしょう。
声を前面へ出すか、ほかの楽器に混ぜるかも、曲に合わせて自分で選ぼうとしています。

「The Spirit」では、素直な歌を守った

それほど声や曲を変えるのが好きなら、いつも複雑で奇妙な音にしたいのでしょうか。
同じアルバムの「The Spirit」では、むしろトムが、曲を変えすぎないように止めています。

この曲の伴奏には、素直で明るい長調の響きがありました。
プリチャードは、トムがそこへ暗さを加えるように歌うと思っていたのに、彼は伴奏の感じに沿って歌ったのです。
その結果に戸惑ったプリチャードは、曲をもっと変わった響きにしようとしました。

しかしトムは、もともとのよさが失われたと感じました。
ジャネット・ケイの「Silly Games」を送り、曲自体は違うけれど、残しておきたい感覚があるのだと伝えたといいます。
奇妙にする前にあった、素直な明るさを守りたかったのです。

制作では、歌が無理なく収まるようにキーも下げ、音を整理していきました。
何を足せば珍しくなるかより、この歌をどう届けるかが大事になった曲です。

「Back in the Game」で声を変えてほしいと頼んだ人が、「The Spirit」では変えすぎないでほしいと頼む。
注文の向きは反対でも、どちらも、すでに曲の中にあるよさを聴いて判断しています。
声を加工すること自体が、目的になっているわけではないのです。

2012年7月、ニーム公演のトム・ヨーク
2012年7月、ニーム公演のトム・ヨーク。写真:anyonlinyr / CC BY 2.0

声を目立たせる前に、その曲に何が必要かを聴く

トム・ヨークの歌い方を、裏声の高さや美しさだけで説明するのが難しいのは、このためです。
「Bloom」では、言葉を追いかけるより、声の音を伸びやかに出す感覚を大切にする。
『Tall Tales』では、まだ歌詞のない声で旋律を探し、曲によって加工した響きも、素直な歌も選ぶ。

自分の声を楽器として扱うとは、感情を消すことではありません。
声の音色、旋律の動き、ほかの音との重なりまで、自分が歌う曲の表現として考えることです。
歌詞だけでも、きれいな声だけでも決まらない部分を、歌手自身が作っているのです。

この考え方に至るまでには、柔らかい自分の声を隠した時期も、その声へ注目が集まることに行き詰まった時期もありました。
「Fake Plastic Trees」から『Kid A』へ進んだ過程は、トム・ヨークの歌声の変遷で追っています。

きれいな歌が録れたあとで、まだ変えられると思える。
その一方で、素直な歌が曲に合っていれば、余計な変化を止められる。
トムの声の面白さは、よく知られた自分の歌声さえ、曲に合わせて作り直せるところにあります。

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