「Yesterday」を歌う人と、「Sgt. Pepper’s Lonely Hearts Club Band」を歌う人は同じです。
もちろん、どちらもポール・マッカートニー。けれど、彼の歌い方を考えるときには、この当たり前のことが意外に大切になります。
ポールは、いつも同じ声で上手に歌おうとしていたわけではありません。憧れの歌手を思い浮かべたり、自分とは別の人物になったつもりで歌ったりすることが、声を変えるきっかけになっていました。
1967年の「Sgt. Pepper’s Lonely Hearts Club Band」には、その考え方が作品の設定にまで表れています。
ポール・マッカートニーでなくてもよかった
『Sgt. Pepper’s Lonely Hearts Club Band』で、ビートルズは架空のバンドを演じました。
きらびやかな衣装やジャケットは有名ですが、別のバンドになるという設定は、見た目だけの遊びではありませんでした。
ポールは後に、マイクの前に立っても「これはポール・マッカートニーの曲だ」と考えなくてよくなった、と説明しています。
ビートルズならこういう曲を作るはず、自分ならこう歌うはず。その期待から離れ、架空のバンドだったら何をするだろうと考える。別の人物を演じることで、歌の選択肢を広げたのです。

タイトル曲の荒さを含んだ声は、静かなバラードを歌うポールだけを思い浮かべていると、意外に感じられるかもしれません。
ただ、その歌を「架空のバンドが、自分たちのショーを始める歌」と考えると、声の使い方にも意味が生まれます。ここで必要なのは、恋人へそっと語りかける歌い手ではなく、客席に向かって開演を告げる歌い手なのです。
家で聴いた歌と、少年時代に出会った叫び声
ポールの中には、もともと違う種類の歌がありました。
子供の頃には、父親が家でピアノを弾き、集まった人たちが昔の歌を歌っていました。ポールは、ロックンロールが現れる前の音楽にも、今なお愛着があると話しています。
そこへ飛び込んできたのが、エルヴィス・プレスリーやリトル・リチャードでした。
とりわけリトル・リチャードの叫ぶような歌は、家庭で親しんだ音楽とはまるで違う興奮を与えます。ポールは、その歌い方から多くを学んだことを、繰り返し認めています。
だから、優しく旋律を歌うポールと、荒いロックを歌うポールは、後から無理につなぎ合わせた二つの姿ではありません。
家族の歌を好きなまま、ロックンロールにも夢中になった。その両方が、歌うときの手本として残っていました。
1965年には、「I’m Down」と「Yesterday」を同じ日に録音しています。本人は、その違いを特別な難題とは捉えず、ロックの曲を歌ったら次にバラードを歌う、という感覚だったと振り返っています。
一つの声の印象で自分を統一するより、一曲ずつ違う顔を持たせることのほうが自然だったのでしょう。
「Lady Madonna」は、ピアノから声まで変わった
1968年の「Lady Madonna」では、声を変えるきっかけがもう少し具体的です。
ポールはピアノで、ブルースらしいブギウギの曲を作ろうとしていました。そこで思い浮かんだのが、ニューオーリンズの歌手でピアニストでもあるファッツ・ドミノです。
ドミノを思い出したポールは、その歌い方をまねて歌い始めます。本人は、そうしたら自分の声が思いがけない方向へ進んだと説明しています。
先に曲のリズムがあり、そのリズムから歌手の姿を思い浮かべ、声も変わっていったのです。
単に低い音を出せるという話と、「Lady Madonna」の歌い方は少し違います。
低い声を出すだけでは、なぜその曲にその声を使ったのかまでは分かりません。ポールの場合は、弾いているピアノと、頭に浮かんだドミノの歌が結び付いていました。
歌い方を考えるとき、音域だけでなく「どんな歌手が、この伴奏で歌っているのか」を想像する。その発想が、自分の声から別の表情を引き出しています。
出せるはずの声でも、気持ちが切り替わらないことがある
いつでも自在に変身できた、というわけでもありません。
ポールは「Kansas City」の録音で、思い切って歌えなかったときのことを覚えていました。普段どおりに話している自分から、ロックンロールを歌う自分へ、うまく移れなかったのです。
そんなとき、ジョン・レノンが思い出させたのは、ポールが以前から持っていた、頭の上から声を出すような感覚でした。
これは体の仕組みを説明した言葉ではなく、ポール自身のイメージです。本人も、実際にそこから声が出るわけではないだろうと断ったうえで、それだけで歌う助けになったと話しています。
この話で面白いのは、ジョンが新しい歌唱技術を教えたわけではないことです。
ポールには、すでにその歌い方がありました。ジョンは、彼が知っている感覚を思い出させた。それによって、遠慮していた声を出せるようになったのです。

声を変えるには、出せる音を増やすだけでなく、その声で歌い切る気持ちになることも必要だった。架空のバンドを演じた話も、憧れの歌手を思い浮かべた話も、この点でつながっています。
一つの声に決めないから、一曲ごとの人物が見えてくる
ポールの歌い方の幅は、「高い音も低い音も出せる」という能力だけでは説明できません。
「Sgt. Pepper」ではショーを始めるバンドの一員に、「Lady Madonna」ではブギウギを弾きながら歌う歌手に、なったつもりで声を使う。曲の中でどんな人物が歌うのかという想像が、歌声の違いを作っていました。
その発想は、年を重ねてからも続きます。スタンダード曲を歌うときには、ロックの大きな声がしっくり来ず、フレッド・アステアのような軽い歌い方を思い浮かべて、解決を見つけました。後年の声と歌の選び方については、ポール・マッカートニーの歌声の変遷で詳しくたどっています。
ポールらしさは、どの曲でも同じ声が聞こえることだけにあるのではありません。
曲が変われば、声の人物像まで変えられる。「この曲のポールは、どんな歌い手になろうとしているのだろう」と考えると、よく知っている歌の違いも、もっと面白くなってきます。






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