ビリー・ジョエルの歌い方|一人の声で、曲ごとに違う歌い手になる

2016年、マディソン・スクエア・ガーデンで歌うビリー・ジョエル シンガー
slgckgc / CC BY 2.0

「The Longest Time」のコーラスを、何人かの歌手が集まって歌っていると思っていた人もいるかもしれません。
この録音で声を重ねているのは、ビリー・ジョエル自身です。高い声も低い声も、自分で歌っています。

ただし、同じ調子で音の高さだけを変えたわけではありません。
本人は、一つのパートでは細身の若者、別のパートでは体の大きな低音歌手、というように、歌う人物まで思い描いたと説明しています。一人で録音しながら、何人もの歌い手がいるようにしたかったのです。

ビリーの歌の面白さは、この発想にあります。
いつも同じ声で自分らしさを押し出すより、この曲を歌うのはどんな人かを考える。1983年のアルバム『An Innocent Man』に入っている「The Longest Time」には、その工夫がよく表れています。

自分の声が好きではないから、別の歌手を思い浮かべる

ビリーは、自分を優れた歌手だとは思っていない、と何度も話しています。
彼が手本に挙げるのは、レイ・チャールズ、サム・クック、アレサ・フランクリンら。その歌声と自分を比べると、満足できなかったのでしょう。

けれど、その不満は、歌うのをやめる理由にはなりませんでした。
作曲するときに別の歌手を思い浮かべれば、自分の声のイメージだけに縛られずに済む。本人は、そうすることで曲作りの方向を自由に選べると説明しています。

例えば「New York State of Mind」では、ヤンキー・スタジアムでレイ・チャールズが歌う姿を想像していました。
ところが、出来上がった曲のキーは、自分でもレイには高すぎるかもしれないと思うほどだったそうです。憧れの人を思い浮かべても、その人が歌う曲をそっくり作ったわけではありません。

レイの歌の雰囲気を求めながら、ビリー自身の旋律が生まれる。
ほかの歌手の真似をしたら自分らしさが消える、とは限らないのです。自分と違う声を想像することが、まだ書いたことのない曲へ進むきっかけになっていました。

「The Longest Time」では、コーラスの一人一人にも性格をつけた

曲ごとに違う歌い手を思い描くビリーが、一曲の中で何人分もの声を担当したのが「The Longest Time」です。
主旋律に加え、短い音節を繰り返す声や、低い音で全体を支える声が重なります。こうした声の組み合わせを楽しむドゥーワップの曲として作られました。

本人が録音について語ったのは、単に何本も声を重ねたという説明ではありませんでした。
パートが変わるたびに、違う人物になったつもりで歌う。同じ人が何度も現れるように聞こえないよう、歌うときの気分や構えから変えたといいます。

これは、高音も低音も出せるというだけでは説明し切れない工夫です。
音程が違っていても、どの声も同じように主張すれば、コーラスの役割の違いは伝わりにくくなります。前に出て旋律を歌う人と、その後ろで支える人を、一人の歌手が演じ分ける発想でした。

誰が歌っているかを知ってからこの曲に戻ると、主役の歌だけでなく、周りの声も気になってきます。
一人のビリーが上手に歌っている。そのうえで、一人とは思わせないための工夫もしている。この二つが重なった録音なのです。

1978年、『52nd Street』当時のビリー・ジョエル
1978年、『52nd Street』当時のビリー・ジョエル。写真:Distributed by Columbia Records / Public domain

ピアノを弾くときにしか出てこない歌い方がある

声を使い分ける話を聞くと、ビリーが録音室で声だけを細かく作り込んでいたようにも思えます。
でも、長く組んだプロデューサーのフィル・ラモーンは、ピアノを弾きながら歌うビリーと、立って歌だけを歌うビリーは違うと説明しています。

鍵盤を弾くときには、体の動きも、歌う感覚も変わる。
さらに、バンドのメンバーもその歌に反応します。ラモーンは、ドラマーのリバティ・デヴィートがビリーの歌に合わせて叩くと、一人でドラムを録音するときとは違う勢いが生まれると話していました。

つまり、伴奏を完成させ、その上に歌をきれいに置けば同じ結果になる、とは考えていなかったのです。
ビリーのピアノと歌が先にあり、それを聴いた仲間の演奏が変わる。そのやり取りごと録音に残そうとしていました。

曲に合う声を選ぶことと、バンドの中で思いきり歌うことは、ここでつながります。
歌い方を考えておいても、実際に歌が動き出すのは、鍵盤を弾き、仲間と音を出しているとき。その場の演奏が、声の出方にも関わっていました。

1977年12月、リーハイ大学で演奏するビリー・ジョエル
1977年12月、リーハイ大学で演奏するビリー・ジョエル。写真:The 1978 Epitome staff / Public domain

作り込んだ歌を、初めからそうだったように届ける

「The Longest Time」には、もう一つ意外な出発点があります。
ビリーによれば、もとはクラシック風のピアノ曲でした。最初から、あのコーラスと歌詞が一緒に生まれてきたわけではありません。

1996年のインタビューで、聞き手が言葉と音楽の結びつきに驚くと、ビリーは、よい曲は一度に思いついたように聞こえるものだと答えています。
どこを継ぎ足し、どこを直したかという作業の跡を、聴き手に意識させない。それも、曲を作る人の仕事だと考えていたのです。

歌い方にも、同じことが言えそうです。
レイ・チャールズを思い浮かべたことも、一人ずつ違うコーラスの人物を想像したことも、知らずに楽しめます。けれど背景を知ると、自然に聞こえる歌のために、どれだけ具体的に考えていたのかが分かります。

そのビリーが、年齢とともに変わった自分の声をどう受け止め、新しい録音で手応えを得たのかは、ビリー・ジョエルの歌声の変遷でたどっています。

ビリーの歌い方を一つの声色だけで説明しようとすると、「The Longest Time」の楽しさはこぼれてしまいます。
曲を書くときには歌い手を想像し、コーラスでは一人一人の役を作り、録音ではピアノやバンドと一緒に歌を動かす。その積み重ねが、曲ごとに違う表情を持つビリー・ジョエルの歌になっているのです。

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