橘慶太の歌声はどう変わった?変声期の少年声から原キー回帰・セルフプロデュースまで

変声期の少年声からセルフプロデュースまで橘慶太の歌声の変遷をたどる記事のアイキャッチ シンガー

橘慶太さんの歌声は、デビュー時の高い少年声をそのまま維持してきたわけではありません。
活動の途中で声の高さも重さも変わり、初期曲のキーを下げて歌う時期を経て、発声を理論から学び直しました。

その後は、昔の声を取り戻すのではなく、現在の身体で初期曲を原曲キーへ戻す方法を研究します。
さらに歌手の枠を越え、作詞、作曲、編曲、ミックスまで自分で担うようになりました。

つまりこの変遷は、高音が出なくなり、また出るようになっただけの物語ではありません。
声変わりに追われた少年が、自分の声を研究対象にし、やがて楽曲全体を設計する制作者になった物語です。

2001年、完成前の少年声がデビュー曲の個性になった

w-inds.は2000年に結成され、翌2001年に「Forever Memories」でデビューしました。
当時15歳の橘慶太さんは変声期の途中にあり、女性曲のように高い旋律を歌える少年声がグループの大きな特徴でした。

デビュー当時の橘慶太とw-inds.の3人

しかし、レコードに残った声と、次のステージで使える声が同じとは限りません。
長年追ってきたファンの記録では、デビュー直後から声の高さや重心が何度も変わり、初期曲を歌う負担も大きかった時期があったと整理されています。

「Paradox」は、その変化の只中に発表された初期作品です。
現在の公式ライブ映像と並べて見る時も、若さと現在の技術だけを比較して優劣を決めるべきではありません。
録音時の身体、ライブ編成、歌割り、キーの条件が違うからです。

最初期の魅力は、後年の発声技術を小さな身体ですでに完成させていたことではありません。
完成前の声でしか成立しない透明感と切迫感が、その時代のw-inds.そのものになったことです。

2000年代、低くなる声に合わせて歌い方とキーを動かした

成長とともに声は低く、厚くなっていきました。
初期の高い旋律を同じ方法で歌い続けることは難しく、ライブでは一部の曲のキーを下げる選択も行われます。

この時期を「高音が出なくなった」と一言で片づけると、歌唱の変化を見誤ります。
声が低くなったことで、バラードには落ち着きが生まれ、R&B寄りの曲では低い声と裏声を行き来する余地が広がりました。

同時に、本人の中には発声への違和感が残ります。
感覚的に歌い続けるのではなく、なぜ出るのか、なぜ出ないのかを知りたいという問題意識が、次の転機を作りました。

2008年の違和感からLAへ渡り、声を理論で捉え直した

「アメあと」を発表した2008年頃、橘慶太さんは発声に違和感を覚え、短期でロサンゼルスへ渡ってレッスンを受けました。
求めたのは「お腹から出す」といった一つの感覚ではなく、身体の中で何が起きるかを説明できる理論でした。

この学びは、すぐに昔の少年声へ戻す魔法ではありません。
現在の身体に合う声を知り、喉を保ちながら長く歌う土台を作る作業でした。

翌2009年の「New World」では、歌唱だけでなく音作りそのものへの関心が強まります。
海外のヒット曲と日本の音の違いを知り、声だけを磨いても、完成する音楽全体が変わらなければ届き方は変わらないと考えるようになりました。

発声の疑問を理論で解こうとした姿勢と、音作りの疑問を制作で解こうとした姿勢は別々ではありません。
どちらも「感覚だけで済ませず、自分で理由を知る」という同じ性格から生まれています。

2013年、KEITA名義で歌手から制作者へ踏み出した

2013年のソロ活動は、歌声の見せ方だけでなく、仕事の範囲を変える転機でした。
自分が望む音を制作者へ言葉だけで伝える難しさを感じ、制作ソフトを使って自ら形にするようになります。

ここから、声は完成したトラックに乗せる最後の要素ではなくなりました。
リズム、低音、空間、歌割りと一緒に、最初から設計する素材になります。

ソロ期を扱う記録では、裏声や高いフェイクが増え、曲調に応じて声の重さを大きく変えるようになったと説明されています。
ただし、これを一つの発声法の習得だけで説明するのは不十分です。
歌う人自身が曲を作るようになり、どの声をどこで使うかまで決められるようになった変化が大きいからです。

2016〜2017年、初期曲を原曲キーへ戻しセルフプロデュースを本格化した

15周年を迎えた2016年、w-inds.は初期曲を原曲キーで披露する方向へ進みました。
長く追う記録では、ファンへの恩返しとして当時のキーへ戻すため、声帯の仕組みから研究したという本人の説明が残されています。

これは少年期の声色を再現したという意味ではありません。
声は大人のまま、軽さ、裏声、芯のある高音を組み合わせ、現在の身体で同じ音高へ到達する方法を作り直しました。

2017年の「We Don't Need To Talk Anymore」では、作詞、作曲、編曲を橘慶太さんが担当します。
同年以降、w-inds.でセルフプロデュースを本格化し、歌声の変化と音楽性の変化が同じ人物の判断で結びつくようになりました。

この時期から、高音の変化を喉だけの問題として語れなくなります。
裏声を多くするのか、地声らしい芯をどこで戻すのかは、曲の展開と同時に決まるからです。

2020年、2人体制で「一人が歌い切る形」を組み直した

2020年、w-inds.は橘慶太さんと千葉涼平さんの2人体制になりました。
橘慶太さんは、自分が大部分を歌い、千葉さんが補助する形にはしないと考え、歌唱比率を見直します。

2人体制で歌割りと声の役割を組み直した橘慶太

「Beautiful Now」では、2人体制の最初の新曲だからこそ千葉さんから歌い始める構成を選びました。
これはメンバー数が減った穴をメインボーカルの声量で埋める発想と反対です。

歌割りが増えた千葉さんには新しい役割が生まれ、橘慶太さんにはフルで歌い続けない余白が生まれます。
後年、本人も歌唱パートが減ることで喉の負担が大きく変わったと説明しています。

現在の発声や声の使い分けは、橘慶太さんの歌い方・高音分析で詳しく扱います。
変遷として重要なのは、声を強くするだけでなく、誰がどこを歌うかまで変えたことです。

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2024年のNostalgiaは、少年声の再現ではなく記憶の再設計だった

2024年のNostalgiaツアーでは、変声期前に発表した初期曲を原曲キーで歌いました。
本人は、そのためにかなり研究したと振り返っています。

ただし目的は、15歳の声へ戻ったと証明することではありませんでした。
観客が初期曲を聞いた瞬間、当時の記憶へ戻れる場を作ることです。

冒頭に置いた現在の「Paradox」には、初期の公式MVと同じ曲を二十年以上後に歌う姿があります。
ここで比較できるのは、声の高低だけではありません。
若い頃は変化する身体に曲が先にあり、現在は曲の記憶を守るために、発声、歌割り、負担を自分たちで設計しています。

声変わり後でも高音を伸ばせるかを考える時も、この歩みは重要です。
昔と同じ声質を保つことと、現在の身体で同じ曲を成立させることは別の目標だからです。

2025〜2026年、声を含む作品の全工程を自分で決めるようになった

2025年末の「PLEASE」と2026年のソロアルバム『RE:ONE』では、橘慶太さんが作詞、作曲、サウンドプロデュース、ミックス、マスタリングまで担当しました。
歌手が自分の声を録るだけでなく、その声をどの音量、質感、距離で聞き手へ届けるかまで決めています。

40歳を迎えた現在、目指しているのは少年期の高音を永久保存することではありません。
その日の気分や生活を作品へ入れ、音数が少ない曲なら声で空気を作り、踊る曲なら声をリズムの一部に置きます。

デビュー時は、変わっていく声に用意された曲を合わせていました。
現在は、自分の声が最も生きる曲を作り、録音し、仕上がりまで自分で判断します。
歌声の変化より大きいのは、声に対する主導権の変化です。

変わらなかったのは、高音ではなく「なぜ」を放置しない姿勢

2001年と現在では、声色も身体もグループの形も違います。
昔の方が透明だった、現在の方が技術的だという比較だけでは、長い変遷の一部しか見えません。

変わらなかったのは、声が変わった時に理由を探す姿勢です。
発声に違和感があれば理論を学び、音作りに疑問があれば制作を覚え、初期曲を原曲キーで届けたいなら現在の身体で方法を研究する。

この繰り返しによって、少年声を失ったことが弱点のまま残りませんでした。
一つの声を守る歌手ではなく、変わるたびに声の使い方と音楽の作り方を更新する歌手になりました。

まとめ

橘慶太さんの歌声は、変声期前の非常に高い少年声から、低く厚い大人の声へ変わりました。
初期曲のキーを下げる時期を経て、2008年頃に発声を理論から学び、2016年以降は現在の身体で原曲キーへ戻す方法を作ります。

同時に、2009年から制作へ関心を深め、2013年のソロ活動、2017年のセルフプロデュース本格化、2020年の歌割り再設計を経て、2026年には作品の最終工程まで担うようになりました。

最も大きな進化は、最高音が戻ったことだけではありません。
変わる声に追われる側から、声、曲、歌割り、完成音を自分で設計する側へ移ったことです。
橘慶太さんの歌唱変遷は、昔の声を失わない物語ではなく、声が変わるたびに音楽そのものを作り直した物語です。

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