ピーター・セテラ(元Chicago)の歌い方|高い声の魅力は、曲と言葉との相性にある

ピーター・セテラ シンガー
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Chicagoの「Hard to Say I’m Sorry」や、ソロの「Glory of Love」。ピーター・セテラの名前を知らなくても、歌い出せば「あの人だ」と分かる方は多いでしょう。
高く、輪郭のはっきりした声は、彼の大きな魅力です。ただ、その声があるから、どんな曲でも自分で歌えばよいわけではありませんでした。

自分で作った曲なのに、低すぎて別のメンバーに歌ってもらったことがあります。反対に、自分が自然に歌えるよう、歌詞作りから加わった曲もあります。
セテラの歌い方は、声の高さだけでなく、その声に曲や言葉をどう合わせていくかに注目すると面白くなります。
1982年の『Chicago 16』に収められた「Hard to Say I’m Sorry」も、そうして自分の歌に手応えを得ていった時期の曲です。

自作曲でも、低い部分はテリー・キャスに任せた

Chicagoは、セテラ一人がすべての曲を歌うバンドではありませんでした。
初期には、ロバート・ラム、テリー・キャス、セテラという声の違う歌い手がいて、曲によって主役が変わります。誰が作ったかと、誰が歌うかも、必ずしも同じではありません。

1974年の「Wishing You Were Here」は、その仕組みがよく分かる曲です。
セテラが作りましたが、録音された伴奏のキーは、本人が歌うには低すぎました。そこで、低い音域が続く部分のリードをキャスが担当します。セテラの声だけで一曲を通す形にはしなかったのです。

高い声が出る歌手なら、低いほうも楽に歌えると思うかもしれません。
けれども、音が出せることと、その高さで歌を魅力的に聞かせられることは別です。セテラの声に合わせて伴奏全体を変える方法もあれば、すでにある伴奏に合う別の声を選ぶ方法もある。Chicagoには、後者を選べる歌い手がいました。

「Wishing You Were Here」をセテラの曲として聴くときも、歌い手が一人だと思い込むと、この面白さを見落とします。
自分の曲だから自分の声を押し通すのではなく、どの部分を誰が歌えばよいかを考える。その選択まで含めて、セテラの歌は作られていました。

1969年頃のChicago Transit Authority
1969年頃のChicago Transit Authority。写真:Hit Parader / Dcameron814 / Public domain

歌いやすさは、声を出す前の歌詞作りから

別のやり方を示しているのが、1973年の「Feelin’ Stronger Every Day」です。
この曲を一緒に書いたトロンボーン奏者のジェイムズ・パンコウは、初めからセテラのテナーを思い描いていました。セテラは歌詞の大部分を担当し、自分が歌ったときに自然に感じられる言葉にしていったそうです。

歌詞を書くというと、何を伝えるかを決める仕事だと思われがちです。
でも、実際に歌う人にとっては、旋律にどの言葉を乗せるかも大切です。意味が通るだけでなく、自分の歌として無理なく口にできるか。セテラは、完成した歌詞を渡されてから歌い方を工夫するだけの立場ではありませんでした。

曲が描くのは、別れを経験した人が立ち直っていく過程です。
パンコウの説明では、前半には「自分は大丈夫だろうか」という不安が残り、後半はテンポの感じ方が倍になる勢いのある展開へ進みます。気持ちも、ためらいから前向きな確信へ変わっていく構成です。

そのため、高い声で勢いよく歌う部分だけを取り出すと、主人公の気持ちが変わっていく過程を見落とします。
初めからずっと強気な人の歌ではなく、弱気だった人が力を取り戻す歌なのです。声の勢いが曲の物語と結びつくように、セテラ自身も言葉を作っていた。この点を知ると、ロック色の強いこの曲と、後のバラードが、まったく別の歌い手の仕事には見えなくなります。

デュエットでは、自分と違う声が魅力をはっきりさせる

ソロ活動に入ってからも、セテラは一人だけで歌う形にこだわりませんでした。
エイミー・グラントとの「The Next Time I Fall」、シェールとの「After All」、チャカ・カーンとの「Feels Like Heaven」など、相手の違うデュエットを残しています。

1995年の「(I Wanna Take) Forever Tonight」では、クリスタル・バーナードが相手を務めました。
当時の評では、セテラの明瞭で力のある声と、息を含んだ女性の声との対照が、この曲の特徴として挙げられています。同年の公演ではダナ・グローヴァーが相手役を歌い、その組み合わせも好意的に受け止められました。

ここでは、二人が同じ声で歌える必要はありません。
片方の声がはっきり前に出るほど、もう片方の柔らかさも分かりやすくなる。セテラの声を単独で聴いているときには当たり前に感じる輪郭が、別の声と並ぶことで際立ちます。

「Wishing You Were Here」では、一人で歌い通す代わりに、曲に合う声を分担しました。デュエットでは、その声の違い自体が聴きどころになります。
セテラの個性は、誰かと歌うと薄まるものではなく、相手との違いによって、かえって分かりやすくなるのです。

米空軍バンドと共演するピーター・セテラ
米空軍バンドと共演するピーター・セテラ。写真:U.S. Air Force / Thomas Dennis / Public domain

「高く歌える」と「自分の歌になった」は違う

これほど高い声で知られるセテラですが、初期の歌について、本人はいつも心地よく歌えていたわけではないと振り返っています。
歌に手応えが出てきた時期として挙げたのは、『Chicago 16』と『Chicago 17』の頃でした。デビュー時から完成した歌い方を持っていた、という本人の認識ではなかったのです。

その変化と、ベースを弾きながら歌う役割から歌に専念していった経緯は、ピーター・セテラの歌声の変遷でたどっています。

セテラの高音の魅力を考えるとき、声の出る範囲だけを調べても、答えの全部は見つかりません。
低すぎる自作曲ではキャスの声を選び、自分が歌う曲では自然に歌える言葉を作り、デュエットでは相手と違う声を生かした。あの声の個性が伝わるよう、歌の作り方そのものを選んできた人です。

「Feelin’ Stronger Every Day」では、立ち直る人の言葉を自分で作る。「(I Wanna Take) Forever Tonight」では、柔らかな相手の声と並んで、自分の声の明瞭さを伝える。
ただ高い声を聴かせるのではなく、その声で歌うから曲が生きる。セテラの名曲に共通するのは、そこではないでしょうか。

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