山本譲二の歌い方・発声|「みちのくひとり旅」が力任せに聞こえない理由

山本譲二の歌い方と発声を解説する記事のアイキャッチ シンガー

山本譲二さんと聞けば、腕をぐっと引き、男の覚悟を声で押し出す「みちのくひとり旅」の姿が浮かびます。
ところが、あの動きは曲と一緒に生まれた振り付けではありません。

発売後、もう一つ印象が足りないと考えたマネージャーに、野球時代のスイングを見せたことから加わった一動作でした。
初めから大きく動いていたのではなく、静かに進む歌へ、ここぞという一瞬だけ身体の力を見せたのです。

この「ずっと押さず、一度だけ振り抜く」という配分は、山本さんの歌い方にも通じます。
張りのある声を持ちながら、言葉の全部を同じ強さにはしない。
近年は、静かな雪を歌うなら大声もがなりも要らないと語り、50周年には一転してメタルを本気で歌いました。

山本譲二さんの歌が力任せに聞こえない理由は、強い声そのものより、その声をどこで使うかがはっきりしているからです。

あの腕の動きは、歌より後からやって来た

「みちのくひとり旅」には、もともと目立つ振り付けがありませんでした。
山本さんが明かした経緯では、マネージャーから野球選手だった頃のスイングを求められ、実演した動きが曲の終盤へ取り入れられました。

ずっと身ぶりを続けるのではなく、聞き手の気持ちが最も高まる箇所で左腕を引く。
一つしかないから待ち遠しくなり、歌と動きが同時に記憶へ残ります。

声の使い方も似ています。
低いところから常に全力で押し続ければ、最後にどれだけ張っても大きな差は生まれません。
山本さんの代表曲には、言葉を運ぶ部分と、覚悟を一気に外へ出す部分があります。

音楽ファンによる「みちのくひとり旅」の批評には、男らしい物語でありながら、主人公には弱さや自分への酔いもあるという見方があります。
それでも軟弱に聞こえにくいのは、山本さんが感情を泣き崩れる形ではなく、前へ進む声で包むからでしょう。

歌詞の主人公は迷っているのに、歌手の声まで迷わせない。
この役割分担が、別れの歌を男の決意として立たせています。

「男らしい声」は、大声ではなく言葉の着地で作られる

山本さんの声は、張りがあり、輪郭も太く感じられます。
ただし本人の発言をたどると、大きな声を出すこと自体を歌の正解にはしていません。

2023年の「みちのく忘れ雪」では、雪がしんしんと降る情景に合わせ、がならず、声も必要以上に大きくせず、素直に歌ったと説明しています。
妻からも、さらりと歌っているところがよいと言われたそうです。

これは、「みちのくひとり旅」の力強さと矛盾しません。
歌う人物と景色が違えば、同じ声量を持ち込まないという判断だからです。

演歌のこぶしは、音を細かく上下させる装飾です。
山本さんを参考にする時は、こぶしの回数を増やすより、まず言葉の終わりをどこへ置くかに注目した方が分かりやすいでしょう。
伸ばす語尾、短く切る語尾、声を張る一語が分かれていると、全部を飾らなくても歌に起伏が生まれます。

この点は、五木ひろしさんの歌い方と比べても面白いところです。
細部の表情を次々と変える五木さんに対し、山本さんは大きな輪郭を保ち、決めた言葉へ重心を集める。
同じ演歌でも、感情を見せる縮尺が違います。

花も嵐もの映像に登場する山本譲二

北島三郎の教えは、声の技術より「前へ出すぎない姿勢」だった

山本さんは、最初のデビューで結果を出せず、北島三郎さんの楽屋へ何度も通い、付き人兼前歌として師事しました。
売れた後も、番組へ出られるようになったからといって、前へしゃしゃり出るなと教えられたそうです。

この話は、舞台で声を小さくしろという意味ではありません。
歌手本人が目立とうとする前に、曲を立てるという順番です。

「みちのくひとり旅」のヒット後も、プロデューサーは「奥州路」を歌った時に、この曲をあのように歌えるのは山本さんだけだと評価しています。
そこで褒められたのは、派手なキャラクターではなく、作品へ入った時の歌でした。

山本さんの太い声には、北島さんをそのまま写しただけではない魅力があります。
師匠の背中から受け取ったのは、こぶしの形以上に、一曲へ自分の看板を預ける覚悟だったのでしょう。

森進一さんの歌い方も、声の珍しさだけでなく、歌の人物を前へ出す点に強さがあります。
山本さんの場合は、より真っすぐな声と、引くところを知る身ぶりによって、その人物を大きく見せます。

片耳の聴力低下は、強い声を出す以前の問題を突きつけた

2009年、山本さんは右耳の内部に良性腫瘍が見つかり、聴力が大きく低下しました。
手術によって顔面神経へ影響が出る可能性を説明され、状態を受け入れながら歌い続ける道を選びます。

歌手にとって、声を出せることと自分の声を聞けることは別の問題です。
山本さんは、聞こえる側の耳へイヤーモニターで伴奏を届ける技術に助けられたと話しています。

一方で、大きな音を求めすぎることが残る耳への負担になると公表した時期もありました。
この経験を「苦難を気合で突破した」とだけまとめるのは危険です。
本当に必要だったのは、音量を上げ続けることではなく、医療を受け、補聴器や機器を使い、今の聞こえ方で舞台を成立させることでした。

山本さんの声の強さをまねるなら、耳元の音をむやみに大きくしないことも含めて考える必要があります。
喉が耐えていても、モニター環境が安全とは限りません。
聞こえにくさや耳鳴りがある時は、発声の工夫だけで片づけず、専門の医療機関へ相談してください。

50周年のメタルは、突然の別人格ではなかった

山本さんのメタル企画は、最初から綿密に計画した音楽的転向ではありませんでした。
写真撮影で指ハートとメロイックサインを取り違え、そこからTシャツが作られ、反響に押されるように企画が育ちました。

本人は、それまでヘヴィメタルをほとんど聴いておらず、騒がしい音楽だと思っていたと率直に語っています。
それでも「言論の自由」の録音では、初めてのジャンルへ全力で入り、吉幾三さんと大きな声で叫びました。

一見すると、静かな演歌から最も遠い場所です。
しかし、山本さんは自分の歌手人生を、ヒットを狙って何度でもバットを振ることにたとえています。
三振しても、守りに入らず振り抜く。

「みちのくひとり旅」の腕の動きも、50周年のメタルも、野球の比喩へ戻ってきます。
普段から力を見せ続けるのではなく、勝負する場所を決めたら迷わず前へ出る。
だから違うジャンルへ移っても、山本譲二の輪郭が消えません。

言論の自由の録音映像に登場する山本譲二

山本譲二を参考にするなら、声を太くする前に「一振り」を決める

山本さんらしさを出そうとして、喉を押し、低い声を作り、語尾をすべて大きく揺らすのはおすすめできません。
外から見える太さだけを重ねると、曲の人物より、歌っている人の頑張りが前に出ます。

参考にできるのは、一曲の中でどこを勝負どころにするかという考え方です。
伝えたい一行を一つ決め、その前では音量と動きを使い切らない。
勝負の言葉へ来た時だけ、普段の話し声から大きく外れない範囲で、発音をはっきり置きます。

大声を出す練習ではありません。
一番大きい場所を作るには、それ以外を少し引く必要があると知るための見方です。

「みちのく忘れ雪」のような静かな曲なら、勝負どころさえ張らずに済むことがあります。
曲の景色が小さな声を求めるなら、振り抜かない判断も歌の強さです。

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山本譲二の歌い方は、ずっと全力ではなく、最後まで本気でいる

山本譲二さんの歌は、太い声と大きなこぶしだけでできているわけではありません。
振り付けのなかった歌へ一度だけ加えた野球の動き、静かな雪には声を張らない判断、耳の状態に合わせて機器を使う現実的な工夫が、その強さを支えています。

50周年にメタルへ飛び込めたのも、別人になりたかったからではありません。
三振を恐れずバットを振るという、若い頃からの姿勢を新しい伴奏へ置いただけでした。

強い声とは、最初から最後まで大きい声ではありません。
必要な言葉へ力を残し、曲が静けさを求めれば引き、勝負の時には振り抜く。
山本譲二さんの男らしさは、声量よりも、この迷いのない配分から生まれています。

伊達春樹としての最初のデビューから、「みちのくひとり旅」、片耳の聴力低下、50周年のメタルまでの変化は、山本譲二さんの歌声の変遷で年代順にたどっています。

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