「To Be with You」の頃のエリック・マーティンを思い出すと、明るく伸びる高音と、若々しい表情が浮かびます。
では、その後の彼は、ずっと同じ声を保つことを目指してきたのでしょうか。
2022年、本人は、昔と同じ高音が出ない曲がある一方、声が以前より低くなったことを自分では気に入っていると話しました。
その言葉を、年齢とともに穏やかな歌へ移った、という話だけで受け取ると、エリックの歩みは少し違って見えてしまいます。彼は日本のバラードを歌い、弾き語りで客席と話しながら、Mr. Bigでは新しいロックも歌い続けてきたからです。
初期の勢いから、英語で歌う「PRIDE」、そして2024年のMr. Bigまで。声の変化と、声を生かす場の広がりを、一緒にたどってみましょう。
1980年代――ソウルへの憧れを持ったロック歌手
エリックのキャリアは、Mr. Bigから始まったわけではありません。
1983年にはエリック・マーティン・バンドで『Sucker for a Pretty Face』を発表し、その後はソロでも活動していました。本人はこの頃を、ロックとソウルの両方へ強く関心があった時期として振り返っています。
影響を受けた歌手として挙げるのも、ポール・ロジャース、オーティス・レディング、ロッド・スチュワートといった顔ぶれです。
高い音まで届くかどうかに加えて、一つの言葉に熱を込めることや、声のざらつきまで味にする歌が、エリックの好みにはあったのでしょう。
エリックが1988年に結成したMr. Bigは、ギターのポール・ギルバート、ベースのビリー・シーン、ドラムのパット・トーピーという、強烈な演奏陣を持つバンドでした。
1989年のデビュー作に入った「Addicted to That Rush」では、速いギターとベースに続いて、エリックの声も勢いよく飛び込んできます。
高音へ向かう声の明るさと、短い言葉を強く繰り出す歌い方が、この曲の興奮を支えています。
複雑な楽器のフレーズが続いたあとも、歌がその勢いを落とさずに曲を進めていく。Mr. Bigの初期には、そのくらい前へ出る声がよく似合っていました。
一方、エリック自身は、リハーサルで鳴る大音量に驚き、ビリーに、成功するには曲を書かなければいけないと話したことを覚えています。
すごい演奏ができる人たちと組んだ歌手が、歌として何を残すかも考えていた。その関心が、次の作品で大きく表れます。
1991年――「To Be with You」で、以前からの柔らかさが届いた
『Lean into It』の「To Be with You」では、歌の印象がぐっと身近になります。
声を張り続けるのでなく、相手に話しかけるような始まりから、ハーモニーの重なるサビへ進む。ロックの演奏に詳しくなくても、旋律と声を楽しめる曲です。
ただし、エリックがこの頃、急にバラード向きの歌手へ変わったわけではありません。
「To Be with You」は、十代の頃から持っていた曲でした。バンドに見せるのをためらうほど、当初のMr. Bigとは違う雰囲気の歌だったのです。それでもポールが気に入り、アルバムの終わりに収まりました。
初期の激しい曲と比べると、歌声が変わったというより、以前から持っていた歌い方を、広く知ってもらえる曲に出せたのだと考えられます。
恋の話をするような親しさと、サビで気持ちを大きくする力強さ。その組み合わせが、エリックの代表的な声になりました。
この曲での歌い出しとサビの違い、ハーモニーが作る楽しさは、エリック・マーティンの歌い方で詳しく扱っています。
2008年――日本語の歌を、歌える英語にする
2008年の『MR.VOCALIST』では、エリックの歌声に、別の役割が加わります。
今井美樹の「PRIDE」や一青窈の「ハナミズキ」など、日本の女性歌手によるバラードを、英語で歌う企画でした。日本の聴き手が旋律をよく知っている曲を、海外のロック歌手が自分の声で歌い直したのです。
「PRIDE」では、長く続くメロディの中に、エリックの少しかすれた声が入ってきます。
歌い出しは落ち着いていて、曲が大きくなるところでは声にも力が増す。元の旋律を追いながら、普段とは違う言葉の響きと、男性の声の厚みを楽しめる歌になっています。
このカバーで難しかったのは、日本語を英語に訳せば、そのまま歌えるわけではないことでした。
同じ意味でも、言語が変われば、言葉の長さや強く聞こえる部分は変わります。元のメロディは残し、その中でエリックが自然に歌える英文にしなければなりません。
エリックは、曲の内容を説明した文章や英訳をもとに、歌うための英語の歌詞を書く作業を担当しました。
すでに完成した名曲でも、彼にとっては、言葉をどう旋律へ収めるかという仕事が残っていたのです。単に自分の得意な声で歌い上げれば終わる企画ではありませんでした。
制作を振り返る本人の発言も、楽しかったという感想ばかりではありません。
2013年には、歌詞の調整や選曲への不満をかなり率直に話しています。一方で2022年には、有名な女性歌手の曲に自分らしい解釈を加える面白さも語りました。
選曲に迷いや不満があっても、引き受けた曲には、自分が歌える英語を用意しなければならなかった。
完成したカバーの伸びやかさの裏には、歌う言葉を何度も考える仕事がありました。日本のファンが知る旋律を、エリック自身の歌として聴けるのは、その工夫があるからです。

2010年代――バンドの音が減ると、歌い手が近くなる
2009年にMr. Bigがオリジナル・メンバーで再始動した後も、エリックはソロの活動を続けます。
2011年のバンドのツアー後には、アコースティックでのソロ公演を広げていきました。以前は地元で行っていた、歌や話を交えて観客と過ごす公演を、各地へ持っていったのです。
ここでは、Mr. Bigの録音をそっくり再現することが目的ではありませんでした。
本人は、同じ曲をブルースや南部のロックを思わせる形へ変えて歌うことを楽しんでいると話しています。ギターのコードと歌が中心になると、バンドでは一斉に押し寄せていた音の中から、声の表情がよく聞こえるようになります。
ただ、エリックは大きなバンドの音に支えられない心細さも感じていました。
声がかすれている日には、その状態まで客席へ届く。弾き語りなら歌手の負担がすべて軽くなる、というわけではなかったのです。
それでも、彼は公演を続けました。
昔の声を録音どおりに再現できるかだけでなく、その日の声で、その場にいる人とどう歌を楽しめるか。ソロ公演では、そうした歌手の働きが見えやすくなります。
2020年代――低くなった声を気に入り、それでもロックを歌う
2022年、エリックは、Mr. Bigの「Never Say Never」のような曲では、昔と同じ高音にはもう届かないと話しました。
同時に、年月を経て声が低くなり、成熟したことを、自分ではかなり気に入っているとも語っています。
初期の声が好きな聴き手には、惜しく感じる変化かもしれません。
ただ、本人の発言は、昔の高音はどうでもいいという意味でも、歌うのを諦めたという意味でもありません。できなくなったことを認めながら、今の声にも好きなところがある、という話です。
2024年のMr. Bigのアルバム『Ten』に入った「Up On You」でも、エリックは歯切れよくロックを歌っています。
短い言葉をリズムに乗せ、サビでは旋律を大きく広げる。初期と同じ高さをどこまで出すかという聴き方に加えて、言葉を刻む勢いや、少し太く聞こえる声の表情に耳を向けると、この時期の楽しさが見えてきます。
「Addicted to That Rush」とは曲も録音の作りも違うので、二つの音源だけで声の変化を測ることはできません。
それでも、アコースティック公演を重ねた後のエリックが、ロックの勢いを手放してはいないことは分かります。穏やかな曲だけを選ぶようになった、という歩みではありませんでした。
2025年には、Mr. Bigの最後の公演を振り返り、終わらなければならなかったことへの寂しさを語っています。
その年の12月に行った日本のソロ公演では、同じ日に『MR.VOCALIST』の曲を中心とする回と、Mr. Bigの曲を中心とする回を用意しました。日本のバラードも、自分が長く歌ってきたロックも、今の声で届けるレパートリーとして並んでいたのです。

変わった声で、歌える曲の世界を狭めなかった
エリック・マーティンの声の歩みには、二種類の変化があります。
一つは、本人も語っている、高音の出方や声の低さの変化です。もう一つは、同じ声のどんなところを聴かせるか、という変化です。
初期のMr. Bigでは、速い演奏の中へ飛び込む明るい声が目立ちました。
「To Be with You」では、一緒に口ずさめる親しさが広く伝わりました。日本の曲を英語で歌うと、なじみのある旋律の中で、彼の声と言葉の響きが新鮮に聞こえます。弾き語りでは、客席へ応える人柄まで歌の楽しさになります。
そのどれか一つが、前の歌い方を消していったわけではありません。
高音は変わっても、バラードを温かく歌う声と、ロックを勢いよく歌う声は、彼の活動の中に残りました。
聴き手は昔の声を懐かしみながら、今はどの曲を、どんな演奏で歌っているのかも知りたくなる。
エリックの歌は、そうやって長く聴いていける歌になっています。
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