プリンスの歌い方|「Kiss」の細い高音は、なぜあれほど力強いのか

1986年、ブリュッセル公演でのプリンス シンガー
Yves Lorson / CC BY 2.0

プリンスの「Kiss」は、歌い出しから声が高い曲です。
けれども、大声で押し切る歌ではありません。細く、少し鼻にかかったようにも聞こえる声で、短い言葉を次々に差し出していきます。
その歌が、妙に強気で、こちらを踊らせるほどの勢いを持っている。ここが面白いところです。

高い裏声というと、優しいバラードや、遠くへ消えていくような歌を思い浮かべるかもしれません。
プリンスは同じように高い声を使いながら、言葉を言い切り、間を空け、ときには低い声へ急に切り替えます。
1986年の「Kiss」には、声を太くしなくても歌に迫力を出せる理由が、よく表れています。

声を伸ばすより、言葉でリズムを作る

「Kiss」の歌い出しで目立つのは、最高音の高さより、言葉の切れ味です。
短く歌って止まり、次の言葉を少し弾ませる。音を長く伸ばすところが来ても、ずっと同じ滑らかさで歌い続けるわけではありません。
声が途切れる隙間にも、ギターやドラムのリズムが進んでいます。

歌詞の相手に対する態度も、声の印象とよく合っています。
この歌の主人公は、恋人になるための外見や条件をあれこれ並べるより、自分との時間や気持ちを求めます。
遠慮しながら頼むというより、自分の望みを相手へはっきり伝える歌です。

プリンスは、言葉を滑らかにつなげ続けず、一つずつ短く言い切ります。
そのため、細い声でもためらっているようには聞こえにくい。歌詞の自信が、言葉の区切り方にも出ています。
その一方、長めの音や高い叫びが入ると、刻んでいた歌が急に伸びる。その変化が、さらに体を動かしたくなるきっかけになります。

ここで声をずっと張り上げたら、力強くはなるでしょう。
ただ、「Kiss」のように、近くで話しかけられたかと思うと、次の瞬間にはからかわれているような感じは、違うものになりそうです。
声量を増やすことより、言葉の勢いと間の取り方が、この歌の強気な魅力を作っています。

最初から、あの伴奏と歌声だったわけではない

「Kiss」の完成形を知っていると、プリンスがあの高い声に合わせて、伴奏を一から組み立てたように思えます。
実際の制作は、もう少し入り組んでいました。
最初に彼が録音したのは、アコースティックギターと、完成版より低い地声寄りの歌による短いデモでした。

その曲を受け取ったのは、マザラティというミネアポリスのバンドです。
プリンスのバンド、ザ・レヴォリューションのベーシストだったブラウン・マークが育てていたグループで、アルバムに使う曲を必要としていました。
プリンスは「Kiss」を、彼らに歌ってもらう曲として渡したのです。

録音を担当したデヴィッド・Zたちは、ギターの音が細かく途切れるリズムや、返事をするようなコーラスを加えました。
プリンスがその仕上がりを気に入り、今度は自分の曲として録音することにします。
完成版にも、マザラティが歌ったバックの声は残っています。

この経緯には、歌うはずだったバンド側の複雑な気持ちもありました。
ブラウン・マークは後年、曲を失ったことや、期待したクレジットが実現しなかったことへの不満を語っています。
名曲誕生の話であると同時に、他の音楽家たちの仕事が、完成形に大きく関わった話でもあります。

その伴奏にプリンスが加えたのが、あの高いリードの歌です。
ギターと同じように、声も短く切れ、鋭く飛び出す。最初の弾き語りから伴奏が変わり、本人の歌い方も変わったことで、よく知られた「Kiss」になりました。

ステージで観客に向き合うプリンス
ステージで観客に向き合うプリンス。写真:jimi hughes / CC BY 2.0

音が少ないから、細い声でも前に出る

さらにプリンスは、「Kiss」の伴奏からベースを外しました。
低音で厚みを足す楽器がなくなり、歌の周りに空いている部分が増えます。
録音を振り返ったデヴィッド・Zによると、レコード会社には、音が少なすぎてデモのようだという反応さえあったそうです。

たしかに、豊かな低音や長い残響に包まれた歌とは、かなり感触が違います。
「Kiss」の声は、歌い終わったあとまで大きく響き続けません。短い言葉の輪郭が残るので、次の一声が来たとき、その出だしをはっきり捉えられます。
裏声の軽さが、伴奏の中に埋もれる弱点になっていないのです。

音の多い演奏を声の大きさで超える方法もありますが、この曲では、声をよく聞かせるための伴奏そのものが違います。
楽器が全部の隙間を埋めないから、短い一言や息を含んだ声も目立つ。
プリンスの歌の迫力は、喉から出る音だけで決まっているわけではありません。どの楽器を残し、どこで歌を止めるかまで含めて作られています。

ずっと高いからこそ、最後の低い声が効く

「Kiss」を高音の曲として覚えていても、最後まで同じ声ではないことに気づくと、終わり方がいっそう面白くなります。
曲の大部分を高い声で進めたあと、プリンスは最後の言葉を、低く厚みのある声へ落として歌います。
ついさっきまでの細い声と違って、急に話し声が近づいたように感じられるところです。

最初から低い声で歌っていれば、その一言だけが特別には聞こえなかったかもしれません。
高い声を長く保ってきたため、音色が変わるだけで、話しかける態度まで変わったように聞こえます。
最後にさらに高い音を足して盛り上げるのとは、逆のやり方です。

この使い分けを知ると、プリンスを「裏声のきれいな歌手」とだけ呼ぶのは、少し物足りなくなります。
高い声で強く言い切ることも、急に太い声を出すこともでき、その差を歌の見せ場にしているからです。
高い声そのものに加えて、次にどんな声が来るか分からないことにも、聴き手を引きつける力があります。

同じ高い声でも、恋の相手への態度が違う

では、この高い声は、どんな曲でも強気な印象になるのでしょうか。
1984年のバラード「The Beautiful Ones」では、プリンスはもっと頼りなく、相手の返事を待っているように歌い始めます。
「Kiss」で相手へ条件を言い切る人物とは、恋の態度が違います。

その柔らかい歌が、終盤には切羽詰まった叫びに変わります。
声が荒くなるほど、恋の相手に自分を選んでほしいという必死さが増していく。
出だしの優しい声があったからこそ、途中から気持ちを抑えられなくなったことも伝わってきます。

「Kiss」は、そこまで取り乱す歌ではありません。
けれども、短く歌う、長く引っ張る、太い声に変えるという選び方で、歌詞の人物の態度を伝える点は共通しています。
プリンスは、どの曲にも同じ美声を当てはめるより、その歌でどんなふうに相手へ迫るのかによって、声を変えていたように聞こえます。

初期のファルセットから、録音による声の加工、後年のピアノ公演までをたどると、その選択肢がどう広がったかも見えてきます。
時期ごとの使い方は、プリンスの歌声の変遷で取り上げています。

2008年、コーチェラでギターを弾くプリンス
2008年、コーチェラでギターを弾くプリンス。写真:Scott Penner / CC BY-SA 2.0

細い声のまま、歌を強くする

「Kiss」が力強いのは、プリンスが細い声を無理に太くしているからではありません。
言葉を短く言い切る自信、声がよく聞こえる音の少ない伴奏、高い声を続けたあとで低い声を出す意外さ。
その組み合わせが、軽い声のまま、歌に勢いを与えています。

高音が出た瞬間だけを待つより、歌を止める短い間や、最後に声が低くなるところに耳を向けると、この曲の楽しみは増えます。
プリンスは高い声を持っていただけでなく、その声で言い切る強さも、別の声に変えたときの効果も、歌の中で使っていたのです。

今入れる? 近くで入りやすい飲食店がわかる混雑予報マップ

こちらの記事もおすすめ

コメント

タイトルとURLをコピーしました