デミ・ロヴァートには、歌い直したのに、その録音を使わなかった代表曲があります。
2011年に発表した「Skyscraper」です。
本人がもう一度歌いたいと望み、時間をかけて仕上げても、最初の録音のほうが心に届くと判断されました。
高音を強く響かせる歌手を知ろうとすると、どこまで高く、どれほど力強く歌えるかに目が向きます。
けれどデミの歌では、整った声を録音できたかとは別に、その言葉にどんな感情が残っているかが問われています。
「Skyscraper」から「Stone Cold」、そして「Sorry Not Sorry」へとたどると、悲しみと強気な態度の両方を歌にする、その考え方が見えてきます。
時間をかけた歌より、最初の歌を選んだ
「Skyscraper」の制作を担当したトビー・ガッドは、デミが涙を流しながら歌い、周囲も胸を打たれた録音を覚えています。
その後、デミは治療を受けてからスタジオへ戻り、改めて歌いたいと申し出ました。
気持ちが上向いた今、もう一度歌いたいという希望でした。
ガッドは一日かけて歌を録り、さらに二日かけて編集したと振り返っています。
ところが、完成した新しい歌には、最初の録音で感じられた感情が足りないと考えました。
結果として採用されたのは、先に録ってあった歌でした。

デミ自身も、発表当時の「Skyscraper」を、自分が経験した困難と結びつく大切な曲だと説明しています。
聴いた人に、つらい状況からでも前へ進めると感じてほしいと願っていました。
曲の力を確かめる基準は、歌の出来栄えだけでなく、そうした言葉を信じられるかにもあったのでしょう。
これは、苦しんでいる時ほど良い歌が歌える、という話ではありません。
この曲の録音では、後から丁寧に作業しても、最初に捉えた感情を同じようには残せなかった。
歌手と制作者が、完成させる歌をどう選んだかという話です。
「Stone Cold」で思い浮かべたのは、失恋の相手だけではない
2015年のアルバム『Confident』に収められた「Stone Cold」も、デミ自身の痛みや失恋の経験から生まれました。
かつての相手の幸せを願いたいのに、自分の悲しみは消えてくれない。
ただ強がることも、素直に祝福することも難しい気持ちを歌った曲です。
ところが本人は、この曲を歌う時、いつも同じ失恋を思い出すわけではないと話しています。
ある朝のパフォーマンスでは、入院して体調を崩していた祖母のことを考えていました。
大切な人のために、自分には受け入れ難いことも受け止めようとする気持ちを、歌の言葉に重ねていたのです。
曲を作ったきっかけと、その日に歌いながら思うことは、同じでなくてもよい。
この本人の話を知ると、感情を込めるとは、昔の失恋を毎回そのまま再現することではないと分かります。
その時に切実に感じていることを、すでにある歌の中で表すこともできるのです。
強気な「Sorry Not Sorry」にも、自分が言いたい理由がある
自分の気持ちと歌の言葉を結びつける姿勢は、悲しい曲だけに限りません。
2017年の「Sorry Not Sorry」にも、本人がその強気な言葉を歌いたくなる背景がありました。
発端は、プロデューサーのオーク・フェルダーと妻の電話でした。
仕事で家を離れていたフェルダーは、妻と家の購入について話すうちに、少し険悪な雰囲気になります。
謝ってほしいと言う夫に対し、妻は、あなたがそう感じたことは残念だけれど、自分の発言を撤回するつもりはない、という態度を示しました。
フェルダーはその言い回しを気に入り、曲の着想としてメモします。
その案をデミに持ちかけると、自分を立て直し、前へ進んできたことまで他人に謝る必要はない、という本人の思いと結びつきました。
フェルダーによれば、デミは歌うだけでなく、曲の構成や多くのアイデアを生む力にもなっています。
フェルダーの夫婦の会話が、デミ自身の立場を歌える曲へ変わったのです。
この曲で強く伝えたいのは、他人の評価のために自分を引っ込める必要はない、という態度でした。
「Stone Cold」の悲しみと同じように、堂々と歌う言葉にも、本人の実感が結びついています。
伴奏を重ねなくても、声を聴かせたい
「Sorry Not Sorry」を含む『Tell Me You Love Me』では、ゴスペルやR&Bにつながる歌も、デミの表現を支えています。
その一方で、本人が気に入っている曲として挙げた「You Don’t Do It for Me Anymore」は、バックコーラスや幾重もの楽器を重ねる作りではない、と説明されていました。
力のある歌手だからといって、歌と伴奏をいつも大きく積み上げなければならないわけではありません。
声を前に出すために、周りを賑やかにする方法も、音を重ねすぎない方法もある。
このアルバムでデミが好んだ曲には、その両方がありました。
悲しみを歌う時も、相手に言い返す時も、聴きたいのは、歌っている人がその言葉をどう感じているかです。
「Skyscraper」で選ばれた最初の録音、「Stone Cold」に重ねたその日の思い、「Sorry Not Sorry」を作る時の確信。
強い声そのものに加えて、歌の言葉を自分のこととして引き受ける姿勢が、デミの歌を理解する手がかりになります。
同じ言葉でも、年を重ねると以前と同じ気持ちでは歌えなくなることがあります。
過去のヒット曲を歌い直す際に旋律や言葉をどう変えたかは、デミ・ロヴァートの歌声の変遷でたどります。
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