imaseさんの歩みは、音楽未経験の青年が短期間で世界的な歌手になった成功談として語られがちです。
しかし歌声に注目すると、さらに興味深い物語が見えてきます。
最初は、自信のない歌を正面から強く聞かせないために、軽い裏声を自分の印として選びました。
やがて『NIGHT DANCER』が国境を越え、ライブ会場が大きくなると、地声の強さや高い裏声の安定も必要になります。
つまり変化の中心は、弱い声が強くなったことだけではありません。
部屋の中で数秒をつかむ声が、海外のリスナー、バンド、大きな会場へ届く声へ役割を増やしていったのです。
2020年から2021年、五畳ほどの部屋で歌を作り始めた
imaseさんが本格的に音楽制作を始めたのは20歳頃でした。
ギターも作曲ソフトもゼロから覚え、コードの知識もない状態で、インターネット上の解説を頼りに短い曲を作りました。
最初から一曲を完成させるのではなく、サビの一部をSNSへ投稿する方法を選びます。
短い時間で反応が分かるため、どの旋律や声が耳に残るのかを確かめながら制作できました。
この頃に見つけたのが、低い地声と高い裏声を重ねる方法です。
歌の力を大きく見せるより、声の質感の差で数秒の景色を変えることが、初期の個性になりました。

2021年12月に『Have a nice day』でメジャーデビューした時、音楽を始めてからまだ約一年でした。
曲作りの経験が短かったからこそ、既存の作法を完璧に学んでから発表するのではなく、未完成の感覚ごと外へ出す速度がありました。
2022年、『NIGHT DANCER』で日本語の歌い方が海外へ渡った
『NIGHT DANCER』では、初期から使っていた裏声が、より明確な役割を持ちます。
低い地声がダンスビートの土台になり、明るい裏声がサビの目印として浮かびました。
言葉の発音も変化しています。
日本語の母音を全部同じ長さで並べず、小さなしゃくりや崩しを加え、意味より先にリズムが届く歌にしました。
この曲は韓国を中心に海外へ広がり、日本語の歌が現地のチャートやダンス動画の中へ入っていきます。
海外向けに英語へ置き換えたのではなく、日本語のまま、音の動きが共有された点が大きな転機でした。
一方で、世界的なヒットは「同じ声を繰り返せばよい」という答えにはなりませんでした。
裏声は強い記号になったものの、歌える曲やステージを増やすには、地声も含めて声全体を育てる必要が見えてきます。
2023年、録音の声がライブで身体を持ち始めた
海外での反響が広がるなか、imaseさんは国内外のステージへ立つ機会を増やしました。
録音では細く近い声を何度でも整えられますが、ライブでは一回の呼吸で観客へ渡さなければなりません。
『NIGHT DANCER』を一発録りで歌った映像では、曲の軽さを残しながら、地声から裏声へ移る流れをその場で成立させています。
短尺動画のフックだった声が、一曲を通して聴かせる声へ変わったことが分かる時期です。
この経験から、本人はライブで使える力のある裏声や、より広い地声音域を意識するようになりました。
初期の軽さを捨てず、会場の大きさに耐えられる中心を足していきます。
変化は声量だけではありません。
異なるジャンルを歌うため、息の多い声、言葉を細かく刻む声、まっすぐ前へ出す地声を曲ごとに選ぶ必要が生まれました。
2024年、『凡才』は初期と現在の声を一曲で向かい合わせた
最初のアルバム『凡才』は、急速な成功を天才の証明として飾る作品ではありません。
音楽を知らなかった頃から試行錯誤してきた自分を振り返り、現在までの歌を一枚に並べました。
冒頭の『BONSAI』は、その考えを歌声でも表しています。
曲調には初期の軽快さがありますが、地声を以前より強く張る場面、高い位置で芯を残す裏声、ラップに近い細かな言葉が同居します。
初期のimaseさんは、裏声を他の歌手との差別化として使っていました。
この時期には、裏声だけが本人らしさなのではなく、複数の声から裏声を選べることが本人らしさへ変わっています。
アルバム名の「凡才」は、自分を小さく見せるための言葉ではありません。
才能があると信じ切れないままでも、観察し、試し、反応を受け取り、声を更新できるという制作姿勢の名前です。
2025年、日本武道館まで進んだ声はいったん休むことになった
2025年にはホールツアーを行い、7月25日に日本武道館公演を開催しました。
部屋でスマートフォンへ向けていた声が、バンドや観客と時間を共有するところまで拡張された節目です。

ステージでは、代表曲の軽い裏声だけでなく、地声の厚み、言葉の勢い、曲ごとの表情を使い分けています。
初期の音源を大きな会場で再現するだけではなく、ライブ経験で増えた声を初期曲へ持ち帰る循環が生まれました。
しかし武道館公演後に体調が悪化し、長期療養が必要と判断されたため、同年8月から当面の活動休止が発表されました。
これは歌唱技術の問題として推測したり、無理に成長物語へ組み込んだりすべき出来事ではありません。
止まることを本人が選び、回復を最優先にした事実そのものを尊重する必要があります。
高速で走り続けた経歴を考えれば、休む時間も今後の人生を守るための重要な一部です。
2025年後半から2026年、休止前に作られた歌が時間差で届いた
活動休止の発表後も、『渦』や『青葉』が公開されています。
ただし、新曲が出たことだけを根拠に、活動を再開したと考えることはできません。
2026年2月公開の『青葉』は、休止前に制作された作品であることが明記されています。
歌声には、初期のように裏声だけで輪郭を作るのではなく、弦楽器の広がりの中で言葉を落ち着いて置く表現があります。
時間差で届いたこの曲は、現在の状態を説明する資料ではありません。
それでも、武道館までにimaseさんが獲得していた歌の幅を伝える作品です。
軽いフックから始まった声が、静かな物語を長い呼吸で支えられるところまで広がっていたことを示しています。
2026年8月現在、公式には活動再開の発表は確認できません。
したがって最新期を断定せず、まずは本人が十分に休めることを前提に、公開された作品を受け取るのが適切でしょう。
まとめ|短いフックの声は、世界と会場を渡る声へ広がった
imaseさんの歌声は、デビュー時の裏声を捨てて別の声になったわけではありません。
最初に見つけた軽い裏声を中心に、地声の強さ、高い裏声の芯、細かな言葉、ライブで届く声を少しずつ足してきました。
『Have a nice day』では、数秒で耳をつかむための声でした。
『NIGHT DANCER』では、日本語のまま海外へ届くリズムになりました。
『BONSAI』では、過去と現在の複数の声を一曲で選べるようになりました。
そして武道館の後、歩みはいったん止まっています。
速さが注目された歌手だからこそ、この休止を次の展開へ急いで結び付けず、これまで増やしてきた声の選択肢を丁寧に振り返ることに意味があります。
imaseさんの現在までの歌い方と発声では、裏声、地声、日本語の発音がどのように一つの個性になったのかを詳しく整理しています。






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