マイケル・ジャクソンの歌い方|録音でも踊り、足音まで残した理由

1988年のマイケル・ジャクソン シンガー
Alan Light / CC BY 2.0

マイケル・ジャクソンが踊りながら歌うのは、観客のいるステージだけではありませんでした。
録音中にも体を動かし、録音技師のブルース・スウェディーンは、その動きが生む音まで残そうとしています。
歌以外の物音を減らすどころか、マイケルを木の台に立たせ、踊る音をマイクへ届かせたのでした。

この話を知ると、マイケルの歌にある短い掛け声や、鋭い息づかいの聴き方も変わります。
きれいな旋律の合間に付けた飾りというより、体を動かすリズムを、声でも作っているのではないか。
1987年の「Bad」をはじめとする歌の勢いは、音程のある声だけでは説明しきれません。

マイクの前で静かにしていてほしくなかった

歌を録音するとき、椅子のきしみや足踏みがマイクへ入ると、歌だけを取り出しにくくなります。
声をはっきり録りたいなら、周りの音を少なくするのは自然な考え方です。
ところが、スウェディーンはマイケルについて、歌声だけをきれいに取り出すことが最善だとは考えていませんでした。

マイケルは歌うときに踊る。
ならば、その音を失うことで、歌の大切な部分まで失ってしまうのではないか。
スウェディーンはそう考え、もともとドラムの録音に使っていた木製の台を、マイケルの歌にも使いました。
『Bad』以降の録音では、この台に立つ方法が用いられています。

台の上で動けば、その音が歌声とともにマイクへ届きます。
スウェディーンにとって、それは邪魔な物音を仕方なく我慢することではありませんでした。
動いているマイケルを含めて録ったほうが、彼らしい音楽になるという判断です。

足音が大きければよい、という話でもありません。
大事なのは、声を出す人と、踊る人を切り離さないことです。
ステージの姿をあとから映像で足すだけでなく、歌を録る時点から、マイケルの動きが音の中に入っていました。

1988年、ウィーン公演で歌うマイケル・ジャクソン
1988年、ウィーン公演で歌うマイケル・ジャクソン。写真:Zoran Veselinovic / CC BY-SA 2.0

歌詞ではない音にも、リズムを作る仕事がある

マイケルのものまねでは、短い掛け声だけが強調されることがあります。
その音を聞けば誰のまねか分かる、という意味では、とても強い特徴です。
ただ、歌の中では、それぞれの掛け声がどこに入るかも大切になります。

長い音を伸ばす歌の途中に、短く切れる声が入る。
言葉の意味を追っていた耳が、一瞬、声の勢いやリズムの切れへ引き寄せられます。
同じ掛け声でも、入る位置が違えば、次のフレーズへ進む勢いも違ってくるでしょう。

マイケルの歌唱を研究したイザベル・ステグネール=プティジャンは、彼の声を、旋律だけでなく、話し声、息、口で作る打楽器のような音まで含めて捉えています。
音程のある歌と、それ以外の音を行き来することが、歌手としての個性になっているという見方です。

この見方なら、掛け声を取り除いて旋律だけを残したものを、必ずしも「本来の歌」とは呼べません。
短い声や息が、打楽器のように曲の動きを支えることもあるからです。
「Bad」の声の勢いを考えるときも、長く歌う部分と、短く切り込む部分を一緒に聴くと、声そのものが踊っているように感じられる理由をつかみやすくなります。

動けるように、録音する場所も工夫した

マイケルが自由に動ける一方で、録音する側には問題が生まれます。
歌手とマイクの位置関係が変われば、入ってくる声の量や部屋の響きも変わるからです。
動きのある歌を残したいなら、その動きを受け止められる録り方が必要でした。

スウェディーンは、木の台の周りに、部屋で跳ね返る音を整える円柱形の道具を配置しました。
踊って位置が変わっても、マイクに入る響きが変わりすぎないようにする工夫です。

歌手に動かないよう求める方法もあったはずです。
しかし、この場合は録音する場所のほうを工夫しました。
動きながら歌うマイケルの持ち味を、完成した曲でも感じてもらうためです。

マイケルの掛け声や息づかいには、整った旋律からはみ出すような勢いがあります。
録音する側も、歌手を静止させて整えるより、その勢いを残そうとしていました。

同じ声でも、マイクから離れて歌えば変わる

声と体の位置は、コーラスを重ねるときにも使われました。
1979年の「Rock with You」では、マイケルが同じパートを重ねて歌う際、マイクの近くで録ったあとに、少し離れて、さらに遠くからも歌っています。
録音する音量を調整しつつ、声に混ざる部屋の響きを変えたのです。

同じ人の声を何本も重ねる、とだけ聞くと、同じ録音を複製して厚くしたように想像するかもしれません。
実際にはマイケルが歌い直し、立つ場所も変えています。
近くの声と、空間を感じる声が重なることで、コーラスに奥行きが生まれました。

1992年、モンツァ公演でのマイケル・ジャクソン
1992年、モンツァ公演でのマイケル・ジャクソン。写真:Daniele Dalledonne / CC BY-SA 2.0

ここでも、歌声は口から出たあとまで含めて作られています。
声の出し方を替えるだけでなく、その声をどこからマイクへ届けるかによっても、完成した歌の印象は変えられます。
一人のマイケルが、主役の歌を歌い、その周りの声も歌い、録音の中に広がりを作っていました。

踊る音まで拾う録音では、一人が動きながら歌っている感じを大切にする。
コーラスを重ねる録音では、一人で何役も歌い、主役の歌を取り囲む声を作る。
マイケルとスウェディーンは、声だけを切り取るのではなく、歌う人の動きや位置も使って、曲ごとに必要な歌を作っていました。

自由に歌う前に、歌詞を体に入れていた

こうした録音の話を聞くと、マイケルはその場の気分で自由に歌う人だったようにも思えます。
ところがスウェディーンは、マイケルが歌詞を前に置いてリード・ボーカルを録る姿を見たことがない、と繰り返し話しています。
前の晩に歌詞を覚え、記憶から歌っていたそうです。

文字を見ながら次の行を探すのと、歌う内容がすでに分かっているのとでは、体を動かす余地も違うでしょう。
録音中に踊れることの裏側には、曲を覚えてからマイクへ向かう準備もありました。
その準備があるからこそ、声の出し方やリズムへ集中できた、と考えると、奔放に見える歌にも納得がいきます。

一方、マイケルの録音には、感情があふれて、歌いながら涙が出た曲もあります。
「She’s Out of My Life」で涙が出た出来事や、後年の強い歌声については、マイケル・ジャクソンの歌声の変遷でたどっています。

歌とダンスが、録音の中でも離れない

スウェディーンが足音を残したかったのは、マイケルの歌を、体の動きごと捉えていたからでした。
短い声や息がリズムを刻み、足の動きも音へ加わる。
その一方で、重ねるコーラスでは立つ距離を変え、一人の声を広く響かせる。
声の出し方と、歌いながらどう動くかが、完成した曲の音につながっています。

「Bad」を聴くとき、歌詞のある旋律から少し耳を広げ、短く入る声や息にも注意を向けてみる。
何も歌っていないように思えた隙間にも、曲を動かす音があるはずです。
踊る姿を思い浮かべたくなる歌声には、録音の中にも体の動きを残した、具体的な作り方がありました。

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