椎木知仁(My Hair is Bad)の歌声はどう変わった?上越のライブハウスから『cats』まで

椎木知仁の上越時代からアルバムcatsまでの歌唱変遷をたどる記事のアイキャッチ シンガー

椎木知仁さんの歌声は、荒かった初期から滑らかな現在へ、きれいに成長したわけではありません。
変化したのは、声の傷を消す技術より、その声で誰の物語を引き受けるかです。

初期には自分の恋愛と生活を、当事者のまま歌っていました。
活動が広がるにつれ、観客のいない時期、映画を見る子どもたち、架空の人物、同じ場所で暮らす誰かまで、声の宛先が増えていきます。

それでも、言葉を格好よくまとめすぎない核は残りました。
2026年の「青いソファの上で」は、メジャーデビュー10周年を迎えたバンドが、若い頃の私生活だけに戻らず、現在の言葉で日常を歌えるところまで来た記録です。

2008〜2014年、上越のライブハウスで私語が歌になった

My Hair is Badは2008年、椎木さんが高校生だった時に新潟県上越市で結成されました。
最初から歌手として成功する設計があったのではなく、学校や野球とは別に、大きな音を出せる居場所を探したことが始まりです。

地元のライブハウスで多くのバンドと共演し、2013年に全国流通作品を発表します。
2014年の1stアルバム『narimi』では、身近な恋愛や若さの苛立ちが、整った物語になる前の言葉で並びました。

この時期の声を説明する第三者の記録には、荒い、切ない、話し声に近いという表現が見られます。
用語は一致しませんが、歌唱技術を見せる前に、今の自分から出た言葉を置く声だったという受け止め方は共通しています。

「ドラマみたいだ」という題名は華やかですが、描かれるのは完成した主人公ではありません。
日常の中で関係を整理できない人物を、上越で鳴らしていた3人の音がそのまま外へ連れ出しました。

2016〜2018年、メジャーデビューで荒さに「届かせる技術」が加わった

2016年のメジャーデビューは、椎木さんの声を別人のように整える転機ではありませんでした。
2ndアルバム『woman's』の制作では、経験や技術、3人のバランスが増えた一方、不安や否定的な気持ちをバンドの個性として残す考えが語られています。

ここで大切なのは、荒さがなくなったことではなく、荒さをどの曲のどこへ置くか選べるようになったことです。
「告白」では個人的な言葉を大きなサビへ運びながら、正しい恋愛の結論へ逃げません。

メジャーデビュー後の椎木知仁

2017年には年間200本を超えるライブを経験したと記録され、2018年には日本武道館2日間を完売させました。
大きな会場でも派手な演出に声を預けず、歌詞と3人の演奏を前へ出すライブが選ばれています。

声量が増えた、音程が安定したという一本の物差しだけでは、この時期の変化を捉えられません。
自室や小さなライブハウスで成立した私語を、一万人が聞く場所でも私語のまま保てる構成が育った時期です。

2019〜2022年、ライブを失ったことで声の向き先を考え直した

2019年の『boys』では、日記のような言葉を保ちながら、人生や家族を含む普遍的な題材へ作品が広がりました。
ところが翌年、年間100本以上あったライブが止まり、メンバー同士で会えない時間も生まれます。

椎木さんはこの期間、録音を見直し、曲の主人公や意味がどう伝わるかを以前より考えたと話しています。
『life』『love』では、従来と異なる音作りも試しました。

2021年、二度の延期を経て行われたさいたまスーパーアリーナ公演は、会場へ戻ること自体が作品の意味になる転機でした。
「歓声をさがして」は、観客がいることを前提にしてきたバンドが、歓声のない時間を通過して再び相手を見つける歌です。

2022年の『angels』は、椎木さんの20代をまとめる作品として作られました。
実験を重ねたあとで、自分たちが好きだった3ピースの核へ戻る。
初期と同じ形に後退したのではなく、別の方法を試したうえで、何を残すか選び直したのです。

『angels』期の椎木知仁

当時の観客による記録には、ライブ中の語りや「歓声をさがして」を、背中を押す言葉として受け取った感想が残っています。
個人的な恋愛を目撃するだけだった聴き手が、椎木さんの声を自分の現在へ持ち帰るようになったことが分かります。

2023〜2024年、120曲のデモと映画主題歌が「誰かのため」を連れてきた

2023年、椎木さんは作曲の力を鍛えるため、月ごとに多くのデモを作り、年間120曲を目標にしました。
同年のロンドンでのソロ演奏では、バンドの大音量から離れても、歌い始めれば自分でいられるという感覚を得ています。

大量に作ることと、一人で歌うことは反対に見えます。
しかし両方とも、My Hair is Badという慣れた形を一度外し、何が椎木知仁の歌として残るか確かめる時間でした。

その経験の先で生まれた大きな転機が、2024年の「思い出をかけぬけて」です。
映画の主題歌として、作品の登場人物や見る子どもたちに向け、前向きな曲を書く必要がありました。

それまで自分を深く掘るほど曲になった人が、自分以外のために書く。
この制約によって声の向き先が変わりました。
私生活を薄めて万人向けにしたのではなく、他者の物語にも本気で当事者になれるかが問われたのです。

同年のアルバム『ghosts』では、長く感じていた「何かが足りない」という視線も変化しました。
遠くに答えを探すより、求めていたものが身近にあったと捉えるようになります。
叫びの強さだけでなく、目の前にあるものを肯定する声が作品の中へ増えました。

2025〜2026年、恋愛の責任を相手だけへ渡さない歌になった

2025年のさいたまスーパーアリーナ公演でも、椎木さんは自分がバンドマンに向いているとは限らないという迷いを隠しませんでした。
大きな成功を、自信に満ちた完成形として語らない点は初期から変わっていません。

一方で、書く人物の見方は変わりました。
近年の曲について、聴き手からも「本人の赤裸々な恋愛だけでなく、架空の二人の物語が増えた」と受け取られています。
当事者の告白をやめたのではなく、一方だけを被害者や悪者にして終わらない視点が加わったのです。

2026年1月の「ここで暮らしてるよ」は、バンドにとって珍しいほど温かい日常を扱います。
同年9月9日発売予定の7thアルバム『cats』には、誰かを責める歌がないと椎木さんは説明しています。

この記事の公開時点では、『cats』は完成しているものの、発売前です。
したがってアルバム全体の歌唱を先回りして評価することはできません。
確かに見えるのは、最新曲で声の宛先が「失った相手」だけでなく、「今ここで暮らす相手」へ移っていることです。

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初期と現在を比べると、声より先に主人公の立ち位置が変わった

「ドラマみたいだ」と「思い出をかけぬけて」を並べれば、約10年の隔たりを確認できます。
ただし、録音環境、制作体制、曲の目的、アレンジが違うため、聞こえる差をすべて発声の成長へ置き換えることはできません。

比較してよいのは、資料から確認できる制作上の立ち位置です。
初期は当時の自分に近い恋愛を、自分の言葉で歌うことが出発点でした。
2024年には映画の人物と子どもたちのために、バンドらしい前向きさを探しています。

同じかすれや叫びが残っていても、声が引き受ける責任は広がりました。
昔は「自分はこう感じた」と差し出す声だったものが、現在は「自分ではない誰かの気持ちを、嘘なくどう歌うか」まで考える声になっています。

現在のハスキーな質感、高音、独白と叫びのつながりは、椎木知仁さんの歌い方・発声分析で詳しく整理しています。
本記事では声区の名前ではなく、声が背負う物語の変化に注目しました。

変わらないのは、完成した自分を演じないこと

15年以上の活動で、会場、制作環境、題材は大きく変わりました。
それでも椎木さんは、自分を正しい主人公として完成させません。

高校時代は苛立ちの居場所としてバンドを始め、メジャー期には不安を個性として残しました。
武道館やさいたまスーパーアリーナへ進んでも、向いているか分からない自分を隠さず、歌の中でも恋愛の矛盾を消しませんでした。

この変わらなさがあるから、題材が他者へ広がってもMy Hair is Badの歌になります。
変遷とは、昔の自分を捨てることではなく、同じ誠実さを使える相手が増えることでした。

はっとりさんの歌唱変遷でも、個人的な曲が大きな会場の歌へ広がる過程をたどれます。
また、SNSの独白から観客との合唱へ進んだかやゆーさんの歌唱変遷と比べると、同じ若い恋愛の歌でも、声の渡し方が違うことが分かります。

椎木知仁の歌唱変遷は、告白の相手が増えていく物語

椎木知仁さんの歌声は、上越のライブハウスで自分の苛立ちと恋愛を歌うところから始まりました。
メジャーデビュー後も荒さを消さず、経験と3人のバランスを加えることで、私語を大きな会場まで届けます。

ライブを失った時期には、曲の主人公と意味の伝わり方を考え直しました。
120曲のデモ、ロンドンでのソロ、映画主題歌を経て、声は自分以外の人物や日常へ向かいます。

2026年の『cats』直前に見えるのは、若い頃の痛みを否定する姿ではありません。
誰かを責めるだけでは終わらず、今そばにあるものも歌えるようになった姿です。

変わったのは、かすれが消えたことでも、叫ばなくなったことでもありません。
普段なら言えないことを歌う声が、恋人、観客、映画の人物、同じ場所で暮らす人へと、告白の相手を増やしてきたことです。

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