はっとりさんの歌声は、初期より弱くなったのでも、きれいに整ったのでもありません。
大きく変わったのは、感情を前へ押し出す一方向の歌から、強く押す声と、あえて張らない声を同じ作品で選べる歌へ進んだことです。
初期の衝動は現在も消えていません。
むしろ、静かな歌を覚えたからこそ、必要な曲で荒さへ戻る意味が強くなりました。
2025年の「然らば」は、その現在地と初期衝動が同時に表れた曲です。
2012~2015年は、音程より先に「魂のある歌」を求めた
マカロニえんぴつは2012年、音楽大学で結成されました。
はっとりさんはロック&ポップスを学び、録音やステージの見せ方だけでなく、個人レッスンでシャウトの基礎にも触れています。
目標にしていたのは、歌詞を正確になぞる歌ではありませんでした。
奥田民生さん、トータス松本さん、宮本浩次さんのように、言葉へ感情を載せてしまう歌手への憧れが出発点です。
2015年の1stミニアルバム『アルデンテ』は、その衝動が作品として外へ出始めた時期でした。
まだバンドの型を一つに決めず、歌も演奏も「ロックバンドとして鳴らす」方向へ勢いよく進んでいます。
初期の声を現在の完成度で採点すると、大切なものを見落とします。
この時点で重要なのは、後に引き算を覚える前の、歌詞と声を一緒に前へ投げる感覚がすでにあったことです。
2017年、「洗濯機と君とラヂオ」で熱さがバンドの顔になった
2017年の「洗濯機と君とラヂオ」は、初期の勢いが最も分かりやすい形で広がった代表曲です。
同年のアルバム『CHOSYOKU』には「ミスター・ブルースカイ」「春の嵐」も入り、跳ねるメロディと強い歌の組み合わせが固まっていきました。
本人は当時から、ライブでは感情を込めすぎて暑苦しくなる時があると自覚していました。
それでも同世代では珍しい歌い方だという自負もあり、熱さを消して流行へ合わせる道は選びませんでした。
この頃にできたのは、単に高い声を出す技術ではありません。
歌詞の語尾、バンドが跳ねる瞬間、サビへ駆け上がる勢いを、一つの大きな声で結ぶ役割でした。

2019~2020年、切なさとポップさが熱量の出口を増やした
2019年の「ブルーベリー・ナイツ」は、強いロックボーカルだけでは届かなかった聴き手へ、はっとりさんの声を運びました。
失恋の言葉を激しく叫び切るのではなく、湿り気のある声と耳に残るメロディで、痛みをポップスとして開いています。
同時期には、初の全国ワンマンツアーが行われ、CMやドラマへの書き下ろしも増えました。
ライブハウスの衝動を持ったまま、短い時間で多くの人へ伝わる歌を考える段階に入ります。
2020年の『hope』では、四つ打ち中心だった初期から離れ、さまざまなジャンルを受け入れるバンド像が明確になりました。
曲調が増えれば、ボーカルも同じ押し方だけでは対応できません。
メジャーデビュー曲「生きるをする」では、大きな作品の主題歌として求められる派手さと、自分たちらしさの間で壁にぶつかりました。
要望を受けて曲を変えた経験は、感情の純度だけで勝負する時代から、届き方まで設計する時代への入口でした。
2021年、「なんでもないよ、」で押さない時間が代表作になった
2021年は、バンドが音楽を仕事として引き受ける意識を強めた年でした。
同時に、はっとりさんは声帯結節が二カ所できた経験を後に明かしています。
病気が歌い方を直接変えたと断定することはできません。
ただし、声を維持することや、声の状態へ注意を向けるようになった時期と、大きく押さずに成立する代表曲が生まれた時期が重なっています。
「なんでもないよ、」では、一音を小さく始めて途中で膨らませる動き、母音の抜き方、長い音の揺れが注目されました。
初期の熱を捨てたのではなく、熱が出てくるまで待つ時間を歌にした点が新しかったのです。
ノンタイアップだったこの曲はストリーミングで大きく広がりました。
叫ばなくても感情が届くことが証明され、はっとりさんの声は「エモいロック」の枠から、日常の言葉を歌うポップスへ踏み込みました。
2022~2024年、会場が大きくなるほど歌は原始的になった
アリーナや大型フェスを経験した後、2023年の『大人の涙』では、バンド全体が自信を持ち、より純粋でありたいという方向へ進みました。
録音やミックスを一人で抱えず、メンバー全員で考える場面が増えたことも語られています。
歌にとって、この変化は見逃せません。
すべてを自分で制御しなくても演奏が支えてくれるようになると、ボーカルは正しくまとめる役から、曲の感情を担当する役へ戻れます。
2024年の「月へ行こう」では、メンバーが従来の高いサビとは違い、冒頭から張らず、サビの中で展開する曲だと説明しています。
強い声を使わないのではなく、どこで開くかを後ろへずらせるようになりました。
2025年、初期衝動は「戻った」のではなく選び直された
結成10周年期の「然らば」について、本人は押しが強く、引き算の少ない歌い回しだと振り返りました。
鼻が詰まった感触まで含めて曲に合っており、圧のある歌を自然に録れたことを肯定しています。
これは、静かな歌を覚える前へ後退したという話ではありません。
同じ作品の「ロング・グッドバイ」では張らない優しい歌を選び、両方を並べています。
初期は強く歌うことが自然でした。
現在は、強く歌うことも、張らないことも、作品のために選べます。

2026年、歌声は上手さより「曲に合う身体」を選ぶ段階へ
2025年末のアルバム『physical mind』では、張らない歌を中心にした曲と、身体的な熱を前へ出す曲が同居しました。
翌2026年には大規模ツアーを経て、ライブハウスでも再び初期曲を鳴らしています。
「NEVERMIND」のような近年曲も、過去のどれか一時期へ収まるものではありません。
ポップスとして整える経験、静かな声で広く届いた経験、バンドの衝動へ戻った経験が、一つの現在形へ重なっています。
一発撮り企画では、2019年に提供した「愛のレンタル」を、女性グループと2026年の声で歌いました。
自分のバンドではキーを下げて育ててきた曲を、異なる歌い手と交換するように歌う姿からも、声を一つの型へ閉じない現在が分かります。
変わったのは声の熱ではなく、熱を置ける場所の数
初期と現在を比べた時、はっとりさんから感情の強さが消えたわけではありません。
変化したのは、曲の最初から最後まで前へ出していた熱を、小さな一音、母音の抜け、静かなサビ、荒いシャウトへ分けて置けるようになったことです。
現在の発声を仕組みから知りたい場合は、はっとりさんの歌い方・発声分析で、声量と引き算が両立する理由を整理しています。
原点にある宮本浩次さんの歌声の変遷と並べると、叫びの熱をそのまま受け継ぐのではなく、細かなJ-POPのメロディへ移し替えてきた違いも見えます。
歌声の進化は、昔できなかった高音が出るようになることだけではありません。
はっとりさんの場合は、昔から持っていた馬力をいつ見せ、いつ隠すかという選択肢が増えたことが、最も大きな変化です。






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