伍代夏子の歌い方・発声|声色に「年齢」を決めて女心を演じる理由

伍代夏子の歌い方と発声を紹介するアイキャッチ シンガー

伍代夏子さんの歌を「細く、やわらかな演歌声」と表すことはできます。
力で押し切る歌唱ではなく、悲しさの中にも品があり、強い感情を見せても声が荒々しくなりすぎません。

しかし、声の細さやこぶしだけを追っても、伍代さんらしさの中心には届きません。
本人はレコーディングの前に、その歌を誰が歌っているのかをかなり具体的に考えています。
若い女性なのか、人生を長く歩いた女性なのか。
同じ悲しみでも、朝に書く手紙なのか、夜に泣きながら書く手紙なのか。

2024年の「いのちの砂時計」では、声の人物を80歳ほどの成熟したシャンソン歌手として想像し、そこから少し年齢を下げて録音しました。
伍代夏子さんの発声がおもしろいのは、一つの美声をすべての曲へ当てはめるのではなく、声に役を与えてから歌い始めるところです。

伍代夏子は、歌う前に声の主人公を決める

「この曲は明るく」「ここは悲しく」と考える歌手は珍しくありません。
伍代さんは、さらに一歩踏み込みます。
主人公の年齢や暮らしている時間まで決めることで、声を出す理由を先に作ります。

2018年の「宵待ち灯り」は、迷いなく幸せを感じている女性の歌でした。
その人物を思い浮かべた結果、本人も驚くほど、かわいらしい歌い方になったと振り返っています。

反対に「いのちの砂時計」は、過ぎてきた年月を見つめる歌です。
若い女性の明るさをそのまま置くより、長く生きた人が静かに言葉を渡す声の方が物語に合います。
そこで80歳ほどの歌手を思い描き、曲が重くなりすぎない地点まで若返らせました。

ここでいう「声の年齢」は、声帯そのものを若くしたり老けさせたりする意味ではありません。
言葉を急ぐのか待つのか、感情をすぐ表へ出すのか胸に置くのか、語尾を強く閉じるのか余韻へ渡すのか。
そうした選択を一人の人物としてそろえるための設計図です。

声色を先に作って歌詞へ貼り付けるのではなく、人物を考えた結果として声色が変わる。
だから曲ごとの違いが、単なる器用な物まねに聞こえません。

時の川のミュージックビデオに登場する伍代夏子

「朝の手紙」と「夜の手紙」を、本当に二通録音した

この考え方が最もよく分かるのが、2020年の「雪中相合傘」です。
吹雪の中を進む男女を描いた、映像の浮かぶ物語歌ですが、伍代さんは録音で二つの歌い方を試しました。

一つは、朝に読み返しても恥ずかしくない手紙のような歌唱です。
感情を整理し、物語を少し離れた場所から伝えます。

もう一つは、夜に酒を飲みながら、泣いて書いた手紙のような歌唱でした。
理性で形を整える前の思いを、声の中へ深く入れます。

採用されたのは、後者でした。
伍代さん自身、普通にさらりと歌っているつもりでも、もともと感情を入れ込むタイプだと話しています。
その歌手がさらに深く入り込む版を選んだのですから、単に声量を増やしたという話ではありません。

重要なのは、二つの案を頭の中で比較しただけでなく、別の歌として録ったことです。
「もっと悲しく」という曖昧な注文を、手紙を書く時刻と人物の状態へ置き換えた。
そのため、一音ずつ演技を足さなくても、歌の始まりから終わりまで同じ女性が立ち続けます。

三つのコーラスに現れる最初の「あゝ」も、後に続く物語に合わせて変えています。
短い声の飾りではなく、その場面の扉として扱っているからです。

こぶしより先に、「ひとり」で生きられる女性かを問われた

若い頃の伍代さんは、市川昭介さんから「大阪しぐれ」の歌い出しを何度も直されました。
問題になったのは、音程やこぶしの数ではありません。

歌の女性は、一人では生きていけないほどの思いを抱えています。
ところが伍代さんの第一声は、一人でも生きていけそうに聞こえた。
歌詞どおりの音を出していても、人物が違えば歌にならないと教えられたのです。

この経験は、現在の歌い方までつながっています。
演歌のこぶしは、音を細かく上下させれば完成する装飾ではありません。
言葉をためらわせるのか、思い切らせるのか、未練を残すのかによって動き方が変わります。

伍代さんの歌声をやわらかいファルセットや控えめな声量から説明する見方もあります。
確かに、力強いこぶしで圧倒するタイプとは違う魅力があります。
ただし、表面だけを軽くすると、人物まで薄くなります。

やわらかな声の奥にあるのは、感情を入れていない静けさではありません。
どの程度まで思いを見せれば、その女性が一人で立っていられるかという判断です。
声が細く聞こえる場面でも、物語の中心は弱くなっていません。

「しゃんしゃん牡丹」では、真面目に歌わないことが正解になった

2025年の「しゃんしゃん牡丹」は、伍代夏子さんの芝居心が、悲恋とは別の方向へ開いた曲です。
主人公は凛として歩き、胸の内には強い恋心を隠しています。

曲の決めぜりふでは、いくつもの案を試した末に、少し古風で歌舞伎のような言い回しを選びました。
本人が勧めるのは、端正に正しく歌うことより、照れずに役へ入って遊ぶことです。

導入直後の公式動画を見ると、この曲が「伍代夏子のきれいな声を聴くための歌」だけではないと分かります。
衣装、振り、表情、言葉の響きが一つになり、主人公の登場場面を作っています。

もちろん、動画を見ただけで喉の内部や声区を断定することはできません。
注目したいのは、本人が明かしている役作りと、画面に現れる人物像が同じ方向を向いていることです。

「雪中相合傘」では、夜に泣きながら手紙を書く女性になる。
「宵待ち灯り」では、いまの幸せを疑わない女性になる。
「しゃんしゃん牡丹」では、少し芝居がかった啖呵まで楽しむ女性になる。

同じ歌手が演歌の技を三種類見せているのではありません。
三人の人物が必要とした分だけ、声の重さ、かわいらしさ、言葉の勢いを変えています。

しゃんしゃん牡丹について語る伍代夏子

発声障害の後、録音は短くなっても歌の設計は薄くならなかった

伍代さんは2019年頃から声の不調を感じ、2021年に喉のジストニアにあたる痙攣性発声障害を公表しました。
話す時に声が出にくく、歌でも強弱や裏声への移り変わりが難しくなる症状があったと説明しています。

半年間の活動休止を経て人前へ戻った時、歌えたのは二曲でした。
翌年には五、六曲を続けて歌えるまでになりましたが、治ったことにして以前と同じ方法を押し通したわけではありません。
その日の状態と付き合いながら歌う道を選びました。

以前のレコーディングでは、納得するまで何十回も歌い、自分で各テイクを聴き、どの言葉をどこから使うかまで判断していました。
ところが「人生にありがとう」以降、録音時間は短くなったといいます。

短時間になったから、細部を考えなくなったのではありません。
「いのちの砂時計」で声の年齢を決めたように、歌い始める前の人物設計はむしろ明確です。
無数の候補から後で組み立てるだけでなく、最初から行き先を定めて声を使う比重が増えたと考えると、現在の歌の変化を理解しやすくなります。

発声障害の詳細や治療法は、歌声を聞いただけで判断できません。
本人と医療機関が公表した範囲を越えて、現在の声の一音一音を病気と結びつけるべきでもないでしょう。

大切なのは、使える声を否定せず、その声で成立する人物を見つけ続けていることです。
病気を劇的な克服談にするより、毎回の歌に新しい条件を与え、歌手を続ける判断の方に伍代夏子さんらしさがあります。

伍代夏子の歌い方を知るなら、声色より「配役」を聴く

伍代夏子さんのように歌おうとして、まず弱い裏声や細かなこぶしをまねる必要はありません。
本人の声質や長年の訓練を飛ばし、喉を細く締めて音色だけを似せるのは危険です。

参考にしやすいのは、声を出す前の問いです。
この歌を話しているのは何歳くらいの人か。
思いを相手へ直接伝えているのか、誰にも見せない手紙へ書いているのか。
いま幸せなのか、それとも幸せだった時間を振り返っているのか。

人物が決まれば、すべての語尾を大げさに揺らす必要はなくなります。
反対に、一つの言葉だけは隠せないという場面も見つかります。
伍代さんの歌から借りやすいのは、完成した声色ではなく、声色が生まれるまでの想像力です。

伍代夏子さんの歌声の変遷では、四つの芸名でデビューし直した時代から、喉の病気を公表した後、45周年の「流転の花」へ進むまでを年代順にたどります。
香西かおりさんの歌い方長山洋子さんの歌い方と比べると、女心を歌う演歌でも、余白、言葉、人物への距離がそれぞれ違うことが分かります。

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まとめ|伍代夏子の声は、歌うたびに別の人生を持つ

伍代夏子さんの歌い方は、細い声、ファルセット、こぶしといった部品だけでは説明できません。
「いのちの砂時計」では声の年齢を決め、「雪中相合傘」では朝の手紙と夜の手紙を歌い分け、「しゃんしゃん牡丹」では芝居がかった主人公へ思い切って入りました。

共通しているのは、伍代夏子という一人の歌手を前へ出すより、歌詞の中にいる女性を先に立たせることです。
声を強くするか弱くするかも、こぶしをどう置くかも、その人物が決まってから選ばれます。

だから、やわらかな声でも感情が薄く聞こえず、華やかな曲でも人物が飾りに埋もれません。
伍代夏子さんの歌は、同じ声で多くの人生を語るのではなく、歌うたびに声そのものへ別の人生を持たせています。

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