レディー・ガガの歌声の変遷|ジャズの自然さと「Disease」の加工を選んだ理由

トニー・ベネットとジャズを歌うとき、レディー・ガガは振り付けも決まった動きも要らないと言いました。
歌う言葉の抑揚に集中し、自然に曲を表現したかったからです。
一方、2024年の「Disease」では録音した声を加工し、叫び声まで切り取って曲に組み込みました。

自然な歌い方を求めた人が、なぜ声を細かく加工したのでしょう。
本人の話をたどると、ガガには一つだけを「本来の声」と決められない理由があります。
2008年のデビュー時から、彼女は一種類のポップスだけを作るつもりではなかったのです。

2008年――「Just Dance」の声は、リズムまで作っていた

「Just Dance」を含むデビューアルバム『The Fame』は、電子的な音を使ったポップスでガガを広く知らしめました。
声もその音の中へ入ります。
ミックスを担当したロバート・オートンは、まずガガの歌を聴き、歌詞と旋律、歌い方のリズムを確かめてから仕上げたと説明しています。
「dance」のような言葉は、少し遅れて繰り返す処理も加えました。
歌う声と言葉の反復が、曲を踊らせる音になっています。

だからといって、ガガ自身が電子音楽以外を捨てたわけではありません。
『The Fame』発表当時の取材で、彼女は何年もかけて作った曲がそれぞれ異なる時期の自分から生まれたと話し、アルバムを電子ポップだけに限定したくなかったと語っています。
別の取材では、デビュー前からジャズクラブに通った記憶も話しました。

のちにジャズへ進んだことを、ポップスターが初めて「本当の歌」を見つけた話にすると、この出発点が消えてしまいます。
最初から、リズムの中へ入る声と、ほかの歌い方の両方が彼女の関心にありました。

2011年、Good Morning Americaで「Bad Romance」を歌うレディー・ガガ
2011年、Good Morning Americaで「Bad Romance」を歌うレディー・ガガ。
写真:TJ Sengel / CC BY 2.0

2014年――ジャズは新しい衣装ではなく、子どもの頃からの歌だった

ベネットとの『Cheek to Cheek』で歌ったのは、自作のヒット曲ではなく、何人もの歌手が歌ってきたジャズのスタンダードです。
ガガは13歳からジャズを歌い、母親がかけたビリー・ホリデイや、自分が見つけたエラ・フィッツジェラルドに親しんだと振り返っています。
ベネットとの共演は、流行に合わせて別のジャンルを試すだけの仕事ではありませんでした。

「Anything Goes」でベネットと歌うとき、ガガは外見や振り付けから離れ、歌の抑揚へ集中したいと話しました。
ベネットも、彼女が言葉を即興的に運ぶ力を評価しています。
2008年の曲では声の断片までリズムに合わせて整えたのに対し、この作品では、共演する相手と歌うその場で言葉をどう運ぶかが前に出ます。

2015年、Cheek to Cheekツアーのロンドン公演で歌うレディー・ガガ
2015年、Cheek to Cheekツアーのロンドン公演で歌うレディー・ガガ。
写真(元写真をトリミング・回転・色調整済み):marcen27 / CC BY 2.0

2016年――「素の声」に寄せても、電子音は消さなかった

『Joanne』では、さらに自分の経験を歌の中心へ置きました。
制作したマーク・ロンソンによると、ガガは二人の仕事が始まる時点で、アルバムがどんな音になるか決めていませんでした。
マリブのスタジオに入った初日に作った表題曲は、本人がアルバムの核と捉えた歌です。
自分の家族や生活に関わる題材を、ピアノやギターのある編成で歌うようになります。

題材を選ぶ段階でも、ロンソンは、そのときの生活や頭の中にあることを書いてみようと勧めていました。
先に音の型を決めるより、歌いたいことを持ち寄る作り方です。
多くの演奏家が参加しても、ロンソンはガガの歌と曲作りが作品を一つにまとめていると考えていました。
素朴な楽器の響きだけでなく、本人の言葉が制作の中心にあることを重視していたのです。

ロンソンは完成した歌を、以前よりむき出しに聞こえると評しました。
ただし『Joanne』は、昔の録音方法へ単純に戻した作品でもありません。
ロンソンは、アナログの響きに浸りきるところを、共同制作者のブラッドポップが現代的な音へ引き戻したとも語っています。
ガガの声を近く感じさせるために、電子的な制作をすべて排除したわけではなかったのです。

「Million Reasons」も、その頃の歌です。
クラブで短い言葉を反復させた「Just Dance」とは、声が担う仕事が違います。
ここで大切なのは、声の加工が減ったから初めて正直になった、という評価ではありません。
ガガが自分の経験を題材にし、その言葉を前に置く作品を選んだことです。

2018年――映画では、歌手ガガの声を別の人物へ渡した

映画『アリー/スター誕生』では、ガガはまだ広く知られていない歌手アリーを演じました。
ガガの希望で歌う場面は撮影中に実際に歌い、観客には有名な歌手ガガとは違う人物の物語へ入ってほしかったと本人は話しています。

「Shallow」は、アリーが大きな舞台に立つ曲です。
本人同士で歌ったベネットとのジャズから、映画の人物として歌う仕事へ、声を置く場所が変わりました。

同じ映画でも、2024年の『ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ』では求められる人物の声が異なります。
「Shallow」と別の役に合わせた歌い方は、レディー・ガガの歌い方で詳しく扱っています。

2020〜21年――ダンス音楽とジャズを、どちらも続けた

映画の後も、ガガは電子音から離れ続けたわけではありません。
2020年の『Chromatica』では電子的なダンス音楽を作り、アリアナ・グランデと「Rain On Me」を歌いました。
ジャズや映画を経験した後に、踊る曲も自分の作品として選んでいます。

翌2021年には、ベネットとの二作目のジャズアルバム『Love for Sale』を発表します。
ガガによれば、ベネットは前作の成功後すぐに、コール・ポーターの曲だけで次のアルバムを作ろうと誘いました。
彼女は、ベネットとの共演が一人で録音ブースに立つ自信も与えてくれたと話しています。

このアルバムには、ガガが一人で歌う「Do I Love You」もあります。
ベネットと歌う喜びは、相手が隣にいる時間だけにとどまりませんでした。
自分も一人の表現者としてスタジオで歌を決めてよいのだと、改めて感じられたのです。
2014年から続いた共演は、ジャズの曲目を増やすと同時に、自分の歌を信じる支えにもなりました。

2024〜2025年――「Disease」は、声を曲の音の一部にした

「Disease」は、サーキットが用意したリズムやベースの音から制作が動き出しました。
ただ、ガガはその音を聴いて、大きなサビには和音の進み方も必要だと考え、ピアノに向かいます。
そこで歌の形を作ると、今度は伴奏をその曲に合わせて組み直しました。
電子音を先に置いた曲でも、歌と伴奏の関係は固定せず、行き来しながら決めていたのです。

「Disease」の制作では、ガガは録音した声の広がりを加工し、自分の声と伴奏が一体になるようにしたと説明しています。
叫びや短い声も別に録り、プロデューサーのサーキットが切り取って曲に使いました。
ジャズで抑揚に集中した人が、今度は言葉にならない声まで自分の作品の材料にしたのです。

仕上げも簡単ではありませんでした。
ガガによると、「Disease」は40回ほどミックスを重ねています。
温かく柔らかい音にすると、曲が持つ制御しにくい感じが弱まる。
彼女が欲しかったのは、歌う人が今にも爆発しそうな感覚でした。
加工は生歌を隠すためではなく、その曲で伝えたい緊張を声で作る選択でした。

2025年の『Mayhem』について、ガガはかつての自分らしいポップスへ向かうことを長く恐れていたと振り返り、今回は一つのジャンルに自分を閉じ込めずに作ったと話しています。
アルバムには「Disease」の暗い電子音だけでなく、ブルーノ・マーズと歌う「Die With a Smile」のようなバラードもあります。
別の取材では「Killah」の声を、これまでにないほど自信があると感じたとも語りました。

その自信は、制作への入り方にも表れています。
本人は『Chromatica』を作ったとき、自分の判断を何度も疑っていたと振り返りました。
『Mayhem』では、ギターやベース、シンセサイザーをどんな音にしたいか、より明確な考えを持ってスタジオに入っています。
少人数の共同制作だからこそ、自分で方向を示す役割も大きくなりました。
「Disease」で加工を選んだことも、歌声を周りの音へどう置きたいかを、本人が具体的に考える制作の中にあります。

ジャズでは共演者の音を受けて言葉を運び、映画では別の人物の気持ちを歌い、スタジオでは声を電子音と組み合わせる。
場面ごとに声の置き方は違っても、どの表情を作品に残すかという選択は続いています。
ベネットに支えられた自信も、自分で音を決める手応えも、その選択を広げてきました。
ガガの歌声をたどる面白さは、一つの完成形へ近づくことより、曲に必要な声を選べる場面が増えていくところにあります。

2026年11月のシンガー人気投票。投票期間は11月1日〜11月30日。11月の投票はこちら。

こちらの記事もおすすめ

コメント

タイトルとURLをコピーしました