もんたよしのりの歌い方・発声|ハスキー声を晩年まで「作り直した」理由

2023年のインタビューで歌声について語るもんたよしのり もんたよしのり

もんたよしのりさんの歌声を語ると、必ず「喉をつぶして作った」という逸話へたどり着きます。
けれども、その話だけでは半分しか見えていません。

本人は70代になってから、若い頃より発声と身体づくりへ厳しく向き合い、「新しい自分が出来上がってきた」と話していました。
亡くなる約2カ月前のライブ後にも、声量と体力を保つため毎日取り組んできた成果を喜んでいます。

つまり、あの声の面白さは、一度だけ無茶をして手に入れたかすれではありません。
意図的に得たと伝わる荒い音色を、古いR&Bへの好み、高い音域、言葉の届き方、晩年まで続いた手入れによって、何十年も「もんたの歌」に作り直したところにあります。

声をつぶした逸話は、完成ではなく出発点だった

もんたさんは、高校時代から神戸・三宮のダンスホールへ出入りしていました。
丸刈りの高校生が大人たちの踊る姿を隅で眺め、先輩バンドの欠員をきっかけに初めて人前で歌った場所です。

一方で、後に代名詞となるしゃがれ声は、波止場や自宅で大声を出して得たものだと伝えられています。
きれいな高い声へのコンプレックスから、リズム・アンド・ブルースを歌える声を欲したという話も広く残りました。

ここだけを切り取れば、喉を荒らすことが個性を作る近道に見えます。
実際、あの声に衝撃を受け、「きれいに歌わなくてもよいのだ」と自由になった聴き手がいる一方、自分も喉をつぶして近づこうと考えた人もいました。

しかし、声を傷める行為と、歌として長く使えるハスキーな音色は同じものではありません。
痛みや強いかすれは技術の完成ではなく、声が正常に働いていない可能性を知らせるサインです。
もんたさん本人の逸話は生き方を示す事実として読めても、再現手順として受け取るべきものではありません。

「ダンシング・オールナイト」は、かすれを外してもかなり高い

あの曲をカラオケで歌うと、しゃがれ声を真似する前に高さで苦しくなる人が多いはずです。
音域を調べた第三者の分析では、最低音はmid1G、最高音はhiCとされ、hiCが一度だけでなく複数回現れます。

男性曲としてはかなり高く、Aメロにも中高音が多い構成です。
サビで突然一声だけ高くなる曲ではないため、最初から高い場所で声を使い続けなければなりません。

ここで重要なのが、もんたさんの声を「低くてガラガラした声」とだけ捉えないことです。
音色は太く荒れて聞こえても、メロディーはかなり高い位置を進みます。
暗い質感と高い音程が一つの声に同居するため、最初の一声から耳をつかむのです。

ハスキーさを強くしようとすると、多くの人は息を余分に吐き、音程を保てなくなります。
反対に、高音だけをきれいに当てようとすると、曲が持つ夜の湿度や切実さが薄くなります。
もんたさんの個性は、荒い声か高い声かの二択ではなく、その両方が崩れず一つのメロディーを運ぶところにありました。

マイクを手に歌うもんたよしのり

かすれているのに言葉が消えないのはなぜか

発声を扱う第三者の記事には、息の成分がハ行のように聞こえる箇所が多い一方、サビでは歌詞の輪郭がはっきりするという見方があります。
専門用語を抜きにすると、「ザラザラしているのに、何を歌っているか分からなくならない」ということです。

息だけが増えた声は、マイクへ近づけても子音がぼやけます。
もんたさんの歌では、かすれが曲全体を包みながら、伝えたい言葉の始まりには輪郭が戻ります。

曲作りの順番も、この特徴を理解する手掛かりになります。
親しい相手に制作中の曲を聞かせた時、まだ歌詞がない状態で、意味を持たない音を使いながらメロディーを先に伝えていたという証言があります。

言葉が完成する前から、声の上がり下がりやリズムで歌の気持ちを作っていたわけです。
だから完成後も、歌詞を朗読するように均等には置きません。
旋律の大きなうねりの中で、必要な言葉だけが前へ浮かびます。

大友康平さんの歌い方も荒い声で言葉を届けますが、大友さんは最初の一声から客席を大きな熱へ巻き込むタイプです。
もんたさんは、夜の暗がりから声がにじみ出て、サビの言葉だけが急に近づくような距離を作ります。

最新のブラスを断った選択が、歌声の居場所を決めた

「ダンシング・オールナイト」は、当時のヒットメーカーによる洗練されたブラス編曲で世に出る可能性がありました。
ところが、もんたさんはその案を聞き、「絶対にこれで歌いたくない」と抵抗したと振り返っています。

求めたのは、もっと古く、キャバレーで鳴っていたような響きでした。
高校時代に通ったダンスホール「宝石」の、ミラーボールの下で大人たちが踊る記憶が、その選択につながっています。

この判断は、声の個性を考えるうえで欠かせません。
しゃがれ声は単独で存在する特殊効果ではなく、古びた照明、夜の空気、バンドのうねりの中で初めて居場所を得たからです。

きれいな声を荒く変えただけなら、一曲の話題で終わっていたかもしれません。
自分の声に合う音楽の景色まで選び抜いたことで、音色と曲が切り離せない記憶になりました。

もんたさんは「最後のチャンス」だったこの曲を、売れそうな最新型へ寄せるより、自分が音楽を始めた場所へ戻しました。
未来へ進むために、いちばん古い記憶を選んだ。
そこに、あの歌が流行歌で終わらなかった理由があります。

晩年の声を支えたのは、無茶ではなく毎日の管理だった

2020年からライブ活動が止まると、もんたさんは音楽が自分にとって栄養剤だったことに気づきました。
歌わない日々の中で年齢を実感し、自分の武器を失ったように感じたといいます。

再び歌へ戻る時に始めたのは、若い頃の無茶を繰り返すことではありませんでした。
発声からやり直し、さまざまな方法を考え、きちんと歌える喉と身体を作り続ける。
若い頃にさぼっていたことを、晩年には厳しく行うようになりました。

2023年8月のライブ後、本人は観客アンケートに声量への驚きが多かったことを喜びました。
そのうえで、声量と体力の維持へ毎日励んできた甲斐があったと記しています。

亡くなる直前の公演についても、以前以上に声が出て力があったと家族から伝えられました。
70代の歌声は、若い頃のかすれを偶然保存したものではありません。
一度失いかけた音楽との関係を、日々の手入れによって結び直した声でした。

晩年のステージで歌うもんたよしのり
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旅先で通じたのは、ものまねできない部分だった

もんたさんは世界各地を旅し、言葉の通じない土地でも歌うことで人々と交流したと話しています。
泊めてもらうために歌うと、怪しい人物ではないと分かってもらえたという、本人らしい笑い話も残しました。

そこでは日本語の歌詞も、「ダンシング・オールナイト」という知名度も保証になりません。
それでも声を出す行為そのものが、相手との距離を縮めました。

この話を知ると、ハスキー声の見え方が少し変わります。
かすれの量や最高音は目立つ特徴ですが、最終的に人へ届いたのは、目の前の相手と関係を作ろうとする歌でした。

世良公則さんの歌い方では、一語を身体から投げるような瞬発力が前面に出ます。
もんたさんの場合、先に旋律のうねりがあり、その中へ相手を招き入れるように言葉が現れます。
同じハスキーなロックボーカルでも、熱の届け方は一つではありません。

もんたよしのりを理解する鍵は、傷ではなく更新にある

もんたよしのりさんの歌い方は、意図的に得たと伝わるしゃがれ声から始まりました。
しかし、それだけで50年以上歌えたわけではありません。

かなり高い音域を保ち、かすれの中から言葉を浮かべ、古いR&Bやキャバレーの響きに声の居場所を作る。
さらに70代では、若い頃以上に発声と身体づくりへ向き合いました。

表面だけを真似して喉をこするほど、もんたさんの歌からは遠ざかります。
参考にできるのは、自分の声が最も生きる音楽の景色を選び、年齢や状況が変わるたびに歌える身体を作り直した姿勢です。

強いかすれや痛みが出た場合は歌唱を中止し、話し声の異常が続くなら耳鼻咽喉科などへ相談してください。
高音で声がかすれる原因も、ハスキーな音色と不調を混同しないための参考になります。

若い頃の声が、再デビュー、再結成、晩年の発声のやり直しを経てどう変わったのかは、もんたよしのりさんの歌唱変遷で詳しくたどります。

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