エド・シーランの歌声の変遷|弾き語りの青年が、悲しみも喜びも大勢と歌うまで

2013年、シドニーでのエド・シーラン エド・シーラン
Eva Rinaldi / CC BY-SA 2.0

2011年の「The A Team」と、2014年の「Sing」。この2曲の声を思い浮かべると、エド・シーランを「優しい弾き語りの歌手」と呼ぶだけでは足りないことが分かります。
柔らかく物語を伝える歌から、細かなリズムと高い裏声で盛り上げる歌へ。ヒット曲を重ねる中で、声を使う範囲も広がりました。

けれども、大きな会場で歌えるようになったあとにも、人前で歌うのが難しい曲は現れます。
エドの変化をたどると、表現の選択肢を増やすことと、自分の経験を歌にして人へ届けることの、両方の難しさが見えてきます。

2011年――穏やかな声で、厳しい暮らしを語った

エドが多くの人に知られるきっかけになった「The A Team」は、2011年のデビューアルバム『+(プラス)』の代表曲です。
アコースティックギターを中心とした伴奏に、柔らかな歌声。大声で注意を引くというより、親しみやすい旋律に乗せて、ひとりの女性の暮らしを語っていきます。

優しい音楽に聞こえても、描いているのは困難な状況にある人です。
気持ちよく口ずさめる曲の中に、簡単には受け流せない話が入っていたのでした。声の柔らかさを、悲しい内容を伝える歌にも使っていたのです。

この時期のエドを、最初から完成した美声の持ち主として見るのは、本人の自己紹介とは少し違います。
2014年にはテレビ番組で、まだ音程がおぼつかない若いころの録音を自ら披露し、その後に練習したのだと話しました。過去の録音も示しながら、今の歌声に至るまでの積み重ねを語ったのです。

プロとして広く知られる前から、エドは小さな会場で数多くの演奏を重ねていました。
やがて大きな会場へ移っても、ギターを持った一人の歌手が目の前の人に歌う、という姿は彼の大切な特徴として残ります。

2014年――弾き語りのイメージから、高い裏声へ

2作目の『×(マルティプライ)』では、その姿のまま歌える音楽を広げました。
ファレル・ウィリアムスと作った「Sing」は、歯切れよく進む歌と、高い裏声のサビが強く印象に残る曲です。『+』の静かな曲から続けて聴くと、声の明るさもリズムへの乗り方も、はっきり違います。

エドは当時、ファレルとの制作で、アコースティックな曲を書く人という枠にとどまる必要はないと学んだ、と説明しています。
ギターから生まれたラブソングでも、電子的な音と混ざれば別の面白さが出てくる。それまでの自分を捨てるのではなく、自分の歌がどこまで変われるかを試したのです。

一方で、同じアルバムは静かな「One」で始まります。
エドはこの曲を、前の作品と新しい作品をつなぐ曲として選びました。派手な声を使えるようになっても、以前からの柔らかな歌を古いものとして片づけてはいません。

「Sing」の細かな言葉と長く伸ばす裏声が、どう一曲の中で役割を分けているかは、エド・シーランの歌い方で詳しく扱っています。

2015年6月、バンクーバー公演の大型スクリーンに映るエド・シーラン
2015年6月、バンクーバー公演の大型スクリーンに映るエド・シーラン。写真:Matt Boulton / CC BY-SA 2.0

2015〜2017年――会場も録音も大きくなり、歌を試す場所が増えた

2015年には、エドはウェンブリー・スタジアムで、一人の演奏による3公演を行いました。
ギターや声をその場で録音し、繰り返す音に演奏を重ねるループの仕組みが、大会場でも彼の歌を支えます。歌い手の人数を増やさずに、伴奏や声の厚みを作っていたのです。

2017年の『÷(ディバイド)』の制作では、自宅にも録音環境を整えました。
担当エンジニアのジョー・ルーベルが重視したのは、エドが歌おうと思った瞬間に録音できることでした。機材の準備で待たせず、思いついた音をすぐ形にしていきます。

本人の頭の中には、まだ周囲に見えていない曲ができていることもありました。
伴奏の断片を録っている段階では、ルーベルにも、どういう曲になるか分からない。それでもエドが歌い始めると、曲の全体像が分かるのだといいます。リズムや楽器の断片を、歌の旋律と言葉が結びつけていたのです。

「Shape of You」のようにリズムを前に出す曲も、「Perfect」のように旋律をじっくり歌う曲も、このアルバムに入りました。
静かな歌を大きな声に置き換えたというより、エドは、曲の中で声をどう動かすかを選べる歌手になっていきました。

2023年――歌い慣れた人にも、初めて歌うのがつらい曲がある

『−(サブトラクト)』では、エドが歌う内容に、身近な喪失の経験が深く入ってきます。
制作を共にしたアーロン・デスナーは、ギターと声がよく伝わるよう、音を詰め込みすぎない構想を持っていました。繊細な歌に、必要な伴奏を考える制作です。

その中でもポップな仕上がりの「Eyes Closed」は、以前に書いた別れの曲を、周囲で起きた悲しい出来事のあとで作り直したものでした。
外へ出ると、もう会えない人にまた会えそうな気がしてしまう。2023年版の歌には、そうした気持ちが込められています。

曲調だけなら、体を揺らして一緒に歌える曲です。
けれども本人は、書くこと以上に、初めてライブで歌うことが難しかったと話しています。大勢の前で歌ってきた経験があっても、親しい人を亡くした気持ちを初めて歌う難しさまでは消してくれませんでした。

発売後、曲が聴き手にも親しまれると、本人の受け止め方は変わりました。
自分だけの曲ではなく、みんなの曲になったことで、歌との関係が違ってきたのです。「The A Team」で他者の暮らしを伝えていた青年が、ここでは、自分の喪失を人前で歌い直しています。

この時期にエドが語ったのは、歌うときの感情の変化です。
歌える音の種類を増やしてきた人が、今度は、自分の悲しみを込めた曲をどう人前で歌うかに向き合っていました。

2018年、ミネアポリスのUSバンク・スタジアムで歌うエド・シーラン
2018年、ミネアポリスのUSバンク・スタジアムで歌うエド・シーラン。写真:Erin McCormack / CC BY 2.0

2025年――知らない響きにも、親しみを見つけた

2025年の「Azizam」では、軽快なリズムに乗せて、愛しい人を呼ぶ言葉を繰り返します。
「Azizam」はペルシャ語の愛情を表す呼びかけです。共同制作者のイリヤ・サルマンザデとの仕事を通して、ペルシャの音楽と、エドに親しいアイルランドの音楽との共通点を探ったことから生まれました。

エドは、これまで作ってきたものとは違うのに、親しみを感じる曲だと話しています。
目指したのは、パーティーのような雰囲気。言葉を何度も繰り返す明るい歌には、聴き手をその場へ誘う分かりやすさがあります。

同じ2025年、ボストンの小さなパブでは、彼が仲間とアイルランドの歌を演奏すると、客同士が向き合い、一緒に歌う場面もありました。
スターを見るために集まった人たちが、自分たちでも歌を楽しみ始める。大規模なヒットを重ねた歌手が、小さな場所でも求めていた音楽の楽しさです。

多彩な声で、自分の経験を歌えるようになった

初期の「The A Team」は、柔らかな声で言葉の向こうにいる人を想像させました。
「Sing」では、高い裏声と細かなリズムを使い、ギターの弾き語りに抱かれていたイメージを広げます。『÷』の時期には、踊れる曲も大きなバラードも、自分の歌として届けるようになりました。

そして「Eyes Closed」では、人前で歌うつらさが、聴き手に曲が届くことで変わっていきます。「Azizam」では、新しい響きを楽しみながら、みんなで歌える言葉を繰り返しました。

録音の編成も曲調も違うので、初期と後年を声の大きさだけで比べることはできません。
それでも、穏やかに語る声、高く弾む声、悲しみを抱えて歌う声を、エドが持ち歌の中に増やしてきたことはたどれます。静かな曲からにぎやかな曲へ一方向に進んだのではなく、どちらにも自分の経験を込められる歌手になっていったのです。

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