2024年の「WE PRAY」で、クリス・マーティンは曲のすべてを自分一人で歌おうとしませんでした。
争いの中にいる人々も同じことを祈っている、という思いから生まれた曲です。
異なる地域や言語の歌手にも歌ってほしいと考えました。
声を聞けばColdplayだと分かる歌手が、なぜ一人で歌う形を選ばなかったのでしょうか。
2000年の「Shiver」でバンドの目印になった声は、2008年には低く歌われ、別の曲ではギターの後ろに置かれました。
2014年には加工され、2019年発売の作品には近くで録った歌もあります。
声を変え続けたというより、一曲ごとに声の役割を選び直してきた。
その道筋をたどります。
2000年|「Shiver」で聞き分けられる声になった
デビュー作『Parachutes』の頃、音楽記者マイク・メトラーは「Shiver」と「Yellow」の静かな部分で揺れるクリスの裏声に注目しました。
そこからバンドの音が力を増していく対比も、初期のColdplayを聞き分ける手がかりだったと記しています。
一人の歌手の声とバンドの演奏が、互いを目立たせていました。
クリスは当時、よい曲を書けたと思って立ち止まるより、次の曲を探し続けることを自分たちの強みとして話しています。
その後の作品では、同じ声を違う高さや響きで聞かせる曲が生まれます。
その土台になる考えは、初期の取材ですでに語られていました。
クリスは、よい録音では音が曲に合っていると考え、優れた電子音でも、その曲に必要がなければ意味がないと説明しています。
あとから音を足すこと自体が目標だったわけではありません。
何を聞かせるべき曲なのかを先に考える姿勢が、後年の声の選び方にもつながって見えます。
「Shiver」の一回の歌を録音の中でどう生かしたかは、クリス・マーティンの歌い方で詳しく扱っています。
ここでは、聞き覚えのある声を新しい曲の中でどう使い直したかを見ていきます。

写真:fibercool / CC BY-SA 2.0
2008年|低く歌う曲と、ギターに埋める声
アルバム『Viva la Vida or Death and All His Friends』を作る際、クリスは公演に足りない曲を考えていました。
大きく、重く、感情的な音が欲しい。
みんなで歌える曲も、低く歌う曲も欲しい。
すでに知られた声を、新しい曲へどう置くかという課題です。
公演の曲順では、昔の曲と新曲をどう組み合わせるか、街ごとに何が響くかまで考えていました。
クリスは、ライブがよくなると思えなければアルバムを完成させなかったとも話しています。
低く歌う曲や合唱できる曲を求めたのは、作品の色数を増やすためだけではありません。
聴き手が一晩を過ごす中に、まだ足りない場面を作ろうとしていたのです。
同じアルバムに入った「Yes」と、後に続く隠し曲「Chinese Sleep Chant」は、その答えを二通りに分けています。
ドラマーのウィル・チャンピオンによると、「Yes」ではクリスがそれまでより低く歌いました。
「Chinese Sleep Chant」では残響を強くかけ、声をギターの後ろへ埋めています。
前者は歌う高さを、後者は声が聞こえる位置を変えたのです。
ウィルが着目したのは、クリスの声がすぐ本人だと分かることでした。
その特徴を消すのでなく、低い声や楽器に溶ける声を使って曲全体の印象を変える。
初期に手がかりとなった裏声を、すべての曲の真ん中に置く必要はなくなりました。
2011年|自分以外の声が曲を変える余地を作る
2011年の取材で、クリスは2005年の『X&Y』を振り返り、当時は音の大きさを追い、録音ソフトに頼りすぎたと話しました。
前作では曲の細部まで決めてブライアン・イーノに持ち込んでいましたが、『Mylo Xyloto』の制作でイーノは、クリスにしばらく離れるように言います。
一人の考えよりバンドの化学反応を生かすためです。
イーノはクリス以外のメンバーと一人ずつ作業し、それぞれに新しい音を探させました。
イーノが参加してからは、朝に全員で古いゴスペルを伴奏なしで歌う時間も持ったと、クリスは振り返っています。
その変化が一曲の中で形になったのが、リアーナとの「Princess of China」です。
最初はメンバーが輪になって演奏するアコースティックな曲でした。
クリスはスタジオでリアーナにピアノを弾いて聞かせた後、彼女の好きな歌い方をしてほしいと伝えます。
曲をクリスの声に合わせて完成させるのではなく、別の歌手が入って変わる余地を残したのです。
これは「Yes」のようにクリス自身の音域を変えた話ではありません。
声の持ち主が誰かすぐ分かるバンドで、その人が曲のすべてを決めないという選択です。
2024年の「WE PRAY」での選択と並べると、自分以外の声を曲に迎える形も変わっています。
2014年|「Midnight」では声の音そのものを変えた
「Midnight」の出発点は、発売より前の2011年でした。
ジョン・ホプキンスが未完成の電子音楽をクリスに聞かせると、クリスはマイクを取り、リック・シンプソンがヴォコーダーを設定しました。
加工された声を使う曲の基本が、その場で生まれたとホプキンスは振り返っています。
ここでは、クリスが作った曲へ電子音を飾りとして加えたのではありません。
別の音楽家が持っていた未完成の音を聞き、そこに自分が歌える場所を見つけました。
声を録ってから変えるだけでなく、加工された声で試すことが、歌の形を決める作業の一部になっています。
ホプキンスとシンプソンのいる場で生まれた、共同制作の歌だったのです。
2014年の『Ghost Stories』に入った「Midnight」について、クリスは声を変わった音にする方法を探していて、この曲ではそれがうまくいったと説明しました。
歌詞が聞き取りにくいことは認めながらも、言葉を実際に歌っているとも話しています。
2008年の「Yes」では本人が低く歌い、「Chinese Sleep Chant」では声を楽器の後ろへ置きました。
「Midnight」で変えたのは、声そのものの聞こえ方です。
けれどクリスは『Ghost Stories』を、大勢へ向けるより一人がもう一人へ話すような作品とも説明しています。
電子的に変えた声を、必ずしも人から遠いものとして使ったわけではありません。
2019年|「Daddy」では近くで録った声を使う
2019年発売の『Everyday Life』には、別の選び方もあります。
プロデューサーのリック・シンプソンとダン・グリーンを取材した音楽誌『MusicTech』は、「Daddy」と「Old Friends」を、近接マイクで録った歌声とアコースティック楽器を中心にした曲と伝えています。
声を不思議な音へ変えた「Midnight」とは、歌の録り方も伴奏の組み方も違います。
制作陣はアルバムの曲ごとに、何が自然に感じられるかを追ったと説明しています。
「Midnight」の加工をやめて初期へ戻った、という一方向の変化ではありません。
声を変える曲も、声と生楽器を近くに置く曲も、その曲が求める形によって選んだのです。

写真:Renhour48 / CC0
2024年|「WE PRAY」を自分一人の歌にしない
『Moon Music』に収めた「WE PRAY」には、Little Simz、Burna Boy、Elyanna、TINIが参加しました。
クリスはこの曲が、対立の中にいる人々が同じことを願っている、という思いから生まれたと説明しています。
異なる種類の人々についての曲だから、異なる人々に歌ってほしい。
自分一人で全節を歌うのは自然ではなかった、と本人が語りました。
2011年の「Princess of China」では、リアーナに自分の歌い方へ合わせるよう求めませんでした。
「WE PRAY」では、複数の歌い手が加わることが曲の題材とも結びついています。
曲を誰が歌うかまで、声の置き方の一部になったのです。
「Shiver」で際立った声は、そのまま一つの型になったわけではありません。
低く歌う、ギターの後ろに置く、電子的に変える、近くで録る、ほかの歌手に歌を託す。
声の特徴を残しながら、曲の中での役割を増やしてきたことが、クリス・マーティンの変遷です。

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