2019年、スティングはポリス時代の「Can’t Stand Losing You」を、自分の声でもう一度録音しました。元の曲は1978年の作品です。40年以上前の自分と比べられると分かっていて、なぜ歌い直したのでしょう。
本人は、若い頃より声の純粋さは薄れたが、いまの声には面白い倍音や豊かさがあると話しています。年齢による変化を、録音を避ける理由ではなく、同じ曲へ戻る理由にしたのです。その間に、三人組のロックバンド、ジャズの奏者との演奏、400年前の歌曲、故郷を舞台にした歌を通ってきました。声が単純に低くなったという説明だけでは、2019年の選択は分かりません。
1978〜80年|バンドの音の上へ、言葉を届ける
ポリスの初期作『Outlandos d’Amour』には、「Roxanne」と「Can’t Stand Losing You」が収められています。三人組の演奏で、スティングはベースを弾きながら歌っていました。
初期の声を「高く澄んでいた」とだけ覚えると、当時の歌い方の半分を見落とします。1980年の公演評では、高音域にかすれた響きがあり、フレーズの終わりを上向きに運ぶ歌い方が記録されています。高い音に、ざらつきと言葉の動きも重なっていました。
ずっと後の2021年、本人はロックバンドで高い音域を使った理由も説明しています。バンドの大きな音に埋もれず、声を客席へ届かせるためです。あの高さは、ただ若い頃に出せた音ではありません。演奏の中で歌を通す役目を担っていました。
1985〜93年|別の奏者と歌い、厚みを増した声に気づく
ポリスの活動からソロへ進んだ1985年、スティングは『The Dream of the Blue Turtles』で、ブランフォード・マルサリスらジャズの演奏家と組みました。本人は、新しい奏者と働くことで自分も試されることを望んでいたと語っています。同じ三人で作ればどんな音になるか予想できる。その安全な型から出たかったのです。
別の編成に移っただけで声質が一夜で変わったわけではありません。ただ、バンドの中で高音を通すだけではない歌い手の仕事が増えました。声そのものの変化がはっきり言葉になったのは、1993年の録音現場です。

『Ten Summoner’s Tales』を録音したプロデューサーのヒュー・パジャムは、ポリス初期の高い声に比べ、1993年の声には厚みが出たと話しました。理由を年齢だけには求めず、スティングが歌う技術を自分で磨いてきたことも挙げています。
パジャムはそれまで、スティングの声をうまく録れるマイクを見つけにくかったそうです。この作品では、新しいマイクなら声の暖かさと明瞭さを両立できると感じました。録音時にバンドと一緒に歌った声も一部残しつつ、主な歌はほぼ録り直しています。声の変化を感じた制作者が、演奏の勢いと、アルバムに残す歌を別々に見極めていたのです。
「Fields of Gold」は、この時期に生まれた曲です。ポリス初期の曲と並べるときは、高さだけを競わせるより、1993年にパジャムが「厚み」と呼んだ声を、スティング自身の新しい歌にどう収めたかが焦点になります。
2006年|人の書いた古い旋律に、息を合わせる
2006年の『Songs from the Labyrinth』では、スティングはリュート奏者エディン・カラマーゾフと、ジョン・ダウランドの古い歌曲を録音しました。自分で書いた曲なら歌いやすい形へ直す余地があります。しかし、すでにある旋律と言葉を歌うには、自分の息の入れ方を曲へ合わせなくてはなりません。
スティングは、オペラ歌手の声を真似するつもりではありませんでした。本人によれば、曲の言葉のつなぎ方がロックとは違うので、歌い方も少し変わります。声の指導をしたリチャード・レヴィットの助言も、どこで息を継ぎ、どこでは継がないかという具体的なものでした。
「Come Again」を含むこの作品は、年を重ねたから声を小さくした例ではありません。書かれた時代の異なる歌へ、自分の声をどう置くかを考え直した挑戦です。スティングは、当時の人々が小部屋で歌ったのではないかと想像しつつ、それを歴史的に証明できるわけではないとも認めています。古い歌を自分のものとして歌うための考え方だったのです。

2009年|低い声を探しても、高音を捨てない
続く『If on a Winter’s Night…』では、冬を題材にした歌や古い作品に取り組みました。この時期の本人への取材で「バリトンの段階へ入っているのか」と尋ねられると、低く暗い声の領域を探っていると答えます。同時に、高いCやDの音も維持しようとしていると話しました。
ここは「高音が出なくなったので低音へ移った」と読むと、本人の説明と逆になります。高い音を残しながら、低い音でも歌いたい。近くに置いたマイクなら、静かな低音も届けられるとスティングは考えていました。1978年にバンドの音の上へ声を通した歌手が、今度は小さく深く歌う方法も選べるようになったのです。
2013年|故郷の物語には、故郷の話し方を
『The Last Ship』は、スティングが育ったイングランド北東部ウォールズエンドの造船所を背景にした作品です。2013年、録音現場を訪れた公式サイトの記者は、いくつかの曲にスティングのジョーディー訛りが聞こえると報告しました。ジョーディーは、ニューカッスル周辺の話し方を指します。
訛りが初めて生まれたわけではありません。1980年の公演評にも、その片鱗は記されています。違うのは、故郷の街と人々を歌う作品で、その話し方が物語の一部になったことです。地元の言葉が分からない人もいるのでは、と聞かれた本人は、むしろ興味を持ってもらえると答え、用語集が要るかもしれないと笑いました。
ポリス時代には、バンドの音を越えて歌を伝えるため高い声を使った。ここでは、物語をどこから語るかを示すために、自分の土地の言葉を前に出しています。何を伝えるかが変われば、声に任せる仕事も変わります。
2019〜25年|若い声を再現せず、古い曲へ戻る
2019年の『My Songs』は、過去の曲をすべてゼロから録り直したアルバムではありません。以前の演奏を生かした曲も、新たに録った曲もあります。スティングが問題にしたのは、曲が古いことではなく、昔の録音方法や音作りが曲を一時代に閉じ込めてしまうことでした。公演のたびに曲の新しい表情を見つけるので、録音も今の形にしたかったのです。
「Can’t Stand Losing You」の『My Songs』版では、ツアーの仲間と一緒に演奏し、スティングもベースを弾きながら歌いました。1978年版と2019年版では、奏者も録音の仕方も異なります。その違いまで声の年齢だけで説明することはできません。ただ、若い自分の声を複製するのでなく、本人が豊かになったと感じる声で同じ曲へ戻ったことは確かです。
その後も「昔の曲」を完成済みの形に固定しませんでした。2025年発売の公式ライブ盤『STING 3.0 LIVE』には、ポリス時代の「Roxanne」とソロ時代の「Be Still My Beating Heart」をつないだ演奏が収められています。三人編成へ戻っても、1978年の録音へ巻き戻したわけではないのです。
ベースと歌の間をどう作るか、同じ旋律をあえて重ねるかという演奏上の工夫は、スティングの歌い方で詳しく扱っています。
声が変わるたびに、歌に別の役目を見つける
1978年の高い声は、バンドの中から言葉を届けるために働きました。1993年には制作者が声の厚みを感じ、2006年には古い歌曲の息づかいを学び、2009年には高音を保ちながら低音も探りました。故郷の物語では訛りを生かし、2019年には変わった声で初期の曲を歌い直しています。
だから、スティングの変遷を「高音が低音に置き換わった」とは言えません。声の変化を認めながら、その時々の曲に必要な伝え方を増やしてきたのです。2019年に40年前の曲を録音し直したのは、元の声を取り戻したからではなく、そこに当時の自分の声で歌う理由を見つけたからでした。

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