クリス・マーティンの裏声には、頼りなさまで伝わってくるようなところがあります。
細く揺れる裏声から、バンドの音と一緒に感情が膨らんでいく。その変化が、初期のColdplayを印象づけました。
初期のアルバムを録音したとき、作り手たちは、気になる一節があるからといって必ず直したわけではありません。
一曲を通してよく歌えたなら、そのときの歌を残す。2000年の「Shiver」には、そんな判断がありました。
クリスの歌い方を考えるうえで面白いのは、裏声の出し方だけでなく、その声で歌う一曲をどう生かしているかです。
細かな不揃いを残す録音から、声を大きく響かせる加工まで、彼の歌の表情を伝えるために何が選ばれてきたのでしょうか。
細く揺れる声から、バンドの音が大きくなる
デビューアルバム『Parachutes』の歌声には、裏声の高さに加えて、周りの演奏との対比にも特徴があります。
「Shiver」や「Yellow」で評価されたのは、静かな部分で裏声が揺れるところと、そのあとにバンドが力を増すところの組み合わせでした。
最初から最後まで、堂々とした声で押し通す歌とは違います。
声が細くなる場面があるからこそ、演奏が大きくなったときに、一人の気持ちまで膨らんだように受け取れる。
クリスの高音の魅力は、弱そうに聞こえる瞬間を含んだ、この落差にもあると考えられます。
静かな歌から強い演奏へ、一曲がどう進んでいくかを追うと、細い声も曲の中で大切な役割を持っていることが分かります。
ずっと力強く歌っていたら、この落差は小さくなってしまうでしょう。

「Shiver」は、何度も歌った中から一回を選んだ
『Parachutes』の共同プロデューサー、ケン・ネルソンは、「Shiver」の歌について、一回の歌唱を丸ごと採用したと説明しています。
ただし、最初の一回で完成したという意味ではありません。
クリスは複数回歌い、その中から選ばれた一回が、多少の欠点も含めて使われました。
録音では、何度か歌ったものから、冒頭はこちら、サビはこちら、とよい部分をつなぐこともできます。
それに対して、この曲では一回の歌を通して聴いたときのよさを優先したのです。
アルバム全体でも、クリスには、気になる一節があっても全体としてよい歌なら残そうとする姿勢があったといいます。
これは、雑な歌でも構わなかったという話ではありません。
何度も歌ったうえで、直す部分だけに目を向けず、一曲の中で気持ちがどう動いているかまで含めて選んでいる。
静かな部分の声と、そこから力を増していく歌が、同じ一回の歌唱としてつながっていることに意味があります。
細い声を聞くと、もっと強く安定させたほうがよい、と考えたくなるかもしれません。
けれど「Shiver」では、その声を出した瞬間から先へ続く歌まで、残す価値があると判断されたのでした。
高価なマイクより、本人が歌いやすいマイク
一曲の歌を生かすには、歌うときの本人の感覚も無視できません。
2015年の『A Head Full of Dreams』の制作では、そのことがマイク選びに表れています。
制作を担ったリック・シンプソンは、クリスの声を、生き生きと、人間味のある音で録りたいと考えていました。
さまざまなマイクを試して気に入ったものがあっても、クリスが手に取るのは、使い慣れたShure SM58ということがあります。
彼はマイクを手で持ち、自分の歌をスピーカーから聞きながら歌う感覚が好きだったのです。
手持ちで使う別のマイクを試しても、最後にはSM58へ戻りました。
理由の一つは、持ったときの重さがしっくりくること。
そのマイクで録った歌も、実際にアルバムへ多く採用されています。
声を録る側には、もっとよい音で残したいという希望がある。
一方、歌う側には、この持ち方、この聞こえ方なら歌に集中できるという感覚がある。
クリスの歌をよく録るには、機材だけを比べるのでは足りなかったわけです。
「Shiver」で一回の歌を残したこととも、ここはつながります。
細部を整える技術があっても、まず本人からよい歌が出てくることを大事にする。その順序が、録音の選択に表れています。
「Violet Hill」では、声だけを大きく響かせる
だからといって、クリスの歌がいつも加工を避けているわけではありません。
2008年の「Violet Hill」では、本人が歌の音をもっと刺激的に、違ったものにしたいと求めました。
ミックスを担当したマイケル・ブラウアーが使ったのは、声に残響や遅れて返る音を加える処理です。
部屋の中で歌うと声が響くように、録音した声にも響きをつけられます。
ここではほかの楽器に同じような残響をつけず、歌の声を大きな部屋で響いているように仕上げました。
伴奏にも歌にも響きを足せば、歌だけが目立つとは限りません。
声に響きを集中させたことで、ギターが強く鳴る中でも、クリスの歌を追えるようにしたのです。
終わりにはその響きも引き、歌とピアノが残る。大きく聞こえた声が、最後にはぐっと身近になります。
ブラウアーが目指したのは、伴奏の上に歌を乗せるだけで終わらず、聴き手が最初から最後まで歌い手を追える仕上がりでした。
クリスの声を大きく感じる理由には、本人の歌い方と、周りの音をどう整えたかの両方があります。
この時期には、低い声や、ギターに声を溶け込ませる方法も試しています。
その変化は、クリス・マーティンの歌声の変遷で詳しく追っています。

自分の録音が苦手でも、その歌は歌いたい
これだけ声の聞こえ方を考えてきたクリスですが、完成した自分たちの録音を聴くのは苦手だといいます。
2021年には、「The Scientist」の録音を、完成した当初はすばらしいと思っていたのに、あとから聴くとそう思えなくなる、と話していました。
それは、留守番電話に入った自分の声を聞くときの気まずさにも似ているようです。
ところが、その曲をもう一度演奏して歌うのは好きなのです。
残された自分の声を聴くことと、今その場で歌の中へ入っていくことは、本人にとって違っていました。
この話を知ると、クリスの歌を、完成した一音一音の美しさだけで捉えなくてもよくなります。
「Shiver」で残した一回の歌も、手に持つマイクへのこだわりも、本人がその曲を歌っているときのよさを録音へ持ち込むための選択でした。
「Violet Hill」では、声に響きを足すことが、歌の表情を届かせる方法になっています。
揺れる裏声をきれいに整えれば、それでクリスらしい歌が完成するわけではありません。
「Shiver」では静かな声から演奏とともに力を増し、「Violet Hill」では大きな響きから最後の歌とピアノへ戻ってくる。その変化を通じて、歌い手の気持ちについていけること。
クリスの歌には、一曲を通して声を追いたくなる魅力があるのです。
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