ジョージ・マイケルの歌い方|なめらかな声の中で、気持ちが変わる瞬間

「One More Try」は、もう恋で傷つきたくない人の歌です。
ところが、最後まで聴くと、その人が、もう一度だけ恋をしてみようかと思い始める。
ジョージ・マイケルは、その変化を、長く伸ばす題名の言葉に託しています。

ジョージの声は、なめらかで、よく伸びます。
でも、その心地よさに身を任せていると、言葉の中で起きている小さな心変わりを聞き逃すかもしれません。
どの言葉を強く歌い、どこを長く残し、相手との距離をどう感じさせるか。
彼の歌い方の面白さは、美しい声を保ちながら、そうした違いを細かく作っていたところにあります。

1987年のアルバム『Faith』に収められた「One More Try」は、その細やかさを知るのにぴったりの曲です。

最後の一言で、恋へのためらいが変わる

「One More Try」の主人公は、恋そのものを知らないわけではありません。
傷ついた経験があるから、次の相手にも簡単には近づけない。
愛情を受け入れることが、また苦しい思いをすることにつながりそうで怖いのです。

だから、最後にゆっくり歌う「One More Try」が効いてきます。
それまで拒んできた人が、もう一度だけ試してみようとする。
大きな決心を勢いよく宣言するというより、ためらっていた気持ちを、ようやく言葉にしたように受け取れます。

この終わり方は、彼の楽曲を扱ってきた音楽出版社のリチャード・マナーズも高く評価していました。
曲の最後の言葉によって、それまで歌ってきた内容に、もう一つの意味が生まれるのです。

ジョージの伸びる声は、ここでは声量を見せつけるための見せ場ではありません。
すぐには言えなかった言葉を、急いで終わらせずに歌うための声です。
題名を知っている曲でも、その言葉に至るまで何をためらっていたのかを追うと、結末の聞こえ方が変わります。

一つの言葉を、もう一度歌い直す

こうした細かな表情は、録音でも突き詰められていました。
1996年の『Older』を手がけたエンジニア、ポール・ゴマソールは、ジョージが歌いながら言葉や旋律を作り、一言だけをすぐに録り直したがったと振り返っています。
担当者は、その歌詞を初めて聞いたばかりです。
どの部分かと聞き返しているうちに、歌い手が試したかった瞬間を逃してしまう。
そこでジョージは、マイクのそばに録音機のリモコンを置き、自分で歌を差し替えられるようにしました。

気になった言葉に戻り、別の歌い方を、気持ちが動いているうちに試す。
録音を自分で操作する工夫にも、一言の表情をその場で確かめたいという、歌い手としての要求がありました。

そこでは、作詞と歌唱が、はっきり分かれた仕事になっていません。
言葉を書き終えてから表情をつけるのではなく、実際に声にして、言いたい気持ちに合うかどうかを確かめている。
ジョージの歌の自然さは、細部を気にしないおおらかさから生まれたものではなかったのです。

2006年、ミュンヘンの25 Liveツアーで歌うジョージ・マイケル
2006年、ミュンヘンの25 Liveツアーで歌うジョージ・マイケル。写真:Insasse / CC BY-SA 2.5

「Faith」と「Father Figure」で、声の距離が違う理由

言葉の表情を左右するのは、歌い方だけではありません。
声の後ろにどのくらい響きが残るかによっても、近くで話しかけられている感じや、広い空間で呼びかけられている感じが変わります。

『Faith』のエンジニア、クリス・ポーターによれば、同名曲でジョージが求めたのは、長い残響をまとわない、目の前に出てくるような声でした。
一方、「Father Figure」では、声の反復や残響の具合を整えてから、歌詞を書き、歌い始めていました。
どちらも同じ『Faith』の曲ですが、声を響かせる空間の作り方は違います。

録音した声に、あとから雰囲気を足しただけではありません。
ジョージ自身が、完成に近い響きをヘッドホンで聴きながら、その曲の言葉を歌っていました。
声を近く感じさせる曲では、その近さに合う言い方を探す。
響きが長く続く曲では、その響きの中で言葉をどう残すかを考える。
歌声と録音の工夫を、一緒に作っていたわけです。

なめらかな声という共通点があっても、毎回同じ柔らかさで歌っている、と受け取ると違いを見落とします。
「Faith」の直接的な感じと、「Father Figure」の包み込むような感じは、声の響かせ方まで含めて聴き分けたいところです。

ライブでも、強く歌う瞬間を残したかった

細部まで作り込んだ歌を、コンサートではどう届けるのか。
2006年に始まった「25 Live」ツアーで、ジョージは音響担当のゲイリー・ブラッドショーに、声を圧縮しすぎないでほしいと求めていました。
ここでいう圧縮は、大きな声を機械で抑え、小さな声との差を狭める処理です。

声量をそろえれば、客席で聞き取りやすくなります。
ただ、強く歌った瞬間まで同じ大きさに近づけすぎると、そこで歌い手が込めた勢いも伝わりにくくなる。
ジョージは、マイクとの距離を保って歌うから、どこで声の力を増すかを覚えてほしいと、担当者に伝えました。

ブラッドショーは、リハーサルの録音で歌の合図を覚え、本番では声量を調整するつまみから手を離さずに対応していました。
小さな声を聞き取れるようにしながら、強く歌う場面の迫力も保つ。
その加減を、歌い手と音響担当者が共有していたのです。

ジョージの歌は、ずっと同じ大きさで流れる、きれいな声ではありません。
強く言いたい言葉が来れば、声にも力が加わる。
その違いを、大きな声と小さな声をそろえすぎることで失わせたくなかったのでしょう。

2007年、アテネ公演で歌うジョージ・マイケル
2007年、アテネ公演で歌うジョージ・マイケル。写真:Ratracewi / CC BY-SA 4.0

作り込んだ歌も、一言の気持ちに戻ってくる

一部分だけを歌い直す録音と、その場で声の力を増すライブ。
作業は違いますが、どちらでもジョージが気にしていたのは、声の表情が聴き手にどう届くかでした。
なめらかに聞こえるようにすることと、すべての言葉を同じ調子で歌うことは、別の話なのです。

「One More Try」に戻ると、そのこだわりが分かりやすくなります。
曲の最後に残るのは、長い音を伸ばせる歌手への感心だけではありません。
もう傷つきたくないと思っていた人が、それでも誰かを信じようとする、その一瞬です。

ジョージの美しい声は、言葉を飾るだけのものではありませんでした。
一言を長く残したり、強く歌ったりすることで、主人公の気持ちが変わる瞬間を伝えていたのです。
恋へのためらいを歌っていた若い時代から、喪失を受け止める『Older』、オーケストラと歌う『Symphonica』へ、歌に託す感情の変化は、ジョージ・マイケルの歌声の変遷でもたどれます。

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