アデルの歌い方|強いサビの前にある、話しかけるような声

2016年、公演中のアデル アデル
Marc E. / CC BY 2.0

アデルの「Hello」は、サビだけでも強く印象に残る曲です。
けれども、最初から最後まであの勢いで歌っているわけではありません。
歌い出しには、久しぶりの相手へ言葉をかけるような、控えめな声があります。
この静かな部分から聴くと、サビの大きな声にも、そこまで強く訴えたくなる理由が感じられます。

アデルの歌の魅力は、声の大きさそのものより、言葉に合わせて気持ちの強さを変えるところにあります。
話しかける声、こらえきれずに強くなる声、きれいには整いきらない声。
2015年の『25』に収められた「Hello」を中心に、その違いが歌の中で何を伝えるのかを見ていきましょう。

「Hello」の小さな呼びかけが、サビを変える

「Hello」には、離れてしまった相手との距離を埋めようとする気持ちがあります。
アデル自身は、この曲を特定の元恋人だけに向けたものとは説明していません。
傷つけた人たちへの謝罪や、自分自身とのつながりを取り戻したい思いも含む歌です。
だから、冒頭の呼びかけからサビの訴えまで、何とか言葉を届けようとする人の歌としてたどれます。

制作に参加したグレッグ・カースティンへの取材では、歌い出しの親密さと、サビの圧倒的な大きさが対照的に取り上げられています。
最初の声が小さいから、ただ弱々しいというわけではありません。
大きく歌い上げる前に、まず一人の相手へ話しているような近さを作っています。
サビで声が強くなったときにも、その相手へ向けた歌だという感覚が残るのです。

もしサビの高音だけに注目すると、アデルがどこまで強く歌えるかを確かめる聴き方になります。
歌い出しから追えば、気になるのは、なぜこの人がここまで訴えているのかということです。
同じ強い声でも、その前に交わそうとした言葉があると、聴く側の関心が変わります。

2009年、ライブで歌うアデル
2009年、ライブで歌うアデル。写真:CHRISTOPHER MACSURAK / CC BY 2.0

憧れたのは、自分に向かって歌ってくれる声

アデルがエタ・ジェイムズを好きな理由にも、歌を誰かへの言葉として聴く姿勢が表れています。
2008年のインタビューで彼女は、エタの歌を聴くと、自分に向かって歌ってくれているように感じると話していました。
優れた声だという評価だけでなく、その人の言うことを信じてしまうほどの説得力に惹かれていたのです。

会ったこともない歌手なのに、その悲しさや願いを、自分と無関係な出来事として聞き流せない。
自分にも覚えのある気持ちが、目の前で歌われているように感じる。
アデルが憧れたのは、録音された歌でもそんな近さを感じさせる表現でした。

この話を踏まえると、「Hello」の静かな歌い出しも、派手なサビを待つためだけの部分ではなくなります。
アデルが何を話そうとしているのか、聴き手が気にかけ始める大事な時間です。
高音にたどり着く前から、もう歌の魅力は始まっています。

「Someone Like You」では、荒れた声を最後に残した

強く気持ちを伝える方法は、音量を上げることだけではありません。
2011年の「Someone Like You」には、声の滑らかさを優先しなかった制作の話があります。
共作者のダン・ウィルソンによると、録音の二日目にはアデルの声が前日よりざらついていました。
彼はその声で最後のサビを録り直すことを提案し、結果として、より胸に迫る歌になったと振り返っています。

この曲の主人公は、別れた相手が新しい生活へ進んだあとも、気持ちを手放せずにいます。
前へ進もうとしながら、なお以前の相手に似た誰かを求めてしまう。
ウィルソンが説明するこの割り切れなさを知ると、最後の声を端正にそろえることが、必ずしも正解ではないと分かります。

もちろん、声が荒れてさえいれば感動的になるわけではありません。
この歌では、気持ちを整理しようとしても整理できない人の言葉を歌っています。
滑らかに言い切れない声が、その言葉の切実さを伝える材料になったのでしょう。
「Hello」の強いサビとは別の方法で、歌っている人の感情を近くに感じさせます。

2016年、グラスゴー公演でのアデル
2016年、グラスゴー公演でのアデル。写真:marcen27 from Glasgow, UK / CC BY 2.0

自然に聞こえる声も、丁寧に仕上げている

こうした歌を聴いていると、マイクの前で歌った声が、そのまま作品になったように思えるかもしれません。
しかし「Hello」では、録音後の音の仕上げも、声をどう届けるかに関わっていました。
カースティンは、トム・エルムハーストが仕上げたミックスについて、温かく自然な歌声になったと評価しています。
響きの余韻も、主張しすぎないところを気に入っていました。

自然に聞こえることと、何も手を加えていないことは別です。
ここで大切なのは、処理の有無を見破ることではなく、言葉や声の表情が聴きやすいかどうかです。
歌い出しの小さな声も、サビの強い声も、同じ人が話し続けているように感じられる。
そのまとまりを保つために、歌い手の表現と録音の仕上げが働いています。

アデルが作品ごとに歌い方をどう広げてきたかは、アデルの歌声の変遷でたどっています。
初期の自作曲から、後年のコーラスや声の演じ分けへ進むと、一人で歌う声の中にもいくつもの選択があることが見えてきます。

大きな声になる前の言葉から聴く

「Hello」のサビが印象的なのは、その前に静かな呼びかけがあるからです。
「Someone Like You」の最後の声が心に残るのは、先へ進もうとしても進めない気持ちを、それまでの歌で知っているからです。
強さやざらつきだけを切り取るより、そこに至る言葉と一緒に聴くほうが、アデルの表現はよく分かります。

次に「Hello」を聴くときは、大きく歌い上げるサビと同じくらい、最初の控えめな声にも耳を向けてみてください。
相手に話しかけるところから、強く訴えるところまでを、一曲の中で歌っている。
アデルはその気持ちの動きを、声の強弱や、滑らかさとざらつきの違いで伝える歌手なのです。

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