アリアナ・グランデが映画『ウィキッド』でグリンダを演じると聞いて、あの高音があれば歌の心配はいらない、と思った人もいるでしょう。
力強い歌い上げも、笛のように細い高音も、以前から彼女の得意なものです。
ところが本人は、オーディションを受ける前から、役のための歌の訓練を始めていました。
すでに出せる高い音を、いくつか確認するだけでは足りなかったのです。
グリンダの声を作るために必要だったのは、音の高さに加えて、響きや揺れ方を変えることでした。
そして歌を完成させるには、アリアナ自身が気持ちよく歌えるかどうかだけでなく、この登場人物ならどう歌うかを考える必要もありました。
高い音が出ることと、その声で一曲を歌うこと
『ウィキッド』は、『オズの魔法使い』に登場する二人の魔女の、それ以前の関係を描くミュージカルです。
緑の肌を持ち、周囲から距離を置かれるエルファバと、華やかで人気者のグリンダ。
アリアナは、後に「善い魔女」と呼ばれるグリンダを演じています。
グリンダの歌には、クラシックを思わせる高い女声が必要な箇所があります。
たとえば、物語の冒頭の「No One Mourns the Wicked」。
ここでは、高い音に一瞬触れて戻るだけでなく、その響きを保ちながら旋律と言葉を歌っていかなければなりません。
アリアナは2025年の『Fresh Air』で、普段のポップスでは、強く歌い上げる声や、ホイッスルと呼ばれる非常に高い声をよく使うと説明しています。
グリンダに必要な歌い方は、そのどちらとも違っていました。
高い場所で鳴っているという共通点があっても、音色やビブラート、つまり伸ばした声の揺れ方が違うのです。
この違いは、最高音だけを並べても分かりません。
一曲の中で短い高音を華やかに加えることと、高い女声で長い旋律を歌い続けることでは、声に求められる仕事が違います。
アリアナは、グリンダの歌に合う響きを、いつでも使えるようにする必要がありました。
ポップスで実績のある歌手が、なぜ改めて練習したのか。
それは、自分に出せる音を増やすだけでなく、その役として一曲を歌える状態を作るためでした。

「アリアナらしく歌う」が、いつも正解とは限らない
アリアナは、長く一緒に仕事をしてきたヴォーカル・コーチのエリック・ヴェトロと、オーディション前から準備を重ねました。
ポール・メスカルとの対談では、声のレッスンと演技のレッスンを受けながら、テレビ番組『The Voice』の仕事もしていたと話しています。
歌のうまい有名人として出演するだけではなく、グリンダ役を得るための準備だったのです。
普段の曲なら、一つの母音にいくつもの音をつける細かな節回しが、アリアナらしさを伝えることもあります。
少し息を混ぜた柔らかい声も、リズムに細かく言葉を乗せる歌も、ポップスでは大きな魅力になります。
けれど映画では、その歌い方が、今のグリンダの性格や気持ちに合っているかを考えなくてはなりません。
聴き手がアリアナの歌唱力に感心することと、観客がグリンダの言葉として受け取ることは、同じではない。
歌がうまくなるほど、本人の得意な歌い方を使いたくなる場面もあるはずです。
そこで、登場人物を優先する判断が必要になります。
その判断がよく表れているのが、「Popular」です。
「Popular」で歌っているのは、友達への自信満々の助言
「Popular」の場面では、グリンダがエルファバを人気者にしてあげようと張り切ります。
髪型や振る舞いを教えれば、もっとみんなに好かれるはず。
友達を助けたい気持ちはありますが、どうすれば人に好かれるかは自分がよく知っている、という思い込みもあります。
だから、この歌には少しおかしなところがあります。
相手のために歌っているのに、話を進めるのはほとんどグリンダ自身。
自信たっぷりの助言が次々に続くことで、彼女の親切さと、自分を疑わない性格が一緒に見えてきます。
作曲家のスティーヴン・シュワルツは、映画化にあたってリズムを新しくする案があったものの、アリアナが原曲らしさを大切にしたと振り返っています。
彼女が気にしていたのは、変更が自分のポップスの歌い方に合うかより、グリンダの気持ちから出てくるものになっているかでした。
この前提で歌を聴くと、細かな言葉の運びにも役の性格が感じられます。
長く美しい声を聴かせたと思うと、すぐ次の助言を始める。
歌とおしゃべりの距離が近いため、グリンダが相手を説得しようと一生懸命になっている様子も伝わってきます。
映画冒頭の「No One Mourns the Wicked」で使う高いソプラノの響きだけを整えても、「Popular」のグリンダは完成しません。
得意そうに話し、ときには大げさに歌い、友達を自分の調子に巻き込む。
声の出し方と、言葉を口にする理由の両方がそろって、役の歌になります。

高音を披露する場所より、歌う理由を先に考える
「Popular」は、アリアナが持っている高音を控えめに使えばよかった、という話でもありません。
グリンダは、自分の得意分野について話すのが大好きな人です。
そこでは、声の華やかさや大げささも、彼女らしさになります。
大切なのは、高い音を入れるか入れないかを、歌手の見せ場だけで決めないことです。
人に好かれる方法を教えているグリンダが、すっかり調子に乗って歌い上げるなら、その高音には性格が表れます。
逆に、言葉を急いで続けるほうが彼女の気持ちに合うところでは、長く声を伸ばすより、その勢いを優先できる。
アリアナの器用さは、いろいろな声を出せることだけにあるのではないでしょう。
今、この人物にどの声が必要なのかを選べることにもあります。
ポップスの録音で自分の声を何度も重ね、細かく選んできた経験にも、その判断の積み重ねが見えます。
その歩みは、アリアナ・グランデの歌声の変遷で、デビュー期から録音の作り方までたどっています。
高音の得意な歌手が、別の歌い方を手に入れる
アリアナがグリンダのために鍛え直したのは、高い音を出す力だけではありません。
クラシックを思わせる響きで旋律を歌うことと、相手に話しかけるように言葉を歌うこと。
場面によって求められる歌を、同じ人物の声としてつなげる必要がありました。
「Popular」の愛らしさには、声の美しさに加えて、グリンダの性格が関わっています。
親切で、自信家で、少し押しが強い友達として歌っているからこそ、あの声がおもしろく聞こえます。
もともとの高音をさらに高くする道だけが、歌手の成長ではない。
すでに持っている声を、誰のどんな言葉のために使うか。
グリンダを歌うアリアナは、そこまで考えた歌い方を見せてくれます。
こちらの記事もおすすめ






コメント