稲垣潤一の歌い方・発声|「変な声」が都会のラブソングになった理由

石壁の前に立つ稲垣潤一 シンガー

稲垣潤一さんの歌声は、一声聞いただけで本人だとわかります。

しかし、本人はその声を最初から武器だと思っていたわけではありません。子どもの頃は自分の声が好きではなく、初めて録音を聞いたときには「変な声」だと感じたと話しています。

その声に、制作陣は別の価値を見つけました。高音の強さや正確さだけではなく、熱い恋愛を歌っても聴き手に迫りすぎない、取り替えの利かない響きです。

稲垣潤一の歌い方の核は、特殊な高音を出す裏技ではありません。個性の強い声を、歌の感情より前へ出しすぎないことです。

稲垣潤一自身は、その声を最初から好きではなかった

アマチュア時代のお手本は、ビートルズのジョン・レノンでした。その他にも60年代から70年代のロックやポップスを数多くコピーし、歌の基礎を作っています。

それでも、録音された自分の声は理想と違って聞こえました。声を作り替えたのではなく、バンド活動を続けるうちに、自分の声への違和感が薄れていったと本人は振り返っています。

この出発点は面白いところです。「稲垣節」は、理想の声を設計して手に入れた歌法ではありません。本人が欠点のように感じていた響きを、消さずに使い続けた結果、誰にも似ていない署名になったのです。

制作陣が見つけたのは、器用さより「代わりがいない」響き

27歳でデビューした稲垣さんには、当時としては遅いので売れない、自分で曲を作っていないので歌謡曲だといった声も向けられました。

それでも、デビューを手がけたディレクターは、この声を世に出せなければ仕事を辞めるほどの覚悟を持っていました。筒美京平さんもテープを聞き、F♯の音の響きを高く評価したと記録されています。

ここで評価されたのは、どんな曲でも同じように歌える万能さではなかったはずです。その声が乗った瞬間に、歌の景色が稲垣潤一の世界になることでした。

作詞家、作曲家、編曲家、演奏家がチームとなり、声に似合う都会的なポップスを作る。「自作曲でない」という弱点に見えた条件が、声を主役にした制作方法へ逆転しました。

デビュー前の稲垣さんは、英米のロックやポップスに親しみ、日本語の歌に積極的ではなかったといいます。
それがプロとして作品を重ねるうちに、日本語でしか描けない情景や距離感を意識するようになりました。

声を洋楽らしく加工するのではなく、日本語の歌詞が見せる街、雨、夏、別れへ、その声を置く。
稲垣潤一らしさは声質だけで完成したのではなく、声と日本語の風景を結びつける制作チームの発明でもありました。

スーツ姿で正面を向く稲垣潤一

ドラムボーカルは、歌を感情だけで走らせない

稲垣さんは、中学生の頃からドラムも歌もやりたくて、自然にドラムボーカルになりました。誰かの真似で始めたスタイルではありません。

歌いながら手足で別々のリズムを作るのは簡単ではなく、「僕ならばここにいる」の叩き語りには多くの練習が必要だったと本人も話しています。現在も、歌いやすさと叩きやすさを両立できるマイク位置は悩みの一つです。

この経歴を知ると、歌のリズム感が単なる装飾ではないことがわかります。メロディーを自由に引き伸ばすだけでは、ドラムの拍と共存できません。感情を込めながらも、歌が拍の上へ戻ってくる。その骨組みが、甘い声をただ柔らかいだけにしません。

もちろん、ドラマーであることだけから、すべてのフレーズの意図を断定することはできません。
ただ、歌いやすさだけでは決められないマイク位置や、叩きながら歌うための練習を本人が具体的に語っている以上、リズムと歌が別々に育ったわけではないことは確かです。

稲垣さんの歌を理解するときは、語尾の甘さだけでなく、その直前まで言葉がどの拍に乗っているかを見ると印象が変わります。
柔らかく聞こえる声の下に、演奏者として崩せない時間の感覚があるからです。

ドラムを叩きながら歌う稲垣潤一

「夏のクラクション」の高音は、ひと息で押し通す音ではない

稲垣潤一の高音を考える上で、「夏のクラクション」は特にわかりやすい曲です。譜面を分析した資料では、音域は約1オクターブ半、最高音は男性歌手にとってかなり高いA♭とされています。

ただし、サビの見せ場は、一つの高い音を力で伸ばす作りではありません。最高音から細かく音が動くメロディーが書かれており、稲垣さんは音と音の間をなめらかに移動しています。

これを「高い地声を強く張っている」だけで説明すると、曲の仕掛けを見落とします。初めの音だけに力を集めず、その後の音の移動まで一つのフレーズとして扱う必要があります。

なお、公開音源だけから、声帯や喉頭の状態、地声とミックスボイスの境界を断定することはできません。稲垣さんの高音から参考にできるのは、声区の名前より、メロディー全体を力ませない配分です。

稲垣潤一の高音は、ミックスボイスという一語では収まらない

「稲垣潤一の高音は地声なのか、ミックスボイスなのか」と知りたい人は多いでしょう。
しかし、同じ歌手でも、曲の高さ、音量、母音、伸ばす長さによって声の使い方は変わります。

公開された歌声についても、細く聞こえるから裏声寄りと見る説明もあれば、音の芯が残るため地声の性質が強いと見る説明もあります。
こうした言葉の違いは、どちらかが必ず間違いというより、耳で聞こえる別々の特徴へ名前を付けているために起こります。

本人の身体内部を計測した資料がない以上、一つの声区名で全曲を断定するのは適切ではありません。
高音を理解する助けになるのは、「何という声か」を急いで決めることより、強く押す音と、なめらかに移動する音を同じものとして扱わないことです。

稲垣さんの個性は、高音だけを切り取った瞬間ではなく、その音へ入る前の言葉と、次の音へ抜けるまでの流れにあります。

感情を込めないのではなく、「感情を込めた姿」を見せない

稲垣さんはデビュー当初、さまざまな歌い方を試しました。けれど、方法を考えながら歌うと、かえってわざとらしい歌になると気づいます。

レコーディングでマイクの向こうにいる人を想像しても、実際に歌い始めたら作為を手放す。ライブでも、客席の熱にすぐ同化せず、曲の中へ入り込んでクールに歌うことを本人は大切にしています。

これは無感情という意味ではありません。切なさを伝えるために、泣き声や大きな強弱を必ずしも見せないのです。

聴き手との間にわずかな距離が残るため、歌詞の人物と自分自身を重ねられます。稲垣潤一のラブソングが大人びて聞こえるのは、歌が聴き手の感情を先回りしないからです。

「クリスマスキャロルの頃には」では、サビの同じ言葉が何度も現れます。
本人は当初、その反復がくどくならないかと考えましたが、作詞を担った秋元康さんは、稲垣さんの声ならくどくならないと判断しました。

強い言葉を強い表情で重ねれば、聴き手は疲れてしまいます。
同じ言葉を繰り返しても余白が残る声だからこそ、反復が執着ではなく、時間が近づく静かな怖さに変わったのです。

デュエットでも、相手に合わせすぎないから二つの声が立つ

『男と女』シリーズでは、もともとデュエット用ではない女性歌手の楽曲を、二人で歌える形へ作り替えました。声域が異なる相手と自然につながる調にすること、どのメロディーをどちらが歌うかを決めることに、通常のアルバムより大きな手間がかかっています。

面白いのは、相手の個性を稲垣色に塗り替えていないことです。中森明菜さんとの「ドラマティック・レイン」では、低い調で歌う彼女の声と自分の声が似て聞こえる瞬間に驚き、広瀬香美さんとの「クリスマスキャロルの頃には」では、彼女のパワフルな個性をそのまま評価しています。

二人の声を同じ色にするのではなく、違う色のまま同じ曲に置く。その中で稲垣さんの声が消えないのは、表面的な声色を相手に寄せすぎないからです。

今入れる? 近くで入りやすい飲食店がわかる混雑予報マップ

真似するなら、鼻にかかる音より「わざとらしくしない」判断を見る

稲垣潤一の歌い方を真似しようとすると、高めの声や鼻にかかったような音色に注目しがちです。

しかし、外から聞こえる音色だけを作ろうとすると、喉や鼻周りへ不要な力が入り、言葉も不自然になります。公開された音から、本人と同じ身体の使い方を再現することはできません。

参考にしやすいのは、表情ではなく優先順位です。切ない歌でも、切なさを示す装飾をすべて足さない。高音でも、一音の音量よりフレーズ全体がどこへ着地するかを大切にする。デュエットでも、相手の個性を消さない。

高音でつい力が入る場合は、高音の張り上げを見直す考え方も参考になります。ただし、この記事で最も大切なのは、稲垣さんと同じ声を作ることではなく、自分の声の癖を消しすぎないことです。

稲垣潤一の歌声は、弱点を消さなかったから強くなった

稲垣潤一さんの歌い方を支えているのは、特徴的な高音、ドラムボーカルとして育ったリズム感、感情を作りすぎない距離感です。

けれど、その出発点は、本人が好きではなかった声でした。それを無理に標準的な声へ直さず、制作陣が合う曲を用意し、本人が長く歌い続けたことで、日本のポップスに新しい場所が生まれました。

その声が時代とともにどう変わり、なぜ「変わらない」と聞こえ続けるのかは、稲垣潤一の歌声の変遷で、デビューから45周年へ向かう現在までを追っています。

こちらの記事もおすすめ

コメント

タイトルとURLをコピーしました