TRUE(唐沢美帆)さんの歌声は、しばしば「パワフルな高音」と表現されます。
たしかに『DREAM SOLISTER』や『Sincerely』のサビには、厚い伴奏を越えてくる強さがあります。
けれど、彼女の歌を本当に特別にしているのは、声量そのものではありません。
大きな音の中でも言葉が消えず、歌い出す直前の息までが演奏の合図になることです。
『DREAM SOLISTER』の吹奏楽版を録音した時、約80〜90人の奏者は機械的なクリックではなく、TRUEさんの呼吸を聴いて演奏を合わせました。
歌が伴奏の上へ乗るのではなく、歌う人の息が大編成を動かしていく。
この出来事に、TRUEさんの高音が「ただ大きい声」で終わらない理由が凝縮されています。
80人を動かしたのは声量ではなく、歌う直前の呼吸だった
通常の録音では、演奏者がテンポを共有するためにクリックと呼ばれる一定の音をイヤホンで聴くことがあります。
ところが『DREAM SOLISTER Movie Ver.』では、そのクリックを外して録音が行われました。
すると大勢の吹奏楽奏者は、TRUEさんがどこで息を吸い、どの瞬間に言葉を放つのかを聴き始めます。
フレーズの始まりを数字で合わせるのではなく、一人の呼吸をきっかけに全員が動いたのです。
ここで分かるのは、彼女の歌には「次の音が始まる場所」がはっきり見えるということです。
声を出している時間だけが歌ではありません。
息を吸う間、言葉を置く瞬間、語尾を離す場所までが一続きになっているから、伴奏の人数が増えても歌の輪郭がぼやけません。

高音が苦しくなると、多くの人は音程へ届くことだけに意識を奪われます。
歌い出しが急になり、途中で息が足りなくなり、最後の言葉が伴奏へ埋もれてしまいます。
TRUEさんの高音は逆です。
高い音だけを切り取るのではなく、その前後を含む長い流れで扱っています。
だから強い音でも唐突に聞こえず、歌詞が旋律の途中で置き去りになりません。
『DREAM SOLISTER』は、きれいに歌う人から物語を動かす人への転機
TRUE名義でデビューした頃、本人は「アニソン歌手はこうあるべき」という理想像を強く持っていました。
音を外さず、凛として、格好よく歌う。
『UNISONIA』の張り詰めた歌唱には、その理想へ自分を合わせようとする緊張感がありました。
転機になったのが『DREAM SOLISTER』です。
歌の主人公と自分を重ね、自分自身を楽曲の中へ書き込むようになったことで、整った歌だけでは届かない感情を出せるようになりました。
録音の現場では「上手に歌おうとしなくていい」という方向が示されました。
これは雑に歌うという意味ではありません。
正しい音を並べることに集中しすぎると、言葉がどこへ向かっているのかが見えなくなるからです。
『DREAM SOLISTER』のサビが明るく抜けるのは、高音を見せるためだけではありません。
次の一歩を踏み出す曲の勢いと、歌う人の息の勢いが同じ方向を向いています。
高音はゴールではなく、物語が一気に前へ進む場所として使われています。
TRUEの高音を「地声かミックスか」だけでは説明できない
TRUEさんの歌を調べると、「地声が強い」「ミックスボイスが太い」「裏声との境目が目立たない」など、いくつもの説明に出会います。
これらが食い違って見えるのは、一曲の中でも音の高さ、音量、母音、感情に合わせて声の質感が変わるからです。
たとえば、低い音から勢いよく上がる場面では、話し声に近い芯が残ります。
一方、長く伸ばす高音では、同じ重さのまま押し上げるのではなく、響きが軽くなる余地があります。
大切なのは、すべての高音に一つの名前を付けることではありません。
低音から高音まで言葉の存在感を保ちながら、その曲が必要とする強さへ声を変えられることです。
ミックスボイスと地声の違いを考える時も、音色だけで判定すると迷いやすくなります。
同じ歌手でも、弱く語りかける音と、クライマックスで伸ばす音では、声の使い方が同じとは限りません。
強い声の奥には「まっすぐ飛ぶ管楽器」という発想がある
TRUEさんの声は、管楽器のようにまっすぐ飛んでくると評されたことがあります。
このたとえは、単に音が大きいという話ではありません。
管楽器は、息の流れが止まれば音も止まります。
逆に、息を大量に吐けば必ず良い音になるわけでもありません。
息の流れと、音が始まる瞬間と、フレーズの方向がそろって初めて、遠くまで届く一本の音になります。
TRUEさんの高音にも同じ面白さがあります。
『Sincerely』のように繊細さが必要な曲では、力強さを前へ出し続けません。
『WILL』では大きな展開の中でも言葉の始まりが曖昧にならず、『ReCoda』では積み重ねてきた時間を包み込むように強弱が動きます。
曲が変わっても共通するのは、声を出した後に感情を付けるのではなく、どこへ向けて息を流すかが先にあることです。
その方向が決まっているため、音色が柔らかくなっても、歌の中心が消えません。

作詞家・唐沢美帆がいるから、発音が音だけにならない
TRUEさんは歌手であると同時に、多くの作品へ歌詞を提供してきた唐沢美帆さんでもあります。
誰が、どの場面で、どんな思いを口にするのかを考えて言葉を作る仕事です。
その経験は、歌唱にもつながっています。
子音を強く当てれば言葉が伝わる、母音を長く伸ばせば高音が響く、という単純な話ではありません。
一語の意味に合わせて、言葉を急がせるのか、余白を残すのか、最後まで言い切るのかを選びます。
だからTRUEさんの歌は、滑舌が良いだけでは説明しきれません。
歌詞が聞き取れるだけでなく、その言葉が誰から誰へ向かっているのかまで想像しやすいのです。
近年のセルフカバーでは、もともと別の歌手へ書いた曲を自分で歌っています。
同じ人が書いた歌詞でも、受け取った歌手の個性に合わせて声の色を変えてきたことが、改めて表面へ出ました。
「TRUEらしい強い声」一色ではなく、楽曲の持ち主を尊重しながら自分の歌へ戻す作業になっています。
真似するなら大声ではなく、フレーズが向かう先を見る
TRUEさんを参考にする時、最も危険なのは、サビの音量だけをコピーしようとすることです。
太い高音は、本人の声質、長い経験、楽曲に合わせた調整の上に成り立っています。
それより役立つのは、歌い出す直前から聴くことです。
どこで息を吸うのか、最初の言葉をどれだけ急がずに置くのか、長い音の後にどう次の言葉へ渡すのか。
そこへ注目すると、強い高音が孤立していないことが分かります。
声量の大きさではなく、歌の時間を動かす呼吸を聴く。
それがTRUEさんの歌を理解する一番面白い入口です。
同じアニソンの高音でも、May'nさんの歌い方には、曲ごとに声の引き出しを切り替える面白さがあります。
LiSAさんの歌い方と比べると、言葉を前へ出す方法にも違いが見えてきます。
まとめ
TRUE(唐沢美帆)さんの高音が言葉まで届く理由は、声量だけではありません。
息を吸う瞬間から語尾を離すまで、フレーズの方向が明確だからです。
約80〜90人の吹奏楽奏者が彼女の呼吸を聴いて演奏を合わせた出来事は、その特徴を象徴しています。
歌声が伴奏へ勝つのではなく、歌う人の息が伴奏を一つにするのです。
『UNISONIA』で理想像へ自分を合わせようとした時期から、『DREAM SOLISTER』を境に自分自身を歌へ入れられるようになり、現在はセルフカバーでさらに多彩な声を見せています。
その歩みを年代順に知りたい方は、TRUE(唐沢美帆)さんの歌唱変遷もあわせて読んでみてください。
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