KOTOKOの歌声はどう変わった?PCゲーム主題歌・アニメ・独立・20周年再録まで

KOTOKOの歌声がWay to Loveから現在まで変化した歩みをたどる記事のアイキャッチ KOTOKO

KOTOKOさんの20年以上を振り返ると、「かわいい声から力強い声になった」という一直線の変化には見えません。
初期の声を捨てず、必要な時に当時の人物を呼び戻しながら、ロック、バラード、台詞、語りまで新しい部屋を増やしてきた歩みだからです。

その到達点を示したのが、過去曲を現在の声で録り直した20周年作品でした。
本人は、昔に寄せようと意識しなくても、長年ライブで原曲を再現してきたため自然に当時の歌い方が出たと話しています。

声の変遷が「古い声から新しい声への交換」ではなく、「いつでも開けられる部屋が増えていくこと」だったと分かる一作です。

2000年、歌手より先に作詞家KOTOKOが始まった

プロとして最初にKOTOKOの名が出たのは、2000年7月の提供曲「Pure Heart ~世界で一番アナタが好き~」でした。
同年12月に「Close to me…」「涙の誓い」で歌手として動き始めますが、出発点にはすでに作詞家の視点がありました。

I’veのオーディションへ持ち込んだのは、約20曲のデモと全曲分の歌詞です。
歌唱を披露するだけの応募ではなく、「この人物は何を言うのか」まで束にして渡したことになります。

この時期のPCゲーム主題歌では、顔や経歴を前面へ出すより、作品の中で曲が機能することが優先されました。
KOTOKOさんの声が最初に覚えたのは、自分自身を大きく見せる方法ではなく、まだ姿の見えない登場人物へ入る方法だったのです。

2001年、電波ソングという「別の声」を自分で持ち込んだ

「恋愛CHU!」では、ポップな曲という注文に対し、KOTOKOさんが合いの手やセリフを自発的に加えました。
続く「Change My Style ~あなた好みの私に~」では作詞作曲も担当し、「さくらんぼキッス」では複数の人物が騒いでいるような声の重なりを曲へ組み込みます。

後に電波ソングと呼ばれる表現は、既存の歌唱法を教わった結果ではありません。
言葉だけでは足りない場面へ台詞や掛け声を足し、声のキャラクターそのものを作曲の一部にした結果でした。

この頃に身についた「かわいい声」は、年齢に応じて卒業する初期設定ではありません。
現在まで必要な時に呼び戻される、KOTOKOさんの最初の大きな役になりました。

2002年、「Shooting Star」で作品の外へ名前が出た

テレビアニメ『おねがい☆ティーチャー』の主題歌「Shooting Star」は、KOTOKOさんをPCゲーム音楽の外へ広く届けた出世作です。
それまで作品の裏側で機能していた声が、アニメの放送を通して歌手名と結びつきました。

ただし、ここで初期の作法が消えたわけではありません。
歌手本人を見せるより、作品の空気を先に立ち上げる歌い方は残ります。
透明感を大きく飾るより、切なさを一定の速度で運ぶ声が、映像の物語を邪魔せずに入口を作りました。

20周年の再録でこの曲が選ばれたのも、単なる人気曲だからではありません。
「KOTOKOを知るきっかけになった人が最も多い曲」と本人が位置づける、声の名刺だったからです。

2004年、メジャーデビューで「本人の物語」を歌い始めた

2004年、全曲ノンタイアップのアルバム『羽 -hane-』でメジャーデビューしました。
作品の登場人物に入る主題歌とは違い、アルバム全体でKOTOKO自身を見せる仕事が始まります。

同年の「Re-sublimity」では、硬質なデジタル音の中をまっすぐ進む声が強い印象を残しました。
電波ソングの細かな役づけとは反対に、感情を一つの方向へ集めるデジタルロックの声です。

この二つを同時に進めたことが重要です。
メジャー化に合わせて一つの分かりやすい歌声へ整理せず、「本人の声」と「作品の役」を併存させました。
KOTOKOさんの歌声が一種類に定まらないのは、迷った結果ではなく、この時点から複数の入口を守った結果です。

メジャーデビュー後も曲ごとの役を保ってきたKOTOKO

2006年、「being」で高い場所を走り続ける声が定着した

「being」の頃には、KOTOKOさんのデジタルロック歌唱が一つの完成形へ近づきます。
サビの高音だけを大きく見せるのではなく、高い音域の中で言葉を連続させる形です。

一音の派手さより、フレーズ全体の速度と輪郭が優先されます。
この設計により、伴奏がさらに密になっても、歌詞が電子音へ埋もれにくくなりました。

初期のかわいい声が消えたわけではありません。
台詞を散らす役と、直線で走る役がはっきり分かれ、同じ歌手の中に複数の代表像が成立した時期です。

2011年、独立によってロックの部屋が広がった

2011年にI’veを離れ、自身の活動基盤を作りました。
同年の「Light My Fire」は、外部クリエイターとの仕事を広げる節目にもなります。

独立後のおよそ6年間は、I’ve以外の作家と組みながら音楽の幅を広げ、サウンドはロック色を強めていきました。
声も、整ったデジタル音の中で輪郭を保つだけでなく、バンドの圧力を受け止める強さを求められます。

ここで起きたのは、昔の声からの断絶ではありません。
かわいい声、デジタルロックの声に加えて、生身の演奏と押し引きできる声が増えました。
独立は一つの看板を捨てる出来事ではなく、声を置ける場所を増やす出来事でした。

2014年、47都道府県ツアーで録音の声がライブの身体になった

2014年から2015年にかけて、初の47都道府県ツアーを行いました。
録音で精密に作った多様な声を、毎晩違う会場で再現する長い旅です。

この経験は、声の変化をスタジオだけのものにしませんでした。
歌い分けをライブの身体へ定着させ、昔の曲も原曲の印象を保って届ける習慣が積み重なります。

後に本人は、ライブ後の録音を冷静に聴き、盛り上がりすぎると息が上がって音程が乱れることまで認識していました。
長く歌うために身体を鍛え、跳ねながら歌っても疲れにくい状態を作るようになります。
声の進化を新しいテクニックだけに求めず、過去曲を守る体力として考え始めたのです。

2018年、I’veへ戻ることで過去が「選べる音」になった

独立後にロックへ幅を広げた一方、ファンからはデジタル曲や切ないバラードをもっと聴きたいという声が続きました。
その反応を受け、2018年から『tears cyclone』二部作でI’ve時代の盟友たちと再び組みます。

これは昔へ戻る企画ではありませんでした。
一枚を一人の作家と深く作り込み、過去に相性の良かった音を、独立後の経験を持った現在の声で選び直す企画です。

長いライブ経験で過去曲を現在の身体へ定着させたKOTOKO

曲ごとの声を大きく変える力も、この時期に改めて前面へ出ます。
アルバムを均一な声でまとめるのではなく、主題歌を何曲も並べたように、一曲ずつ別の作品へ入る歌唱が再確認されました。

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2022年、電波ソングを懐古ではなく現在形に戻した

2022年の『すぅぃ~とさいくろん-☆いぇいっ☆-』は、長年構想していた電波ソングのアルバムでした。
KOTOKOさんは独立後も、このジャンルをどうすれば廃れさせずに済むか考え続けていました。

昔のかわいい声を記念品として展示するのではなく、新しい世代へ渡すためにもう一度使う。
その結果、初期に生まれた台詞、合いの手、突飛な人物設定が、現在の声の技術と結びつきました。

同じ頃、「INTERNET OVERDOSE」はゲームを知らない世代にも広がります。
2000年代の電波ソングで育てた声が、動画とSNSの時代に新しい文脈を得た出来事でした。

2023年、「歌う」より「しゃべる」曲が次の入口になった

「INTERNET YAMERO」では、歌う部分より語りの部分が多い構成にKOTOKOさん自身も驚きました。
それでも前作以上の勢いで広がり、TikTokなどを通じて、それまでゲーム音楽に触れていなかった世代がKOTOKOを知る入口になります。

ここで20年以上の歩みが円を描きます。
最初に電波ソングへ勝手に足したセリフと合いの手が、20年後には歌より多い語りとなり、再び新しい聴衆を連れてきました。

高音を更新し続けたから残ったのではありません。
声を歌唱だけに閉じず、人物を作るあらゆる音として扱ってきたことが、時代の変化と接続しました。

20周年、昔の自分をコピーし続けた時間が再録へ戻ってきた

20周年作品『リデコレイト・マイセルフ』では、「Shooting Star」「Re-sublimity」「being」などの代表曲と、他の歌手へ提供した曲を現在の声で録り直しました。

本人は、ライブで原曲と違って聞こえると観客が冷めると考え、長年にわたり昔の自分をコピーするように歌ってきました。
そのため再録でも、無理に若い頃へ寄せなくても当時の歌い方が自然に出たといいます。

一方、セリフやガヤでは20年分の成長が隠れません。
人物の作り分けが増え、一人なのに何人もいるような声を重ねられるようになりました。

タイトルの「リデコレイト」は模様替えという意味です。
家を壊して建て直すのではなく、長く住んだ部屋の家具を動かし、光の入り方を変える。
KOTOKOさんの歌声の変遷を、これほど正確に表す言葉はありません。

まとめ

KOTOKOさんの歌声は、初期のかわいい声が大人の強い声へ変わったのではありません。
PCゲーム主題歌で人物へ入る方法を覚え、電波ソングで台詞を歌にし、アニメで直線的なデジタルロックの声を確立し、独立後にロックとライブの身体を増やしました。

そして20周年には、昔の役を自然に呼び戻しながら、当時より多くの人物を一曲へ住まわせています。

歌声の変遷とは、過去の自分を置き去りにすることではない。
KOTOKOさんの歩みは、古い部屋の鍵を捨てず、新しい部屋を増やし続けることで、声が世代を越えていく例になっています。

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