ASCAさんの歌声は、一直線に強くなったわけではありません。
10代では歌詞の感情を丁寧に組み立て、ASCA名義では強い高音と濃い表現を看板にし、2023年の声帯ポリープ手術後には、その看板を一度解体しました。
最大の変化は、出せる表現を増やす時期から、今の身体で無理なく届く表現を選ぶ時期へ移ったことです。
初期の明るい声、2019年頃の鋭いアタック、現在の低音と引き算の歌唱は、別々の才能ではありません。
どの時代にも残っているのは、歌詞の場面を声へ変える姿勢です。
ASCAさんの歌唱史は、高音の記録ではなく、言葉を届けるために声の使い方を何度も作り直した歴史です。
2011〜2013年|大倉明日香は「明るく歌うこと」を覚えるところから始まった
中学2年で第5回全日本アニソングランプリへ出場し、1万人を超える応募者の中からファイナリストへ進みました。
当時は最年少で、本気でアニソン歌手を目指す参加者の熱量に圧倒され、自分の未熟さを知ったと振り返っています。
歌の原点は、技術用語を覚えるレッスンではありませんでした。
歌詞の意味を考える前と後で同じ曲を歌い、感情によって歌い方がどう変わるかを確かめるレッスンです。
2013年、高校1年の時に大倉明日香名義で『Prime number〜君と出会える日〜』を発表します。
録音では歌い方が少し湿っていると指摘され、明るい編曲に合わせて声も明るくすることを意識しました。
この時期は、後のASCAを象徴する重い情念や強いアタックが完成していた時期ではありません。
曲が求める色へ自分の声を寄せる、最初の試行錯誤が始まった時期です。

2013〜2017年|リリースのない4年間が、軽い声を「重いKOE」へ変えた
最初のCDデビュー後、次の作品はすぐには続きませんでした。
高校生活を送りながらガールズバンドやミュージカルに参加し、東京でデモを録音する日々が続きます。
卒業後は進学せず、アルバイトをしながら地元で路上ライブを重ねました。
カバーしたのは、MISIAさんや小柳ゆきさんなど、声の強さと感情の幅を同時に求められる曲です。
結果の出ない時間は、空白ではありませんでした。
人の足が止まるかどうか分からない路上で歌い、バンドの音に合わせ、何度もデモを録る中で、声へ重さが加わっていきます。
2017年にASCAという新しい名で始動した時、本人が掲げたのは、大倉明日香の印象を一掃することでした。
『KOE』では高音の強さだけでなく、別れや葛藤を場面ごとに歌い分けます。
歌声の変化を「4年で上手くなった」とだけ表すと、この時期の面白さが消えます。
ASCAという名は単なる改名ではなく、明るい新人歌手の声から、影と重さを持つ歌手へ自分を組み替える装置だったのです。
2019年|『RESISTER』で強いアタックが歌手の顔になった
『KOE』で示した感情の濃さは、2019年の『RESISTER』で外へ向かう力に変わります。
低音やファルセットへ移っても存在感が落ちにくく、強い子音で歌詞を前へ押し出す歌唱が、ASCAさんの名前と結びつきました。
本人にとっても、この曲は大きな手応えのある録音でした。
事前に十分歌い込み、歌が身体へ入った状態で本番を迎えたため、それまでのように細部へ神経質にならず、瞬間の感情を優先できました。
初の東名阪ツアーでは、『KOE』や梶浦由記さんによる『雲雀』のような陰影のある曲と、観客を一気に動かす『RESISTER』が同じ舞台へ並びます。
ASCAさんは「強い一曲を歌う人」から、静と動をライブ全体で組める歌手へ進みました。
2020〜2022年|強さの中へ、叫びと物語をさらに詰め込んだ
2020年の『Howling』では、すでに知られていた力強さへ、追い詰められた人物の叫びに近い感情を重ねます。
録音では、リズムと音程を整えるだけでなく、激しい雨の中で苦しさを吐き出すような場面を思い描きました。
この頃のASCAさんは、一曲ごとに声色を変え、作品の人物を声へ取り込む方向へ進んでいました。
歌える表現が増えるほど、ASCAらしさも濃くなっていきます。
2022年には梶浦由記さんのプロデュースによる『君が見た夢の物語』を発表しました。
高音を突き刺すだけではなく、長い物語の余韻を引き受ける歌唱が求められます。
一方で、難しい曲、高い音、密集した言葉、増え続ける表現は、同じ身体へ積み重なっていました。
後から振り返れば、ASCAの曲を歌うための喉ができ上がる一方、本人が心地よいとは感じない歌い方にもなっていた時期です。
2023年|声帯ポリープ手術で、完成したはずの歌い方を手放した
2023年2月、ASCAさんは声帯ポリープの摘出手術を受けました。
手術前には、ポリープを避けるように歌う癖がつき、思い通りに表現できない怖さから、歌への気持ちまで揺らいでいました。
手術後も、以前の癖はすぐには消えませんでした。
同年5月のファンクラブイベントで歌うため、ボイストレーナーと癖を取る練習を続け、練習ではできなかった感覚を本番でようやくつかみます。
ここが、ASCAさんの変遷で最も大きな転機です。
以前の強い声へ戻すのではなく、今の身体で負担なく歌える新しい方法を探し始めました。
同年の『私が笑う理由は』は、「新しい声」と歩き始めた作品です。
強い高音を消したわけではありません。
強さを出す前に、自分の声を怖がらず使える状態を取り戻すことが優先されました。
2024〜2025年|身体全体が鳴る感覚が、自信を戻した
手術後の再出発は、一度のライブで完了したわけではありません。
ASCAさんは、デビュー当時に習っていた先生のもとへ再び通い、低音をしっかり出すことや、ワンマン後にも疲れを残しにくい歌い方を探し続けました。
2024年の海外公演では、歌っている自分に自信が満ち、身体全体が鳴るように感じた瞬間があったといいます。
歌い終えた後のメモには「生まれてこれて良かった」と残しました。
その感覚は、2025年のアルバム『28』へつながります。
初のアジアツアーも行われ、ASCAさんは手術前の強さを再現するのではなく、今の自分を肯定できる声で新旧の曲を並べられるようになりました。
発声の仕組みと、手術後に何を変えたのかは、ASCAさんの歌い方・発声分析で詳しく整理しています。
2026年|『Cusp』で、表現を足さないことが新しい表現になった
2026年の『Cusp』は、初期とも『RESISTER』期とも違う現在地を示します。
一つの音が長く、言葉数を詰め込めない曲で、ASCAさんは声色を次々に変えるより、ありのままの声を真っすぐ届ける方法を選びました。
表現を減らしたのではありません。
すでに歌詞とメロディーにある感情を信じ、歌手が上から説明しすぎない「引き算」を覚えたのです。

『Giver』まで進むと、現在のASCAさんがアニソンの力強さを手放していないことも分かります。
昔の看板を捨てたのではなく、強くする箇所と素直に置く箇所を選べるようになりました。
同じ曲を昔と現在で比べる前に、条件の違いを見たい
ASCAさんの歌声を年代で比べる時、単純に「昔より高音が出る」「手術後は弱くなった」と決めるのは危険です。
スタジオ録音とライブ、バンド編成、曲のキー、本人が表したい人物によって、声の選び方は変わります。
見るべきなのは、最高音だけではありません。
低音の存在感、長い音を急がず保てるか、感情を濃くしても伴奏から遅れないか、ライブ後まで声を使い続けられるかという範囲です。
手術前の『RESISTER』と現在の歌唱には、どちらにも強い声があります。
違うのは、強さをASCAらしさの唯一の証明にしなくなったことです。
LiSAさんの歌唱変遷や、藍井エイルさんの歌声の変化と比べると、同じアニソンの舞台でも、歌手が休止や身体の転機をどう作品へ変えたかは一人ずつ異なります。
まとめ
大倉明日香名義の初期には、歌詞の意味を考え、曲に合わせて明るい声を作るところから始まりました。
リリースのない4年間にバンド、路上ライブ、デモ録音を重ね、2017年のASCA始動では、声へ重さと影が加わります。
2019年の『RESISTER』で強いアタックと高音が看板になり、2020年代前半には一曲へ入れる表現がさらに増えました。
その完成度が高まる一方、2023年の声帯ポリープ手術は、完成したはずの歌い方を見直す転機になります。
現在のASCAさんは、昔の声を取り戻そうとしているのではありません。
今の身体で心地よく歌える場所を探し、低音と疲れにくさを増やし、必要な表現だけを選んでいます。
変わらず残っているのは、歌詞の場面を声へ変える姿勢です。
変わったのは、そのために全部を足さなくてもよいと知ったことでした。
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