ギター一本の伴奏で、少人数の観客に向かって歌う。
そんな公演を持ちかけられたとき、デイヴィッド・カヴァデールは、すぐには乗り気になりませんでした。
自分はフォーク歌手ではない、と思ったのです。
大音量のギターとドラムを背負い、強い声で観客を沸かせるWhitesnakeの歌手。
その姿に慣れた本人にとっても、伴奏を小さくすることは挑戦でした。
ところが、実際に試すと、歌を書いた相手に直接話しかけるような親密さがあったといいます。
カヴァデールの声には、叫ぶような強さだけでなく、静かに言葉を伝える力もあります。
大きな音を外した経験から、その歌い方を見ていきましょう。
バンドがいなくても、歌は成り立つのか
1997年の『Starkers in Tokyo』は、カヴァデールとギタリストのエイドリアン・ヴァンデンバーグによるアコースティック公演です。
日本での宣伝活動に合わせて企画され、招かれた少人数の観客の前で録音されました。
「Give Me All Your Love」も、1987年のバンドでの録音とは違う、声とギターによる歌になっています。
ここでの音源は、その1997年東京公演を後年リミックスしたものです。
実はカヴァデールは、普段からアコースティックギターで曲を書くことが多い人です。
手元では簡単なコードを弾きながら、頭の中ではドラムやエレキギターの演奏を思い描く。
大きなバンドの曲も、作り始めは小さな伴奏と歌だったのです。
だから、この公演はロックとは無縁の歌い方を一から習う場ではありませんでした。
自分が書いた歌を、声とギターだけでも伝えられるかを試す場です。
カヴァデールは、大きなドラムやギターを取り払っても、よい曲なら成り立つという手応えを得ました。
伴奏の音数が減ると、歌い手がどの言葉を長く伸ばすか、どこを強めるかに耳を向けやすくなります。
声の大きさだけでなく、そうした歌い回しまで楽しめることが、アコースティックで彼を聴く面白さです。

「Is This Love」は、自分のバンドの曲ではないと思っていた
静かな歌を自分の音楽として受け入れることには、もう一つ、面白い話があります。
1987年の代表曲「Is This Love」は、当初ティナ・ターナーを思い浮かべて書いていた曲でした。
カヴァデールがピアノで曲を作っていると、ジョン・サイクスが気づき、ギターを加えていきます。
本人はWhitesnake用ではないと考えていましたが、デヴィッド・ゲフィンに聴かせると、自分たちの曲として残すよう勧められました。
カヴァデールにとって、曲全体をバラードとして歌うことには不安がありました。
それまでは静かに始めても、途中で強いバンド演奏を入れたくなり、その展開がWhitesnakeらしさにもなっていたのです。
これは、静かに歌う声を持っていなかった、という話ではありません。
自分が作った曲なのに、バンドの名前でどこまでやってよいか迷っていた話です。
その迷いの先で「Is This Love」が代表曲になったことを思うと、力強い歌手に求められる魅力が、大声だけではないと分かります。
声をよく聴かせるために、伴奏を作り直す
2000年のソロ作『Into the Light』では、静かな歌をさらに自分から選んでいきました。
「Love Is Blind」も、最初はバンド全体で録音していた曲です。
ところが、カヴァデールには何かが足りないと感じられました。
そこで試したのが、アコースティックギターと弦楽四重奏を使う形です。
音をもっと足して迫力を出すのではなく、演奏の組み合わせを変えることで、欲しかった歌になっていきました。
本人がこのアルバムで気に入っていたのは、歌声を録音の加工の陰に隠していないことでした。
声を重ねたり、残響を大きくしたりすることを控え、そのままに近い声を前に出した曲が多いと説明しています。
よく聴こえる声を望んだのであって、すべての曲で大きな声を出したかったわけではありません。
もっとも、手の込んだ録音そのものを否定したわけでもありません。
必要な曲には必要な作り方がある、というのが彼の考えです。
『Into the Light』では、声を飾ることを減らしたほうが、歌いたい内容に合っていたのでしょう。

ブルースは、荒く歌うことだけではない
そもそもカヴァデールがブルースに惹かれたのは、強い声の出し方だけが理由ではありませんでした。
子供の頃、休んだ音楽教師の代わりに来た理科の教師が、自分の好きなレコードをかけてくれたことがあります。
そこで触れたレッドベリーらの音楽に心を動かされ、さらに別のブルースも教えてもらったといいます。
のちに本人は、ブルースを自分の気持ちを表す音楽として説明しています。
昔ながらの音をそのまま再現することに限らず、歌の感情にブルースがあればよい。
大きな音のWhitesnakeにも、静かなソロにも、同じようにその考え方が通っています。
『Into the Light』を作った頃には、バンドでロックの要素が強くなり、叫び続けていては表現できないこともあると話していました。
ささやきから叫びまで持っている自分の声を、もっと使ってみたかったのです。
低い声や小さな声を使うことは、ロック歌手としての魅力を諦めることではありませんでした。
カヴァデールの声の強さは、すべての歌を大きくするためだけのものではありません。
恋愛のためらいを歌い、すぐそばの相手に話すように歌い、必要なところでは強く訴える。
曲に応じてその範囲を使えることが、彼の歌の魅力です。
録音や編成が変わると、同じ曲の歌声はどう聞こえるのか。
「Here I Go Again」や「Soldier of Fortune」の歌い直しは、デイヴィッド・カヴァデールの歌声の変遷で扱っています。
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