デイヴィッド・カヴァデール(Whitesnake)の歌声の変遷|昔の曲を、なぜ何度も歌い直したのか

2011年、マンチェスター公演のデイヴィッド・カヴァデール シンガー
Hinton1994 / CC BY-SA 3.0

「自分は懐古的な人間ではない」。そう話すデイヴィッド・カヴァデールは、Deep Purple時代の曲を40年以上たってからWhitesnakeで録り直しました。それより前にも、「Here I Go Again」を1982年から1987年へ、別のバンドの音で作り直しています。

昔の声を取り戻したかっただけなら、なぜ当時の録音を残したまま、新しい演奏者を迎えて歌うのでしょう。本人の説明をたどると、二つの再録にはそれぞれ違う理由がありました。声そのものの変化と、声をどんな曲・演奏・録音の中に置くか。その選択が変わってきた道を見ていきます。

1974〜75年|Deep Purpleで手にした歌と、二人で歌う場所

カヴァデールがDeep Purpleに入ったのは1973年。翌年の『Burn』『Stormbringer』では、ベースも弾くグレン・ヒューズと歌を分け合いました。『Stormbringer』の表題曲も、彼がバンドと作った曲です。1975年のテレビ出演映像には、のちに録り直すこの曲を、当時の編成で披露する姿が残っています。

後年カヴァデールは、Deep Purpleに採用されて間もない自分を、まだ曲作りを学んでいる若者として振り返っています。ジョン・ロードは和音の可能性を、リッチー・ブラックモアは人を動かすテンポを教えてくれた、とも語りました。すでに完成された「伝説の声」を披露していたというより、共演者と歌い方や曲の形を探していた時期です。

だから、この時代の曲は彼にとって単なる古いレパートリーではありません。後に戻ってくるのは、歌手として最初に大きな舞台へ立ち、そこで作り方まで覚えた曲でした。

1980年|Whitesnakeでは、欲しかった荒さを自分で作る

Deep Purpleを離れたカヴァデールはWhitesnakeを率います。1980年の「Fool for Your Loving」には、初期Whitesnakeの姿が残っています。彼が後年語った声の出発点は、意外にも、最初から荒々しいブルース歌手だったという話ではありません。若い頃の声は、むしろ澄んだ英国の少年合唱のようだったというのです。

憧れたハウリン・ウルフのざらつきを出そうとしたとき、録音機材が作る歪みまで自分の体で再現しようとしていた、と本人は2021年に説明しました。ブルースやソウルの迫力は、自然に備わった音色をそのまま出せば生まれるものではなかった。好きな歌へ近づくために、力の使い方を探していたのです。

この志向は、後にバンドの編成が変わっても消えません。ただ、その声を囲む楽器の音や、録音の中での声の位置は大きく変わります。

1982年から1987年へ|同じ「Here I Go Again」を、新しいバンドで歌う

「Here I Go Again」の最初の録音は、1982年の『Saints & Sinners』に入りました。1987年の大ヒットはその録音を磨いたものではなく、歌も演奏も録り直した別の版です。だから二つを聴き比べるときは、五年間で喉だけが変わったと決められません。

再録を求めたのは、レコード会社のデヴィッド・ゲフィンでした。カヴァデールは、同じアルバムの「Crying in the Rain」も作り直せるなら、と応じたと話しています。新しい曲だけで進みたかったギタリストのジョン・サイクスとは、意見が一致していたわけでもありません。それでも彼は、昔の曲を新しいメンバーと組み直す道を選びました。

制作中には副鼻腔の問題と手術により、再び歌えるか分からない時期もありました。本人はのちに、1987年の声が以前より強く聞こえる理由を尋ねられ、歌唱の性質が一変したというより、前の作品では声がミックスの奥に置かれていたと答えています。病気を乗り越えたことと、録音で声を前に出したことを、一つの「声が強くなった」という説明にまとめないほうが実情に近いでしょう。

なお、1987年にはアルバム版のほか、ラジオ向けにもう一度録った版もあります。「1982年版と1987年版」の二種類だけが存在するわけではありません。何度も録り直したこと自体が、この曲を固定された名演として扱わなかった証拠です。

1987年、Whitesnakeのツアー中のデイヴィッド・カヴァデール
1987年、Whitesnakeのツアー中のデイヴィッド・カヴァデール。写真:Samboob at English Wikipedia / CC BY-SA 3.0

2004〜06年|Deep Purpleの曲を、若いWhitesnakeの客が知らない

2004年、Whitesnakeの仲間に促されて「Burn」を演奏すると、米国のファンから「新しいWhitesnakeの曲か」と反応があったと、カヴァデールは後に語っています。Deep Purple時代を知らない客の前では、その曲は懐かしい思い出ではなく、初めて聴く一曲です。

ここで彼は、昔の曲が今の編成でも働くと知りました。ただ、この時点ですぐに録音し直したわけではありません。2015年の企画を動かすには、昔の仲間との再会と、その後に実現しなかった再結成の話がありました。

2006年、Lorca Rock Festivalでのデイヴィッド・カヴァデール
2006年、Lorca Rock Festivalでのデイヴィッド・カヴァデール。写真:Raúl Ranz / CC BY 2.0

2015年|再結成できなかった曲を、Whitesnakeの現在へ

2015年の『The Purple Album』は、1970年代のDeep Purpleの曲をWhitesnakeで録り直したアルバムです。しかし、企画の始まりは「昔のヒット曲を集めよう」ではありませんでした。ジョン・ロードの病と死をきっかけに、カヴァデールは長く疎遠だったブラックモアと連絡を取り、再び一緒に演奏する可能性を探ります。そのために当時の曲を調べ直し、アレンジにも手をつけました。

再結成の構想は互いの考えが合わず実現しません。それでも作業は残りました。妻シンディーにWhitesnakeの企画にしてはどうかと提案され、現在のメンバーへ曲を託した、と本人は説明しています。単に当時のDeep Purpleへ戻るのではなく、若い頃の歌をいまのバンドで演奏する道です。

「Stormbringer」もその一曲でした。ここに置いたWhitesnakeの映像は、2015年に録り直した曲を2023年にリミックスした版です。1975年のテレビ演奏と同じ録音でも、2015年の音そのままでもありません。映像を並べる意味は声の若さを採点することではなく、一曲を受け持つバンドと作り方が変わったことにあります。

カヴァデールは、この企画をDeep Purpleの原曲と競うためではないと話しています。ツアーで歌うには体力面の準備も必要でしたし、「Holy Man」は低いキーで歌い始めたとも明かしました。若い日の録音を完全に再現できると装うより、いま一緒に演奏する人たちの曲として成立させる。その判断に、1974年からの距離が表れています。

一曲の中で力を抜く場所や、伴奏が小さくなっても言葉を届ける歌い方は、デイヴィッド・カヴァデールの歌い方で掘り下げています。こちらで追っているのは、その歌を誰と、どんな作品として残すかという変化です。

2019年以降|昔の曲を歌っても、新しい曲を書く

もし『The Purple Album』が単なる回顧で終わっていたら、昔の曲を歌い直す理由は懐かしさだったと言えたかもしれません。けれどもWhitesnakeは、2019年に新作『Flesh & Blood』を出します。先行曲「Shut Up & Kiss Me」でカヴァデールが選んだのは、「Burn」の暗く緊迫した映像とは違う、軽さと遊び心でした。

映像には1987年の「Here I Go Again」で知られる白いジャガーも登場します。昔のイメージを隠すのではなく、新しい曲の遊びに使う。カヴァデール自身も、この曲にはかつてのMTV時代の楽しさがあると説明しました。

2021年、本人は初期の曲が年齢とともに難しくなると認めながら、歌手として自分に課題を与え続けたいと話しています。最初のDeep Purpleでは共演者から曲作りを学び、Whitesnakeでは憧れの荒い声を探し、1987年には声を前に出す録音で旧曲を作り直し、2015年には若い自分の曲を現在のバンドへ渡した。そして、その後も新しい曲を書いています。

昔の録音は消えません。同じ曲を再び歌うことは、当時の声に戻れるかを試すだけではなく、その曲を今の自分と仲間ならどう作るかを選ぶことでもあります。懐古的ではないと言う彼が昔の曲に戻った理由は、そこにあります。

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