高音で観客を驚かせてきた歌手が、叫ばずに歌って大きな拍手を受けたら、どう感じるのでしょうか。
グレン・ヒューズは1996年、まさにそんな経験を振り返っています。
「A Whiter Shade of Pale」を歌ったとき、激しいシャウトを一度も入れなかったのに、観客が立ち上がって拍手してくれたというのです。
ヒューズの歌声の変化は、若い頃と同じ高音が出るかどうかだけでは捉えられません。
多彩な技巧を見せることから、一つの音にある声色を信じることへ。何を聴いてほしいのかという考え方も変わってきました。
2001年の『Building the Machine』に収められた「Can’t Stop the Flood」は、本人がその変化を言葉にしていた頃の歌です。
1990年代――叫ばなかった歌に、大きな拍手が返ってきた
Deep Purpleの「Burn」で知られるヒューズには、強烈な高音を期待する人がいます。
本人にとっても、そうした歌は大切な持ち味でした。
ただ、その声だけが自分の価値なのか、という疑問も生まれます。
1996年のインタビューでヒューズが紹介したのは、身近な人から言われた言葉でした。
観客は叫び声だけでなく、あなたの声そのものを聴きに来ているのだ、と。
本人は、叫ばなくてもいいのかと驚いた様子で、その会話を振り返っています。
そこで思い出したのが、ロサンゼルスでの「A Whiter Shade of Pale」でした。
朝7時のラジオ放送に向けた公演で、シャウトを入れずに歌い、長いスタンディングオベーションを受けたといいます。
自分が大技だと思っていたものを使わなくても、歌は観客に届いていた。
この経験は、声の聴かせ方を考え直す材料になりました。
これは、ヒューズがこの時から高音をやめた、という話ではありません。
激しく歌う以外の方法でも、十分に人を動かせると、本人が確かめた出来事です。
ロックの歌い回しとソウルの影響については、グレン・ヒューズの歌い方で詳しく扱っています。
2001年――「すごい歌手」を証明し続けるのをやめたい
『Building the Machine』の時期になると、ヒューズは自分の歌に対する反省を、さらに具体的に話すようになります。
ここ数年、どれほど優れた歌手であるかを示したり、どれだけ鮮やかな歌い回しができるかを見せたりすることに、気を取られる場合があったというのです。
長く伸ばす音、叫び声、即興の飾り。
それらができることは分かっている。しかし、自分の声には、一音だけでも伝わる音色がある。
良いメロディーから離れずに歌うことへ、意識を戻したいと説明しています。
面白いのは、この反省が、歌う楽しさを失った人の言葉ではないことです。
同じインタビューで彼は、『Building the Machine』の歌の多くが最初のテイクに近い形で録れたことや、歌うことへの意欲を語っています。
一つの音に自信を持てれば、次々に技巧を足して、自分の力を証明し続ける必要はない。
この時期の発言からは、そういう歌への手応えが伝わってきます。

2014年――最後の曲を「Burn」から変えた
その後の歩みの中で、歌の何を聴かせたいのかが、曲順にまで表れた公演があります。
2014年4月4日、ロイヤル・アルバート・ホールで開かれた、ジョン・ロードをしのぶコンサートです。
ロードはDeep Purpleのキーボーディストで、ヒューズにとって、かつて一緒に音楽を作った仲間でした。
指揮者のポール・マンによると、ヒューズは自分の出番で歌う「Burn」と「This Time Around」の順番を入れ替えるように希望しました。
大きく盛り上がる「Burn」で締めるのではなく、そのあとに「This Time Around」を歌って終えることにしたのです。
マンはこの変更によって、ヒューズの出番が、より個人的な思いの伝わる形で終わったと振り返っています。
「This Time Around」は、1975年のDeep Purpleのアルバム『Come Taste the Band』に収められていた曲です。
この公演では、オーケストラを伴う歌になりました。
ヒューズは後年、このときのように、エレキギターやドラムの強い音に覆われずに聴こえる声を、自分の声の本来の姿として挙げています。
ヒューズはこの日も「Burn」を歌っています。
その激しい代表曲を歌ったうえで、声とオーケストラの曲を最後に残しました。
何を歌えるかだけでなく、どの歌を最後の印象にしたいか。それを、かつての仲間をしのぶ場で選んだのでした。
2025年――次の高音を心配するより、今の歌に集中する
2025年の『Chosen』では、ヒューズは再び重いロックの作品を作りました。
本人はこのアルバムを、メロディーを重視した、重厚な作品だと説明しています。
ソウルへの好みがなくなったわけではありませんが、今回はロックのアルバムとしてまとめたのでした。
当時73歳だったヒューズは、高音をどう保っているのかと尋ねられ、睡眠や本番前の準備に加えて、次に歌う音への恐れがなくなったことを挙げています。
以前なら、次の音を気にしている様子が顔に出ていたかもしれない。
けれど今は、マイクの前で、その瞬間の歌に集中していると話しました。
長年の経験を重ねた本人にとって、歌うときの意識の向け方も変わっていたのです。
1990年代には、観客が叫び声を求めていると思っていた。2001年には、技巧を示すことに気を取られていたと反省した。
2025年には、次の音を成功させるかどうかより、今歌っている曲へ集中できると語っています。

同じ年、ヒューズは今後について、重いギターよりも声を中心にした音楽への関心も示しました。
具体的な次作を決めていたわけではありませんが、70代になっても、まだ別の声の聴かせ方を考えていたのです。
『Chosen』でロックを歌うことと、次はもっと声がよく聴こえる音楽を作りたいと考えることが、同じ時期にあったのです。
変わったのは、声の何を信じるか
ヒューズの歌を年代順にたどっても、高音から低音へ一直線に移った、という物語にはなりません。
シャウトを続けながら、叫ばずに歌う価値にも気づいてきました。
ロックの勢いを楽しみながら、伴奏の異なる「This Time Around」を、自分の出番の最後に選びました。
その歩みをつなぐのは、技巧をいくつ披露するかより、自分の声で一曲をどう伝えるかを重視してきたことです。
1990年代の拍手は、本人が想定していた以上のものを、観客が声に感じていた証しでした。
2001年の反省は、一音にある声色を、歌手自身も信じようとする言葉でした。
昔と同じ高さまで出るかを確かめるのも、一つの聴き方です。
そこに、どの場面で声を飾り、どこでは旋律をそのまま聴かせようとするのか、という視点を加えると、ヒューズの変化をもっと長い流れで追えます。
高音の持ち主として知られた歌手が、自分の声の価値を何度も考え直してきた。その過程も、ヒューズの歌には重なっているのです。
こちらの記事もおすすめ






コメント