イアン・ギラン(Deep Purple)の歌声の変遷|「Child in Time」を離れ、今の声で歌う曲へ

2026年、ノルウェー公演のイアン・ギラン イアン・ギラン(Ian Gillan)
Birgit Fostervold / CC BY-SA 4.0

イアン・ギランの昔と今を比べるとき、どうしても話題になるのが「Child in Time」の高音です。
1970年のあの声が強烈だからこそ、同じように歌えるかどうかで、その後の歌手人生まで判断したくなる。けれど、本人は早くから、一つの叫び声だけで覚えられる歌手でいたいわけではない、と考えていました。

もちろん、歌い方の変化をすべて好みの問題として片づけることもできません。以前と同じようには扱えなくなった音があり、歌うのをやめた曲があります。
そのうえでギランは、今の声でどんな歌を作るかを考え続けてきました。高音との付き合い方に加え、話す声まで曲に取り入れるようになった歌い方の変化をたどります。

1970年の『Deep Purple in Rock』に収められた「Child in Time」は、その出発点になった曲です。

1970年代――一曲で、歌手の印象が決まる

1969年にDeep Purpleへ加わったギランは、「Child in Time」で抑えた歌から高い叫び声へ進む、大きな振れ幅を見せました。
強い声が一瞬出るだけではなく、長い曲の中でその高音を何度も扱う。この曲を歌うことが、彼の歌手としての印象を強く決めていきます。

1971年、ハンブルクでのイアン・ギラン
1971年、ハンブルクでのイアン・ギラン。写真:Gladstone~dewiki / CC BY-SA 4.0

1970年には、『Jesus Christ Superstar』のオリジナル・アルバムでイエス役も歌っています。
ロック・バンドの歌手として注目を集めた声が、人物の恐れや怒りを演じる歌にも求められたのでした。

この頃の歌で、静かな声と高音がどう一つの曲につながるのかは、イアン・ギランの歌い方で詳しく扱っています。

ただ、一曲で強い印象を残すことは、その後も同じ歌を期待されることと表裏一体です。
「Child in Time」が代表曲になったギランには、何年たっても、あの声を聴きたいという期待が向けられるようになります。

1980〜90年代――変わり始めた声と、まだ歌える声

ギランは後年、38歳頃になると「Child in Time」が自分の求める響きにならなくなった、と振り返っています。
1945年生まれの彼にとって、1980年代前半のことです。若い頃にはできた歌い方を、そのまま続けることへの違和感があったのでした。

ここで、38歳から高音が出なくなった、と話を単純にすると、その後の歌と合わなくなります。
1998年のギランは、自分に難しい部分や限界があることを認めつつ、普段使う音域での叫ぶような歌は自然にできると話していました。すべての高音を失ったのではなく、曲や音の使い方によって、できることが違っていたのです。

当時のDeep Purpleは、新しい曲をライブへ加えることにも積極的でした。
ギランは1998年、新作の曲を6曲も演奏していると喜び、アルバムを作るのはステージを新鮮にするためだと説明しています。昔の代表曲を歌い続けるだけでなく、その時点のバンドに合った曲を増やしていたわけです。

声の変化を感じた時期と、特定の曲を歌うのをやめた時期は、同じではありません。
「Child in Time」も、ギランが38歳になったとき、すぐ演奏されなくなったわけではありませんでした。

2002年頃――キーを下げてまで残さなかった理由

「Child in Time」は、2002年の公演を最後にDeep Purpleの通常のセットから姿を消します。
ギランは2022年、この曲について、キーを下げることはできても、それでは同じ響きにはならないと説明していました。高い音まで上げることと、その音を思い通りに制御することが、当時の自分には難しくなっていたのです。

彼はこの曲を、オリンピックの競技のようなものにたとえています。
昔のように歌えないのなら、納得のいかない形で続けるより、歌わないという選択をする。その判断でした。

2022年、ドイツ公演のイアン・ギラン
2022年、ドイツ公演のイアン・ギラン。写真:Stefan Brending (2eight) / CC BY-SA 3.0 de

ベーシストのロジャー・グローヴァーも、歌わないと決めたのはギラン本人であり、バンドはその決定を尊重したと話しています。
グローヴァーの説明では、高い声の部分を録音した音やギターで補って続ける、という方法も選びませんでした。

これは、どの歌手も昔のキーを守るべきだ、という話ではありません。
キーを下げて曲の別の良さが出る場合もあります。ただ、ギランにとって「Child in Time」では、高音の届き方そのものが曲の大切な部分だった。歌える高さに変えるだけでは、自分が納得する「Child in Time」にならない、という判断だったと考えられます。

一曲を歌わないと決めても、歌手として歌えることがなくなるわけではありませんでした。

2017年――メロディーに収まらない話を、語りとして残す

2017年の『inFinite』に収められた「On Top of the World」では、曲の終わりにギランの語りが現れます。
この部分ができた経緯は、後年の声の使い方を考えるうえで面白い話です。

もとは、ギランが以前に体験した夜の出来事を語ったことから始まりました。
プロデューサーのボブ・エズリンは、その話を伴奏に合わせて曲にしようとしましたが、長すぎて入りません。グローヴァーが短くまとめても、まだ収まらない。そこで、曲の最後に語る部分を設ける方法を思いついたのです。

歌詞を短くし、決まったメロディーの中へ押し込むことだけが解決ではありませんでした。
話す声を残せば、ギランが出来事を話す調子そのものを曲に取り込める。高い音を長く伸ばす場面とは違う形で、声が目立つ場所ができたのです。

この語りを、高音が出なくなった穴埋めと決めつける必要はありません。制作時の話をたどれば、まず面白い話があり、それを曲に残すために選んだ方法だと分かります。
歌手の変遷には、出せる音が変わることと、声で何を表現したくなるかが変わることの、両方があるのでしょう。

2020年代――昔の声へ戻ることより、次の曲を作る

ギランは後年の取材で、若い頃のように速い車や刺激的な恋愛ばかりを題材にするのは、自分に合わなくなったと話しています。
年を重ねた自分が歌っても面白いと思える話を、ほかのところに探す必要があったのです。

何を歌うかが変われば、歌手が聴かせたいものも変わります。
若い日の勢いを再現するだけではなく、話の可笑しさや人物の癖を伝えることも、歌の楽しみになる。「On Top of the World」の語りは、その具体例として受け取れます。

2026年のDeep Purpleは、新作『SPLAT!』を発表しました。
「Diablo」も収めたこのアルバムについて、ギランは1969〜73年頃の音楽にあった強弱、バランス、楽しさとつながる作品になったと説明しています。

ここで取り戻そうとしているのは、20代と同じ声そのものではなく、バンドで新しい曲を作るときの面白さだと読めます。
2026年の取材でも彼は、気持ちが合っていれば、美しい旋律と激しい叫び声を別のものとして扱う必要はないと語っていました。声が変わっても、どちらの表現も音楽に使いたいという考えは続いています。

ギランの歌声の変遷は、若い頃の高音がどれだけ残ったかだけでは説明できません。
高音を思い通りに扱うことが難しくなり、歌わない曲を決めた。一方で、話す声を曲に取り入れたり、年齢に合った題材を探したりする仕事は、その後も続いています。

1970年の「Child in Time」では、どこまで声を高められるかに息をのみます。「On Top of the World」では、話す声まで曲にする工夫に出会えます。
ギランは、代表曲を一つ歌わなくなったあとも、声を使った新しい表現を作ってきたのでした。

今入れる? 近くで入りやすい飲食店がわかる混雑予報マップ

こちらの記事もおすすめ

コメント

タイトルとURLをコピーしました