イアン・ギランがDeep Purpleの「Child in Time」を歌わなくなったと聞くと、あの高音を失った後の話に思えます。
けれど1998年の本人は、難しい部分があると認めながら、当時の自分が普段使う音域での激しい歌は自然にできる、と話していました。
新作から何曲もステージに加えていた時期です。
一曲を手放すことと、歌う力を失うことは同じではありません。
若い日の録音、曲を選び直した時期、歌の中に「語り」を残した後年の作品をたどると、ギランが守ろうとしたものが見えてきます。
1970年の『Deep Purple in Rock』に収められた「Child in Time」は、長くその判断の中心にありました。
「Child in Time」は、高い音だけで出来た曲ではない
1969年にバンドへ加わったギランは、翌年の「Child in Time」で、静かな歌から言葉のない高い声へ進む大きな展開を担いました。
その声が強烈だったからこそ、後年も同じ曲を期待されます。
ただ、ギランは2006年の取材で、この歌は冷戦をめぐる政治的な曲だったと振り返っています。
高音は曲から切り離した見せ場ではありません。
何を歌い、どこまで緊張を高めるかという一曲の設計が先にあります。
その声を曲の中でどう使ったかは、イアン・ギランの歌い方で詳しく扱っています。

写真:Gladstone~dewiki / CC BY-SA 4.0
若い頃の自分が一曲の中で作り上げた流れだからこそ、後に最高音だけを別の方法へ置き換えれば済む話にはならなかったのでしょう。
同じ曲を抱えたまま、新しい歌を増やした
ギランは後年、38歳頃になると「Child in Time」が望む響きにならなくなったと振り返りました。
1945年生まれの彼なら、1980年代前半のことです。
しかし、その時点で直ちに歌わなくなった、という意味ではありません。
曲が通常の公演から姿を消すのは2002年頃でした。
その間も、バンドは新しい曲を作り続けました。
1996年のアルバム『Purpendicular』には「Sometimes I Feel Like Screaming」があります。
かつての代表曲を求められながら、別の時期の自分たちの歌をステージへ持ち込んでいたのです。
1998年の取材でギランは、自分に難しい部分と限界がある一方、普段の音域で激しく歌うことは自然だと説明しました。
同じ取材では、新作の曲を6曲も公演に入れていると喜び、アルバムを作る理由はステージを新鮮にするためだと話しています。
昔の代表曲を続けるかどうかと、新しい曲を歌えるかどうかを、本人は別の問題として扱っていたのです。
曲が生まれる順序も、今の歌を探すうえで大切でした。
ギランによると、当時のDeep Purpleは何も書かずに集まり、即興で演奏する中から曲の種を見つけていました。
そこへ旋律と言葉を考え、歌の録音は最後に行います。
自分が出せる高音を先に決めて伴奏を当てはめるのではなく、そのときのバンドが作った音に応じて歌を作る。
新曲を増やすことは、歌手にも新しい判断を求める仕事でした。
キーを下げても残さなかったのは、曲の形だった
「Child in Time」を外した理由について、ギランは2022年の取材で、キーを下げること自体はできても、その響きでは自分が求める曲にならないと説明しました。
高い音へ届くことと、そこを思いどおりに制御することは別だ、とも話しています。
低く歌えば必ず悪い、という一般論ではありません。
ギランがこの曲に求めた展開を、自分の納得できない形で続けたくなかったのです。
ベーシストのロジャー・グローヴァーも、歌わないと決めたのはギランで、録音やギターを使って高い部分を代わりに鳴らす方法は取らなかったと話しています。

写真:Stefan Brending (2eight) / CC BY-SA 3.0 de
その選択には、初期の自分を否定する気持ちも、高音の曲をすべてやめる宣言もありません。
一曲をその曲らしく届けられるかどうかが、判断の分かれ目でした。
2013年――新しい歌でも、作り直す意見を受け入れる
『Now What?!』では、ボブ・エズリンがプロデュースを担当しました。
グローヴァーによると、彼はライブでのバンドのよさを録音へ持ち込みたいと考えていました。
多くの伴奏は四人が一緒に演奏して録り、ギランの歌などは後から加えています。
舞台の勢いを残すことと、歌まで同時に一度で録ることは別でした。
「Weirdistan」の歌入れでは、グローヴァーがアコースティックギターを持ち、ギランと曲を確かめていたところへ、エズリンが今の形はよくないと声をかけました。
自分たちで書いた曲だから、そのまま守りたくなる。
それでも、率直に否定してくれる相手を信頼することが必要だったと、グローヴァーは振り返っています。
エズリンの具体的な提案と判断によって、迷ったまま議論を続ける時間も短くなりました。
「Child in Time」を外す判断は、完成していた一曲の響きをどう守るかという問題でした。
新曲では逆に、まだ決まっていない歌を、外からの意見も受けて変えていく。
代表曲を歌わなくなった後も、歌手としての仕事は、今ある声で無難に曲をなぞることに収まっていませんでした。
2017年には、歌い切らず「話す」声が曲に残った
後年の選択をよく示すのが、2017年のアルバム『inFinite』に入った「On Top of the World」です。
曲の終盤でギランが出来事を語る部分は、もともと本人が話した長い実話から生まれました。
プロデューサーのボブ・エズリンはその話を伴奏に収めようとし、グローヴァーも短くまとめましたが、なお長かった。
そこで、旋律にすべて押し込まず、最後を語りとして残したとグローヴァーが説明しています。
これは「高音が使えないから語りで埋めた」という話ではありません。
まず残したい話があり、それを曲の中に置く方法を選んだ結果です。
「Child in Time」では声を高める時間が曲を動かした。
同じ歌手が、ここでは話す調子を残すことで曲を動かしています。
新しい曲を作る理由は、昔の声へ戻るためではない
2026年の『SPLAT!』について、ギランはバンド公式サイトで、1969〜73年頃の音楽にあった強弱、バランス、楽しさと通じる作品になったと語っています。
昔の自分と同じ高さで歌えたという報告ではありません。
今のメンバーと新しい曲を作りながら、何を大切にしてきたかを確かめる発言です。
若い日の「Child in Time」を歌い続けないことは、ギランの歌から強さが消えたという結論にはなりません。
1990年代には新曲を公演へ増やし、2000年代には一曲の響きを守るために歌わない選択をし、後年には語る声まで作品に残した。
ギランは昔の高音を再現する曲だけに、自分の歌を閉じ込めなかったのです。

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