[Alexandros]の川上洋平さんは、英語の発音が自然なロックボーカリストとして知られています。
ところが本人の話をたどると、魅力の核心は「英語が上手い」というプロフィールだけでは説明できません。
活動初期に英語の曲が多かった大きな理由は、英語の方が日本語より声を出しやすかったからです。
そこから日本で勝負するために日本語を増やし、英語のようにつながる音と、日本語だから意味が届く言葉を一つの歌の中へ共存させました。
つまり川上さんの歌い方は、二つの言語を飾りとして混ぜる方法ではありません。
声を出しやすい言語から出発し、出しにくい言語のリズムまで自分の楽器に変えた過程そのものです。
その特徴が広く伝わった「ワタリドリ」の公式映像から見てみましょう。
最初に英語を選んだのは、格好よさより「声の出しやすさ」だった
川上さんは幼少期をシリアで過ごし、帰国後は日本で生活してきました。
英語と日本語の両方が身近にある経歴は、歌詞の見た目だけでなく、声の出発点にも関係しています。
2010年の1stアルバム『Where's My Potato?』には英語詞の曲が多く収録されました。
本人は後に、英語の方が発しやすく、日本語よりきちんと発声できている瞬間が多かったと明かしています。
ここは意外に重要です。
帰国子女だから英語を見せたかったのではなく、ボーカリストとして声をメロディへ乗せやすい方を自然に選んだ結果でした。
英語では単語と単語がつながり、一息の中で音が流れます。
日本語は一つひとつの音が比較的はっきり分かれるため、同じメロディでも言葉が角張ったり、口の動きが忙しくなったりしやすい言語です。
複数の歌唱解説でも、川上さんの英語について、単語を一語ずつ区切らず前後を連結する点が共通して指摘されています。
発音の正確さだけでなく、声を途中で止めないことが、バンドの速い演奏に負けない推進力を作っています。

日本語を増やした時、発声の弱点がそのまま個性へ変わった
英語で歌いやすいなら、そのまま英語中心で進む選択もありました。
しかし川上さんは、日本の舞台で勝負するには日本語で書く必要があると考えます。
1stアルバムの約半年後に発表した「city」は、日本語を前面に出した曲でした。
続く2ndアルバム以降、日本語と英語が同じ曲の中で行き来する現在の形が目立つようになります。
ここで起きたのは、英語を日本語へ翻訳しただけの変化ではありません。
日本語の母音を長く保つ箇所、子音を短く投げる箇所、語尾を拍の終わりまで残さない箇所を作り、言葉そのものをリズムへ組み替えています。
第三者の分析では、語尾を軽く捨てるように終えること、サ行などの摩擦する子音を際立たせること、母音を均等に伸ばさないことが挙げられています。
難しい用語を使わずに言えば、文章をメロディへ載せるのではなく、文章の中からドラムのように働く音を選んでいるということです。
そのため、日本語の意味は届くのに、朗読のようには聞こえません。
英語から持ち込んだ「一息でつなぐ感覚」と、日本語の「一音で意味が変わる性質」がぶつからず、互いの良さを残しています。
英語の歌詞で高音が出にくい理由を考える時も、発音記号を完璧に覚えることより、単語の境目で息と声を毎回止めていないかを見る方が実用的です。
高いキーは才能任せではなく、好きだから歌い込んだ結果だった
「ワタリドリ」は、最高音の高さばかりが話題になりやすい曲です。
川上さん自身も、作曲時に頭の中で鳴る女性の声へメロディを合わせるため、完成してから自分で歌うと高いことに気づく場合があると話しています。
ただし、高音が偶然出たわけではありません。
本人は高い歌が好きで、歌えるようになるまで歌い込み、よりきれいに響かせる方法を自分なりに勉強してきました。
若い頃にはマイケル・ジャクソンの物まねも重ね、その過程で音域が上がったとも振り返っています。
生まれつき何の工夫もなく出せた声というより、好きな音楽へ近づこうとした蓄積が、後のメロディをさらに高くした循環です。
もう一つ、高音を押し上げたのが「届けたい」という意識でした。
デビュー前の路上ライブや、複数のステージが同時に鳴るフェスで、離れた人まで振り向かせようと歌った経験が声質へ影響したと本人は捉えています。
高音は曲の難所であると同時に、騒がしい場所でこちらを向いてもらうための合図でもありました。
この背景を知ると、川上さんの高い声は技巧の展示ではなく、聴き手との距離を縮めるために必要になった音だと分かります。
「地声かミックスか」で分析が割れるのは不思議ではない
川上さんの高音を説明する記事では、ミックスボイス、ヘッドボイス、地声寄りの高音など、異なる言葉が使われています。
Q&Aでも、一つの声区名へ決めようとする回答と、曲や音によって違うとする回答が並びます。
これは、誰か一人だけが正しく、他がすべて間違っているとは限りません。
声区の名称には流派による違いがあり、同じ歌手でも音の高さ、母音、音量、ライブか録音かによって声の状態は変わります。
複数の解説で比較的一致しているのは、中高音でも声の芯が消えにくいこと、柔らかな裏声も使うこと、息だけに偏らず声の輪郭を保つことです。
一方で、身体の中で何が起きているかを映像だけから確定することはできません。
初心者が参考にするなら、声区名を当てるクイズから離れた方が理解しやすくなります。
高音の直前で日本語の一音一音を強く言い直していないか、音量を上げるために首まで固めていないか、フレーズの途中で流れを切っていないかを見る方が、歌い方の違いを捉えられます。
表面だけ真似すると、英語も高音も不自然になる
川上さんらしさへ近づこうとして、すべての語尾をかすれさせたり、日本語を無理に英語風へ崩したりするのはおすすめできません。
特徴的な音だけを集めると、言葉が届かず、誰かの癖を並べただけの歌になります。
本人は、どこを日本語にしてどこを英語にするかを規則で決めず、メロディから出てくる言葉を信じています。
歌詞も最後まで説明し切らず、聴き手が受け取る余地を残してきました。

真似するなら、外国語らしい音色より先に、一つのフレーズをどこまで一息でつなぐかを考えてみてください。
日本語のすべての文字を同じ強さで発音せず、意味を渡したい言葉と、流れを作る音を分けるだけでも、歌は立体的になります。
これは川上さん本人の練習法を再現するものではありません。
彼が英語で自然にできたことを日本語でも可能にするため、長い時間をかけて作った考え方を、自分の歌の見方へ移す方法です。
喉のざらつきや苦しさまで似せる必要はありません。
痛み、強いかすれ、話し声の変化が出るなら中止し、不調が続く場合は耳鼻咽喉科などへ相談してください。
川上洋平の歌は、二つの言語を一つの楽器にした結果
川上洋平さんの歌い方は、流暢な英語、高いキー、細身のロックボイスを別々に並べても核心へ届きません。
英語の方が声を出しやすかった人が、日本語でも勝負すると決め、二つの言語のリズムを一つの身体へ入れたことに面白さがあります。
高音も、最初から完成していた才能ではありません。
高い歌への憧れ、歌い込み、遠くへ届けたい路上やフェスの経験、女性の声で浮かぶメロディが重なり、曲と声が互いを押し上げてきました。
この歌声が時代ごとにどう変化したのかは、川上洋平さんの歌声の変遷で、英語中心の初期から改名、メジャーデビュー、『PROVOKE』まで順に追っています。
草野マサムネさんの力まない高音や山口一郎さんの言葉と高音の使い方と比べると、同じ男性ロックボーカルでも、言葉を前へ運ぶリズムが大きく異なると分かります。
川上さんの歌で英語と日本語が自然に行き来するのは、発音の技術を見せるためではありません。
どちらの言語でもメロディを止めず、意味より先に音楽を届かせ、後から言葉が追いつく歌を作ってきたからです。






コメント