1990年のSteelheartのデビュー作には、「She’s Gone」と「I’ll Never Let You Go」が入っています。
ミリェンコ・マティエヴィッチの名前を知らなくても、あの歌声には覚えがある、という人もいるでしょう。
若い日の高音が強烈なだけに、その後の歌も、まず同じ高さまで歌えるかで聴きたくなります。
ところが、本人が代表曲を録り直したときに変えたのは、歌声だけではありませんでした。
ピアノと弦楽器を中心にしたり、娘を迎えて二人で歌ったりと、同じ曲の聴かせ方そのものを作り直しています。
1990年の「She’s Gone」から、その選択をたどってみます。
1990年代の声を、そのまま残す道ばかりではなかった
デビュー時のSteelheartでは、ミリェンコの高音はバンドを印象づける大きな魅力でした。
その後も同じ道をまっすぐ進んだ、とはいきません。
1992年のステージでの事故と長い回復の期間を経て、1996年には『Wait』を発表しています。
ただし、その間に音楽が変わったことを、すべて事故のせいにするのは本人の説明と違います。
ミリェンコは、音楽の変化を事故だけと結びつけず、周囲の音楽状況も変わっていたことを挙げています。
彼自身が何を作りたいかという問題も、そこにありました。
『Wait』の「We All Die Young」は、2001年の映画『ロック・スター』で別の録音として使われます。
かつての曲を、そのまま保存するだけではなく、違う作品のために歌い直す。
後年の代表曲の再録へつながる仕事は、この時点にも見られます。
2017年、昔らしすぎた4曲を書き直す

『Through Worlds of Stardust』を作ったとき、ミリェンコは昔のSteelheartの楽しさや熱気を取り戻したいと考えていました。
しかし、1990年と同じ音楽へ戻りたいわけではありませんでした。
録音途中で曲を並べてみると、4曲が過去の音楽に寄りすぎていると感じたといいます。
本人はその4曲を外し、新しく書き直しました。
昔の雰囲気に近いならファンに喜ばれそうですが、それだけでは、同じアルバムのほかの曲とうまく合わなかったのです。
初期の代表曲を歌い続けながら、新しい曲まで当時の作り方へ戻すことは選ばなかった。
歌う曲を選ぶ段階で、すでに「昔の自分を再現するだけでは足りない」という判断がありました。
このアルバムの「Lips of Rain」では、寝室で録った歌を作品に残しています。
どんな歌なら録り直さずに残すのかは、ミリェンコ・マティエヴィッチの歌い方で詳しく扱っています。
娘と歌う「Angel Eyes」は、誰への愛の歌なのか
30周年を記念した再録では、「I’ll Never Let You Go」が「Angel Eyes」として新しい姿になりました。
2023年に公開されたのは、娘のステヴィアンと歌うアコースティックなデュエットです。
初期の代表的なバラードを、父と娘で歌う。ここには、声の組み合わせ以上の変更があります。
もともとの曲を恋人への歌と受け取っていた人には、親子のデュエットが不思議に思えるかもしれません。
ミリェンコ自身は、愛を恋愛だけに限らないものとして、この新しい歌を説明しています。
大切な誰かへの愛として捉え直せば、娘と一緒に歌うことにも意味が生まれるのです。
娘を迎えることは、相手の声を元の伴奏へ足すだけの作業でもありませんでした。
曲を音楽的に、旋律の面からも作り直したと、本人は話しています。
一人の歌手が強い思いを歌い上げる名曲を、二人で表現する歌へ変えるためでした。
この共演は、娘から翌日の飛行機をすでに取ったと連絡が来るほど、話が早く進んだといいます。
父親が一人で歌っていた曲に、成長した娘の声が加わる。
大切な人を思う同じ歌が、親子の関係を重ねて聴ける歌にもなった。それが、この再録の大きな違いです。
「She’s Gone」を、ピアノと弦楽器で歌い直す
「She’s Gone」の30周年版では、ピアノと弦楽器を中心に、歌を新しく録音しました。
1990年の音源をそのまま使って、伴奏だけを豪華にしたものではありません。
ミリェンコは、周年企画で一部の曲をリミックスする一方、この曲は新しい録音として作っています。
デビュー時と後年の声を比べられる曲ですが、伴奏も変わっていることが、聴くうえでは大切です。
バンドの音の中で歌う録音と、ピアノや弦楽器に囲まれて歌う録音とでは、同じ旋律でも声の目立ち方が変わります。
後年の声だけを取り出して、若い頃より強い、弱いと決めるための比較ではありません。
むしろ、よく知っている曲を、別の演奏でもう一度歌ったらどうなるか。
あの高音へ向かうまでの歌を、前と同じように待ちたくなるのか、それとも途中の言葉にも気持ちが向くのか。
聴き慣れた曲だからこそ、新しい伴奏と歌の組み合わせを楽しめます。
若い日の声を残しながら、曲の意味を広げる
ミリェンコの後年の歌を追うと、昔と同じ高さまで歌えるか、という問いだけでは足りなくなります。
2017年には、昔に近すぎると感じた新曲を書き直しました。
その後は、すでに知られた曲をピアノと弦楽器で録り直し、「Angel Eyes」では娘と歌える形へ変えています。
1990年の録音を、新しい歌で置き換える必要はありません。
若い日の一人の声が強く印象に残るからこそ、親子で歌う同じ曲には別の驚きがあります。
曲は同じでも、歌う相手や伴奏まで同じである必要はない。
ミリェンコの再録は、代表曲を昔のまま大切にしながら、もう一度違う形で好きになる機会を作っています。
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