Steelheartが契約をつかむ前、ミリェンコ・マティエヴィッチは「I’ll Never Let You Go (Angel Eyes)」のデモをマネージャー候補へ送りました。
相手は曲を半分ほど聴いたところで電話をかけ、ほどなくバンドの契約が決まったと、本人は振り返っています。
その曲を約30年後に録り直したとき、彼が歌う相手に選んだのは娘でした。
かつて一人で歌ったバラードを、なぜ親子のデュエットにしたのでしょうか。
1990年の原曲から後年の新録までたどると、「昔の高音が今も出るか」だけでは分からない、曲と声の変化が見えてきます。
1990年|高音がSteelheartの名刺になった
Steelheartのデビュー作には「I’ll Never Let You Go」と「She’s Gone」が収められています。
前者のデモが契約のきっかけとなり、後者も海を越えて広く聴かれるようになりました。
ミリェンコの声を初めて知る人にとって、長く伸びる高音は、バンドの名前と結びつく強い印象だったはずです。
ただし、最初から完成したスターとして登場したわけではありません。
本人によれば、契約までバンドは長く一緒に練習し、曲を書き続けていました。
デビュー盤の高音は、その積み重ねの先で録音された声です。
レコードを完成させても、すぐに大きく売り出されたわけではありませんでした。
本人の回想では、作品は約九か月動かず、日本のラジオで「She’s Gone」が注目されたことが転機になりました。
その後、アメリカでは深夜に流れた「I’ll Never Let You Go」への反応が広がっていきます。
歌手が録音へ注いだ力と、その声が聴き手へ届く時期には、隔たりがありました。
後年に代表曲と呼ばれる二曲も、違う場所で聴かれるきっかけをつかんだのです。
「She’s Gone」の原曲があるから、後年の同曲の新録を比較できます。
ただ、後の編曲や録音環境まで違う二つの版を、声の強さだけで勝ち負けにすることはできません。
まず1990年のバンド演奏と歌を、当時の一つの作品として残しておきたいところです。
1992~2001年|事故のあとに生まれ、映画でも歌い直した曲
1992年、ツアー中のステージで照明設備がミリェンコの頭を直撃しました。
本人は長く回復に取り組み、以前のバンドがそのまま続くこともありませんでした。
後に出した『Wait』は、単にデビュー作の続きを録ったアルバムではありません。
本人は2025年の取材で、療養中、横になったまま『Wait』の多くの曲を書いたと話しています。
その一曲が「We All Die Young」です。
1996年に発表された曲は、2001年の映画『ロック・スター』のためにもう一度録音されました。
映画では、マーク・ウォールバーグが演じる歌手の歌声もミリェンコが担当しています。
この回想を、「事故で高音を失い、別の歌い方になった」という説明へ置き換えることはできません。
本人も、音楽の方向が変わった理由を事故だけに求めず、周囲の音楽の変化にも触れています。
確認できるのは、同じ歌手が新しい曲を書き、その曲を別の作品のために歌い直したことです。
2017年|昔のSteelheartを再現するだけでは足りなかった
『Through Worlds of Stardust』を作るとき、レーベルはSteelheartらしいロックの新作を望みました。
ミリェンコも初期作の楽しさや熱を今へ持ち込みたかった一方、当時の音楽にそっくり戻るつもりはなかったと語っています。
ミリェンコは録音途中の曲を並べて聴き、4曲が昔の作風に寄りすぎて、ほかの曲と合わないと感じました。
彼はその4曲を外し、録音中に新しい4曲を書きました。
ファンの記憶に残る声を持つ人だからこそ、似た曲を作ればよいわけではないという判断です。
この作品では、ミリェンコ自身がプロデュースも担っています。
本人にとって、曲を書くことと、それをどんな音で残すかはつながっていました。
曲ごとに楽器やリズムを選び、怒りや愛情をどれほど出すかまで考える。
昔の歌い方へ戻るかどうかに加え、今の曲が求める感情へ歌を置く仕事だったのです。
完成作に収めた「You Got Me Twisted」も、本人によれば以前からあった曲を仕上げるうち、まったく別の曲と言えるほど変わりました。
昔の材料を使うことと、昔の形のまま発表することは違います。

写真:Steelheart100 / CC BY-SA 4.0
同年の批評では、冒頭の「Stream Line Savings」に、昔を思わせる高音の叫びがあるとも評されました。
その一方で、声を重ねて壮大にすることが、いつも正解だったわけではありません。
終盤の「I’m So in Love With You」は、ピアノと歌を中心にした曲です。
本人は背景にオペラ歌手の声を加えてみたものの、愛を相手へ伝える場面には合わないと考え、外したと説明しています。
強い高音でバンドを引っ張る歌手が、ここではほかの声を足さずに一人で歌うことを選びました。
派手にできないから静かにしたのではなく、その曲が誰に向かう歌かを考えた結果でした。
アルバム全体でも、激しい歌を続けるだけでは聴き手が疲れるため、緩急をつけたかったと話しています。
一方、「Lips of Rain」では、寝室で録った歌をスタジオで録り直さずに作品へ残しました。
その判断や、共演者の声をどこで生かすかという録音上の選択は、ミリェンコ・マティエヴィッチの歌い方で扱っています。
周年企画|同じ「再発売」でも、声を録り直す曲と残す曲がある
新曲を昔の作風へ寄せすぎることは避けた彼が、今度は昔の曲そのものへ戻ります。
Steelheartの周年企画では、曲を一律に新しく歌い直したわけではありません。
「We All Die Young」はリミックス・リマスターして出し直し、「Everybody Loves Eileen」はバンドで新たに録音しました。
元の歌を整えて残す曲と、今の演奏で作り直す曲を分けたのです。
「Everybody Loves Eileen」の新録について、本人はスタジオの整った演奏というより、ライブの勢いを求めたと説明しています。
そこでは「若い頃の声を静かに歌い直す」という方向だけを選んでいません。
昔からのロックの曲にも、今のバンドで新しい力を入れています。
「Angel Eyes」|一人で歌った愛を、娘と分け合う
「I’ll Never Let You Go」は、周年企画で「Angel Eyes」としてアコースティックなデュエットになりました。
共演したのは娘のステヴィアンです。
もともと別の歌手との共演も検討しましたが、予定が合わず、ミリェンコは娘を迎えることにしました。
本人の回想では、娘へ誘いのメッセージを送る前に、すでに航空券を買っていました。
娘も喜んで応じ、親子の録音が実現したといいます。
ここで起きた変化は、父の声に娘の声を重ねただけではありません。
本人は旋律やアレンジも見直し、歌に込めた愛は恋人同士に限らないと説明しています。
原曲にもあった言葉を親子二人で歌うと、父と娘の愛情という関係が新たに浮かびます。
本人は、家族の愛だけでなく、亡くなった人への思いも、この歌に重ねられると話しています。
二人で歌うために曲を変えたことは、若い頃とは違う相手へ、同じ約束を伝える試みにもなりました。
高音を担う一人の歌手として強く記憶されてきた人が、代表曲をもう一つの声と分け合う。
その選択は、原曲の良さを消すものではありません。
若い日の録音があるからこそ、後年に誰と、何を伝えるために歌ったかがはっきりします。
「She’s Gone」|ピアノと弦の中で、もう一度歌う
もう一つの代表曲「She’s Gone」も、周年企画では新しい歌を録りました。
ミリェンコはピアノと弦楽器を中心にした再録だと説明し、「We All Die Young」のリミックス・リマスターとは区別しています。
新録の公式映像は2026年に公開されましたが、その公開年だけを録音年とみなすことはできません。
1990年の原曲と新録を行き来すると、伴奏まで変わっていることに気づきます。
バンドの中で高音を押し出す曲を、今度はピアノと弦楽器の中でどう歌うか。
これは声の年齢だけの比較ではなく、一曲を違う形で成立させる仕事です。
2026年の取材でも、本人は今もステージで激しく声を張ると話す一方、年を重ねた歌手の叫びを、誰もがずっと聴きたいわけではないとも笑いました。
静かな再録を選んだからといって、ロックの歌をやめたわけではありません。
初期の録音、2017年の新曲、娘とのデュエット、そして「She’s Gone」の新録は、どれか一つが正しい現在形なのではなく、それぞれ違う相手と編成の中に置かれた彼の歌声です。

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